ライバル
初めてそいつと会った時、少なからず俺は驚いた。
「日向!」
大会の合間にたまたま会った日向、若島津と話していた俺達はその少し高い声に一斉に振り向いた。端整だけどムッツリとした顔の、俺達と同年代の男が立っていた。
「先輩が呼んでるぞ」
「ああ。わかった。すぐ行く。じゃあな」
最後の言葉は俺達に残し、日向は足早にその場を去り、先導するそいつの後を追った。
「誰だ? あいつ」
石崎がもっともな疑問を口にする。
「ああ。反町って、うちの選手だ。俺達と同じ1年だよ」
若島津が遠くなる後ろ姿を目で追いながら教えてくれる。
「ふーん。読売ランドでは見たことないよな?」
「でも、東邦のサッカー部に入れたってことは、それなりの実力なんだろ?」
「そうだな。何でも、東京大会で武蔵に負けたチームでCFだったらしい」
石崎と来生の立て続けの質問に若島津はまとめて答える。
「日向と同じポジションかぁ。…あいつ、日向を呼び捨てしてたな」
ボソッと言った俺の言葉に石崎がブッと吹き出す。
「何言ってんだぁ!? 井沢。同い年なんだから、そんくらい当り前だろーが」
「いや…日向の周りって皆、日向に敬語使ってるからつい、な」
それを聞いて若島津以外の皆がアハハと笑う。若島津は少し顔を赤くして「お前らだって人のこと言えないだろうが」と俺と来生と滝を指して反撃する。それを聞いた石崎がまた大笑いする。
それから若林さんの話になって、しばらくはバカみたいに盛り上がっていた。
去り際に若島津が俺の方を向いて、
「お前ならわかると思ったけどな」
と言った。「え?」と問い直すと、
「反町の気持ち。お前、小学校の時、翼と岬に何も感じなかったか? ツートップの座を奪われて。」
意味深な笑いを残して去っていく若島津にムッときたのは、きっと、奴の言ったことが当たっていたからじゃない。
「……それだけじゃねーぞ。若林さんも「つばさ、つばさ」ってよー」
背中に吐き捨てたもんだ。
結局、優勝は俺達、南葛で、反町とやらはベンチに座ってはいたが、試合に出ることはなかった。まぁ、層の厚い東邦だ。仕方がない。多分、その場にいられただけでも実力は認められていたってことだろう。
来年は出るかな、と頭の隅でチラと考えて、けれど、試合後は東邦の連中と話すこともなく別れた。
だから翌年になって、スタメンで並ぶ奴の姿を見て、心なしか嬉しさを感じた。それは、若島津に言われた言葉で妙な親近感があったからかもしれない。
反町のプレイはスマートだった。スピードと軽さがあるのに、パワーもそれなりにあった。華奢な体をカバーするに足り得るテクニックを備えていた。
ヘディング勝負で競り勝った時、思わずニヤリとしてしまい、どうやらそれがカンに触わっていたらしい。試合後、「おい」と呼び止められた。微妙に声変わりしていた。
「来年こそは覚えてろよ!」
ムキになって言うものだから、思わず吹き出してしまう。それがおかしくて、また吹き出した。
「…何がおかしいんだよ」
気の強そうな目で睨みつけるが、俺はひとしきり笑って、
「来年も優勝するのは俺達南葛だし、それに、ヘディング勝負じゃぜってー負けねーよ!」
バカにしたように言えば反町はカッとなって、俺の知らないチームメイトが止めに入るまでガキみたいに食ってかかっていた。その反応があんまり意外でおかしかったものだから、しばらく思い出しては一人笑っていたし、少なからず奴の存在はその後の俺の練習の励みにもなった。
中学最後の全国大会は日向欠場の噂が駆け巡っていた。
開会式が終わって一端その場を引けてから、俺は反町を探して呼び止めた。
「何だよ」
「……」
「だから何なんだっつーの!」
思わず絶句する俺に、反町は苛立ちまじりに言った。
「反町、声……」
いや、聞きたいことはそんなことではないのだが。
反町の声は1、2年の頃と比べたらとんでもなく低く、ゴッツいものになっていた。奴の容姿が女が黙ってなさそうなものだけに、その声はアンバランス極まりなかった。
「毎日のように声出してんだ。しょーがねーだろ……で、何だよ?」
自分でも気にしているのか、嫌そうな顔で言ってもう一度聞いてくる。
「あ、ああ。日向欠場、って…」
「知らねーよ」
最後まで聞かずに返してくる。それから、
「監督が言ってるだけで、俺達もよくわかってないんだ」
付け足すように言った。その表情を見れば、手放しで喜んでいるわけでもなさそうだ。
「まぁ、でも、決勝には上がってくるんだろうな?」
俺がそう問えば、反町はやっぱり自信満々にニッと笑い、
「当然」
