sunny day
当り前だけど今年も2月14日はやって来る。
中学生活最後の年。受験の合間を縫うように、女の子の話題はチョコで持ちきり。私は一昨年、昨年と同じようにため息をつく。
早苗は今年は堂々と翼くんにあげるんだろうな。去年までだって、皆にしてみれば『何を今さら』だったけど、本人にしてみればマネージャーだし、事実はどうあれ、付き合ってるわけじゃないから、一人だけに大っぴらにあげるなんてわけ、いかなかったもんね。
私は…今年も義理チョコに混ぜるようにあげることになるんだろうなぁ。はぁ。
「…先輩! ゆかり先輩!」
図書館の帰りにデパートのバレンタイン特設コーナーの前で5度目のため息をついたところを声をかけられた。振り返れば我が可愛い(?)後輩、久美ちゃんが友達と一緒に立っていた。
「あら。久美ちゃん」
「『あら』じゃないですよぉ。さっきから呼んでるのに…」
「久美ちゃんも買い物?」
「……イヤミですか? それ」
顔を引きつらせて、笑いながら言葉が返ってきた。うーん。やっぱりこの娘、可愛いなぁ。そこらの男ならほっとかないのに。いかんせん、相手が悪かったわね。
私はホホホとわざとらしく笑い、『ごめんねぇ』と言った。
「そう言う先輩は誰かにあげるんですかぁ?」
反撃のようにニンマリと笑い、久美ちゃんが体を寄せて言う。内心、ギクッとなるけど、どうにかポーカーフェイスを保ち、
「何言ってんの。飢えた部員共に義理チョコを山とあげなきゃならないでしょ」
「ふふ~ん?」
ギクギクッ。
この久美ちゃんの表情は……絶対、何か気づいてる。まずい。早苗にだって(というか、早苗は自分のことでいっぱいいっぱいだからなぁ)気づかれてないというのに!
「ほ、ほら! 友達待たせてんでしょ! さっさと行きなさいよ!」
「は~い。……あ、先輩」
久美ちゃんは去り際にもう一度、私に寄ると、周りに知り合いもいないのに耳打ちをした。
「頑張ってくださいね。応援しますよv」
……完っ全にバレてるわね。
幸か不幸か3年生、授業よりも自習、受験が多い。けれど、これまた幸か不幸か、我が愛しのサッカー部は全員、同じ高校を受験する予定なのだった。学校で顔を合わせる度にそれとなくチョコの話題を始めるのはやっぱりというか何というか、石崎だった。
「おい、西本。俺、今年は柔らかいやつがいいな、柔らかいやつ」
「柔らかいやつぅ? 何だそりゃ」
廊下でクラスが同じ井沢くん、滝くんと話しているところに奴がやって来て開口いちばんそう言ったので、滝くんが訝しそうな顔をする。
「ほら、あるじゃねーかよ。最近テレビでもよく取り上げてる…」
「そりゃ今の時期、テレビはチョコの話が多いだろうけど……テレビなんか見てる場合かよ、お前は」
呆れつつ茶化すように井沢くんが返すけど、石崎は動じない。…よっぽど飢えてんな、こいつ。
「ひょっとして…生チョコのこと?」
私が言うと、石崎の表情がパアッと明るくなった。
「そう! それだ、それ! というわけで頼んだぞ」
「何が『というわけで』だよ。義理チョコがそんなに嬉しいかね」
「うるせー! 俺はお前らとは違って必死なんだよ! …というわけでお願いします、西本様」
笑う滝くんと井沢くんにムキになって返して、それから少し卑屈そうに私に両手を合わせた。
「しょうがないわねぇ……と、言いたいところだけど。…どうしよっかな~」
「そんなこと言わないで、お願い! お願いします~!!」
…ああ。私も調子に乗らないで素直にすればいいものを。
我が性格ながら、難儀だわ。
その日は受験間近ではあったけど、気晴らしを兼ねて早苗を誘って部活に顔を出した。早苗も久しぶりにきちんと翼くんの練習風景を見られて嬉しいみたいだった。
しばらく練習風景を見つめる早苗を一人にし、私は部室に向かう。久美ちゃんがしっかりしてはくれてるものの、案の定、部室は散らかり放題。やっぱり、マネージャー一人だとキツいよね。私は床に散らばったゴミをまとめ、机の上に散乱する過去のスコアや汚れたタオルを片づけ、窓を開けて空気を入れ替える。椅子に腰掛けてフゥと息をつき、室内から練習風景を眺めていた。
サッカーはずっと好きだった。小学生の時は男の子に混ざって一緒にゲームをやっていた。私が行っていた学校は修哲や南葛や大友とは違って弱かったけど、その分、男女の分け隔てもなかった。でも、6年生の時、翼くん達のあのすごい試合を観せられて。自分のやっていたことがただの遊びだったんだな、って。私はあそこまでプレイに情熱を持てないかも、って思ってしまって。だけど、サッカーには関わっていたくて。彼らと一緒に夢を見てみたくて。ここ、南葛を選んだんだ。
小学生の時は翼くんや岬くん、若林くんがすごすぎて、そっちにばかり目がいっていたけど、彼らの近くにいてよくわかったのは、それぞれがそれなりの実力者だということ。
あいつも、サッカーは下手な方ではなかったけど上手なわけでもなくて、それでもとにかく目立っていて、それにそれだけじゃなく、顔を合わせば私に悪態をつくものだから、知らず知らずのうちに気になっていた。
見ているといろんなことがわかってきた。あいつは翼くんにも負けない努力家なこと。友達思いで後輩の面倒見もいいこと。家族思いなこと。地道に、サッカーの腕も上達していたこと。
だから、ジュニアユースに選ばれたのを知った時、自分のことみたいに嬉しかった。「良かったね」って。密かに家で泣いていた。…早苗にも内緒だけどさ。
それでも、早苗みたいに露骨に見つめていた覚えも、久美ちゃんみたいに熱い視線を送っていた覚えもないんだけどなぁ。
「…う~ん。どこでバレたのかしら」
「何がですかぁ?」
「きゃあっ!」
ビックリして振り返るとそこには久美ちゃんと早苗が立っていた。…あちゃー。
「ね! 先輩、何が『バレた』んですか?」
駄目押しのようにニコヤカに久美ちゃんが聞いてくる。隣ではキョトンとしている早苗。
「あ! もしかして、こないだのバレン…」
「わー! ち、ちょっとタンマ!」
慌てて久美ちゃんの口をふさぐ。
「ゆかり…」
「え?」
早苗が何かに気づいたように私の名前を呼ぶ。…そりゃ、これだけ慌ててりゃ、フツー誰だって気がつくわよね。
とりあえずその場は見逃してもらって、部活が引けた後、女3人で駅に程近い喫茶店に身を落ち着ける。
「ゆかり、好きな人いたんだ」
早苗がロイヤルミルクティーに口をつけながら拗ねたように言う。…ひょっとして、女の友情、危うし?
それというのも、久美ちゃんが嬉しそうに「あたし、先輩の好きな人知ってますよ~」なんて言うから。まったく……いいけどね。
「あ、あのね。いるっちゃー、いるんだけど、別にあたし、誰にも言ってないのよ」
「でも、あたし知ってるもーん」
照れまくりながら言う私の横で久美ちゃんがまた言うから、私はコツンとその頭を叩いて「少し黙ってなさい」と言う。早苗は何となく納得したような、でも附に落ちなそうな、そんな顔で私を見る。
「それで? ゆかりの好きな人って?」
中学生活最後の年。受験の合間を縫うように、女の子の話題はチョコで持ちきり。私は一昨年、昨年と同じようにため息をつく。
早苗は今年は堂々と翼くんにあげるんだろうな。去年までだって、皆にしてみれば『何を今さら』だったけど、本人にしてみればマネージャーだし、事実はどうあれ、付き合ってるわけじゃないから、一人だけに大っぴらにあげるなんてわけ、いかなかったもんね。
私は…今年も義理チョコに混ぜるようにあげることになるんだろうなぁ。はぁ。
「…先輩! ゆかり先輩!」
図書館の帰りにデパートのバレンタイン特設コーナーの前で5度目のため息をついたところを声をかけられた。振り返れば我が可愛い(?)後輩、久美ちゃんが友達と一緒に立っていた。
「あら。久美ちゃん」
「『あら』じゃないですよぉ。さっきから呼んでるのに…」
「久美ちゃんも買い物?」
「……イヤミですか? それ」
顔を引きつらせて、笑いながら言葉が返ってきた。うーん。やっぱりこの娘、可愛いなぁ。そこらの男ならほっとかないのに。いかんせん、相手が悪かったわね。
私はホホホとわざとらしく笑い、『ごめんねぇ』と言った。
「そう言う先輩は誰かにあげるんですかぁ?」
反撃のようにニンマリと笑い、久美ちゃんが体を寄せて言う。内心、ギクッとなるけど、どうにかポーカーフェイスを保ち、
「何言ってんの。飢えた部員共に義理チョコを山とあげなきゃならないでしょ」
「ふふ~ん?」
ギクギクッ。
この久美ちゃんの表情は……絶対、何か気づいてる。まずい。早苗にだって(というか、早苗は自分のことでいっぱいいっぱいだからなぁ)気づかれてないというのに!