結局、反町の頑張りが効いたのか、東邦の実力か(多分、後者だろう)、決勝は東邦と南葛だったし、その決勝には日向は出場した。
ジュニアユースの選抜には俺も反町も選ばれた。が、合宿所で同じ部屋になった反町は機嫌が悪そうだった。
「どうしたんだよ」
荷物を開きながら聞けば、二段ベッドの下をチャッカリと早々に確保して寝そべり、
「俺って、そんなに実力ないかなぁ…」
ボソッと言う。
「実力なかったら今ここにいないだろ」
何言ってんだ、と返せば突然ガバッと起き上がり、小さい子供みたいに口を尖らせて俺に向かってまくし立てた。
「っつーかさ、俺が残れたのって、結局『日向さんがいない間頑張ったから』だと思うわけよ! もし、日向さんが最初から出ていたら、俺なんか誰も注目しなかったんじゃないか、って……おい?」
反町が訝しそうに俺を見る。それほど俺は驚いていたらしい。
「……反町が日向に『さん』付けしてる……」
「はあぁ~!?」
呆れたような、気の抜けた声を上げ、それから俺の元に来るとガシッと羽交い締めにされた。
「ぅがっ! ち、ちょっと、タンマ、タンマ!!」
「てめ、この一樹ちゃんが真剣に悩んでるっつーのに、何、間抜けたこと言ってんだよ!」
バンバンと反町の腕を叩いて首に回された腕を外させる。ゼーゼーと肩で息をついて、それから反町を睨む。
「ゲホッ…しょーがないだろ、気になったんだから」
「俺が『日向さん』って呼ぶのが?」
ベッドに戻って胡座をかくと、悪びれもせず聞き返す。
「ああ…だってお前、2年くらいまで日向のこと、呼び捨てだったじゃんよ」
「……ああ」
天井を仰いでしばらく記憶をたどっていたかと思うと、何だそんなことか、と言わんばかりにニッコリと笑って、何処ぞのアイドルのように胸元で両手を握り合わせた。
「一緒にプレイしてみて俺、わかったんだよ! あの人がどれだけすごいストライカーか、ってこと!」
「……」
天を仰ぐ反町の瞳はキラキラと輝き、どうやら空々しくも本気でそう思っているようだった。あぁ。ここにもまた一人、日向信奉者が。まぁ、口にしたらきっと、2年前の若島津と同じように『若林さん』攻撃が返ってくるんだろうが。しかし…見た目はともかく、この声でカワイコぶられても、おぞましいだけだわな。
「で!?」
「え?」
「俺の質問! お前、まだ答えてない!」
「日向!」
大会の合間にたまたま会った日向、若島津と話していた俺達はその少し高い声に一斉に振り向いた。端整だけどムッツリとした顔の、俺達と同年代の男が立っていた。
「先輩が呼んでるぞ」
「ああ。わかった。すぐ行く。じゃあな」
最後の言葉は俺達に残し、日向は足早にその場を去り、先導するそいつの後を追った。
「誰だ? あいつ」
石崎がもっともな疑問を口にする。
「ああ。反町って、うちの選手だ。俺達と同じ1年だよ」
若島津が遠くなる後ろ姿を目で追いながら教えてくれる。
「ふーん。読売ランドでは見たことないよな?」
「でも、東邦のサッカー部に入れたってことは、それなりの実力なんだろ?」
「そうだな。何でも、東京大会で武蔵に負けたチームでCFだったらしい」
石崎と来生の立て続けの質問に若島津はまとめて答える。
「日向と同じポジションかぁ。…あいつ、日向を呼び捨てしてたな」
ボソッと言った俺の言葉に石崎がブッと吹き出す。
「何言ってんだぁ!? 井沢。同い年なんだから、そんくらい当り前だろーが」
「いや…日向の周りって皆、日向に敬語使ってるからつい、な」
それを聞いて若島津以外の皆がアハハと笑う。若島津は少し顔を赤くして「お前らだって人のこと言えないだろうが」と俺と来生と滝を指して反撃する。それを聞いた石崎がまた大笑いする。
それから若林さんの話になって、しばらくはバカみたいに盛り上がっていた。
去り際に若島津が俺の方を向いて、
「お前ならわかると思ったけどな」
と言った。「え?」と問い直すと、
「反町の気持ち。お前、小学校の時、翼と岬に何も感じなかったか? ツートップの座を奪われて。」
意味深な笑いを残して去っていく若島津にムッときたのは、きっと、奴の言ったことが当たっていたからじゃない。
「……それだけじゃねーぞ。若林さんも「つばさ、つばさ」ってよー」
背中に吐き捨てたもんだ。
結局、優勝は俺達、南葛で、反町とやらはベンチに座ってはいたが、試合に出ることはなかった。まぁ、層の厚い東邦だ。仕方がない。多分、その場にいられただけでも実力は認められていたってことだろう。
来年は出るかな、と頭の隅でチラと考えて、けれど、試合後は東邦の連中と話すこともなく別れた。
だから翌年になって、スタメンで並ぶ奴の姿を見て、心なしか嬉しさを感じた。それは、若島津に言われた言葉で妙な親近感があったからかもしれない。
反町のプレイはスマートだった。スピードと軽さがあるのに、パワーもそれなりにあった。華奢な体をカバーするに足り得るテクニックを備えていた。
ヘディング勝負で競り勝った時、思わずニヤリとしてしまい、どうやらそれがカンに触わっていたらしい。試合後、「おい」と呼び止められた。微妙に声変わりしていた。
「来年こそは覚えてろよ!」
ムキになって言うものだから、思わず吹き出してしまう。それがおかしくて、また吹き出した。
「…何がおかしいんだよ」
気の強そうな目で睨みつけるが、俺はひとしきり笑って、
「来年も優勝するのは俺達南葛だし、それに、ヘディング勝負じゃぜってー負けねーよ!」
バカにしたように言えば反町はカッとなって、俺の知らないチームメイトが止めに入るまでガキみたいに食ってかかっていた。その反応があんまり意外でおかしかったものだから、しばらく思い出しては一人笑っていたし、少なからず奴の存在はその後の俺の練習の励みにもなった。
中学最後の全国大会は日向欠場の噂が駆け巡っていた。
開会式が終わって一端その場を引けてから、俺は反町を探して呼び止めた。
「何だよ」
「……」
「だから何なんだっつーの!」
思わず絶句する俺に、反町は苛立ちまじりに言った。
「反町、声……」
いや、聞きたいことはそんなことではないのだが。
反町の声は1、2年の頃と比べたらとんでもなく低く、ゴッツいものになっていた。奴の容姿が女が黙ってなさそうなものだけに、その声はアンバランス極まりなかった。
「毎日のように声出してんだ。しょーがねーだろ……で、何だよ?」
自分でも気にしているのか、嫌そうな顔で言ってもう一度聞いてくる。
「あ、ああ。日向欠場、って…」
「知らねーよ」
最後まで聞かずに返してくる。それから、
「監督が言ってるだけで、俺達もよくわかってないんだ」
付け足すように言った。その表情を見れば、手放しで喜んでいるわけでもなさそうだ。
「まぁ、でも、決勝には上がってくるんだろうな?」
俺がそう問えば、反町はやっぱり自信満々にニッと笑い、
「当然」
結局、反町の頑張りが効いたのか、東邦の実力か(多分、後者だろう)、決勝は東邦と南葛だったし、その決勝には日向は出場した。
ジュニアユースの選抜には俺も反町も選ばれた。が、合宿所で同じ部屋になった反町は機嫌が悪そうだった。
「どうしたんだよ」
荷物を開きながら聞けば、二段ベッドの下をチャッカリと早々に確保して寝そべり、
「俺って、そんなに実力ないかなぁ…」
ボソッと言う。
「実力なかったら今ここにいないだろ」
何言ってんだ、と返せば突然ガバッと起き上がり、小さい子供みたいに口を尖らせて俺に向かってまくし立てた。
「っつーかさ、俺が残れたのって、結局『日向さんがいない間頑張ったから』だと思うわけよ! もし、日向さんが最初から出ていたら、俺なんか誰も注目しなかったんじゃないか、って……おい?」
反町が訝しそうに俺を見る。それほど俺は驚いていたらしい。
「……反町が日向に『さん』付けしてる……」
「はあぁ~!?」
呆れたような、気の抜けた声を上げ、それから俺の元に来るとガシッと羽交い締めにされた。
「ぅがっ! ち、ちょっと、タンマ、タンマ!!」
「てめ、この一樹ちゃんが真剣に悩んでるっつーのに、何、間抜けたこと言ってんだよ!」
バンバンと反町の腕を叩いて首に回された腕を外させる。ゼーゼーと肩で息をついて、それから反町を睨む。
「ゲホッ…しょーがないだろ、気になったんだから」
「俺が『日向さん』って呼ぶのが?」
ベッドに戻って胡座をかくと、悪びれもせず聞き返す。
「ああ…だってお前、2年くらいまで日向のこと、呼び捨てだったじゃんよ」
「……ああ」
天井を仰いでしばらく記憶をたどっていたかと思うと、何だそんなことか、と言わんばかりにニッコリと笑って、何処ぞのアイドルのように胸元で両手を握り合わせた。
「一緒にプレイしてみて俺、わかったんだよ! あの人がどれだけすごいストライカーか、ってこと!」
「……」
天を仰ぐ反町の瞳はキラキラと輝き、どうやら空々しくも本気でそう思っているようだった。あぁ。ここにもまた一人、日向信奉者が。まぁ、口にしたらきっと、2年前の若島津と同じように『若林さん』攻撃が返ってくるんだろうが。しかし…見た目はともかく、この声でカワイコぶられても、おぞましいだけだわな。
「で!?」
「え?」
「俺の質問! お前、まだ答えてない!」