「ほ、ほら! 友達待たせてんでしょ! さっさと行きなさいよ!」
「は~い。……あ、先輩」
久美ちゃんは去り際にもう一度、私に寄ると、周りに知り合いもいないのに耳打ちをした。
「頑張ってくださいね。応援しますよv」
……完っ全にバレてるわね。
幸か不幸か3年生、授業よりも自習、受験が多い。けれど、これまた幸か不幸か、我が愛しのサッカー部は全員、同じ高校を受験する予定なのだった。学校で顔を合わせる度にそれとなくチョコの話題を始めるのはやっぱりというか何というか、石崎だった。
「おい、西本。俺、今年は柔らかいやつがいいな、柔らかいやつ」
「柔らかいやつぅ? 何だそりゃ」
廊下でクラスが同じ井沢くん、滝くんと話しているところに奴がやって来て開口いちばんそう言ったので、滝くんが訝しそうな顔をする。
「ほら、あるじゃねーかよ。最近テレビでもよく取り上げてる…」
「そりゃ今の時期、テレビはチョコの話が多いだろうけど……テレビなんか見てる場合かよ、お前は」
呆れつつ茶化すように井沢くんが返すけど、石崎は動じない。…よっぽど飢えてんな、こいつ。
「ひょっとして…生チョコのこと?」
私が言うと、石崎の表情がパアッと明るくなった。
「そう! それだ、それ! というわけで頼んだぞ」
「何が『というわけで』だよ。義理チョコがそんなに嬉しいかね」
「うるせー! 俺はお前らとは違って必死なんだよ! …というわけでお願いします、西本様」
笑う滝くんと井沢くんにムキになって返して、それから少し卑屈そうに私に両手を合わせた。
「しょうがないわねぇ……と、言いたいところだけど。…どうしよっかな~」
「そんなこと言わないで、お願い! お願いします~!!」
…ああ。私も調子に乗らないで素直にすればいいものを。
我が性格ながら、難儀だわ。
その日は受験間近ではあったけど、気晴らしを兼ねて早苗を誘って部活に顔を出した。早苗も久しぶりにきちんと翼くんの練習風景を見られて嬉しいみたいだった。
しばらく練習風景を見つめる早苗を一人にし、私は部室に向かう。久美ちゃんがしっかりしてはくれてるものの、案の定、部室は散らかり放題。やっぱり、マネージャー一人だとキツいよね。私は床に散らばったゴミをまとめ、机の上に散乱する過去のスコアや汚れたタオルを片づけ、窓を開けて空気を入れ替える。椅子に腰掛けてフゥと息をつき、室内から練習風景を眺めていた。
サッカーはずっと好きだった。小学生の時は男の子に混ざって一緒にゲームをやっていた。私が行っていた学校は修哲や南葛や大友とは違って弱かったけど、その分、男女の分け隔てもなかった。でも、6年生の時、翼くん達のあのすごい試合を観せられて。自分のやっていたことがただの遊びだったんだな、って。私はあそこまでプレイに情熱を持てないかも、って思ってしまって。だけど、サッカーには関わっていたくて。彼らと一緒に夢を見てみたくて。ここ、南葛を選んだんだ。
小学生の時は翼くんや岬くん、若林くんがすごすぎて、そっちにばかり目がいっていたけど、彼らの近くにいてよくわかったのは、それぞれがそれなりの実力者だということ。
あいつも、サッカーは下手な方ではなかったけど上手なわけでもなくて、それでもとにかく目立っていて、それにそれだけじゃなく、顔を合わせば私に悪態をつくものだから、知らず知らずのうちに気になっていた。
見ているといろんなことがわかってきた。あいつは翼くんにも負けない努力家なこと。友達思いで後輩の面倒見もいいこと。家族思いなこと。地道に、サッカーの腕も上達していたこと。
だから、ジュニアユースに選ばれたのを知った時、自分のことみたいに嬉しかった。「良かったね」って。密かに家で泣いていた。…早苗にも内緒だけどさ。
それでも、早苗みたいに露骨に見つめていた覚えも、久美ちゃんみたいに熱い視線を送っていた覚えもないんだけどなぁ。
「…う~ん。どこでバレたのかしら」
「何がですかぁ?」
「きゃあっ!」
ビックリして振り返るとそこには久美ちゃんと早苗が立っていた。…あちゃー。
「ね! 先輩、何が『バレた』んですか?」
駄目押しのようにニコヤカに久美ちゃんが聞いてくる。隣ではキョトンとしている早苗。
「あ! もしかして、こないだのバレン…」
「わー! ち、ちょっとタンマ!」
慌てて久美ちゃんの口をふさぐ。
「ゆかり…」
「え?」
早苗が何かに気づいたように私の名前を呼ぶ。…そりゃ、これだけ慌ててりゃ、フツー誰だって気がつくわよね。
とりあえずその場は見逃してもらって、部活が引けた後、女3人で駅に程近い喫茶店に身を落ち着ける。
「ゆかり、好きな人いたんだ」
早苗がロイヤルミルクティーに口をつけながら拗ねたように言う。…ひょっとして、女の友情、危うし?
それというのも、久美ちゃんが嬉しそうに「あたし、先輩の好きな人知ってますよ~」なんて言うから。まったく……いいけどね。
「あ、あのね。いるっちゃー、いるんだけど、別にあたし、誰にも言ってないのよ」
「でも、あたし知ってるもーん」
照れまくりながら言う私の横で久美ちゃんがまた言うから、私はコツンとその頭を叩いて「少し黙ってなさい」と言う。早苗は何となく納得したような、でも附に落ちなそうな、そんな顔で私を見る。
「それで? ゆかりの好きな人って?」