sunny day
…興味津々なのは、この娘も同じみたい。はぁ。
ダンマリを決めこもうとする私を、一人は不安げに、もう一人は心の底から楽しそうに、それでも黙って見ていた。…はあぁ~。私は覚悟を決めたように顔を上げる。
「……」
駄目だ。言えない。
「ゆかり」
「先輩」
…心なしか、早苗の瞳も輝いてきた気がする。他人事だと思って嬉しそうに。ちくしょー。それでも私は2人と目を合わせられず、明後日の方を向いたまま。
「……石崎よ」
言った瞬間、自分でも顔から火を吹いたのがわかった。
目は合わせられないけど、気配でわかる。あ然としてる早苗。「やっぱり」と言わんばかりに嬉しげな久美ちゃん。だから、言いたくなかったのに~。
「石崎くん…? 石崎くんねぇ……う、うん。いいんじゃない、かな?」
早苗くん、心なしか笑顔が引きつってるぞ。それにその、「……」は何よ。…まぁ、言わんとしたいことは何となくわかるけどね。どうせ私ゃ、面食いじゃありませんよーだ。
「ね! 絶対、お似合いだと思うんですよ! 先輩もそう思いません!?」
久美ちゃん、やけに嬉しそうに早苗に同意を求める。
「そうねぇ。石崎くんにはゆかりくらいしっかりしてる人じゃないと駄目かもね」
早苗よ、そうくるかい。
「とにかく! あたし達、ゆかり先輩の味方です! 応援しますから頑張ってください!!」
「そうよ、ゆかり! ファイト!」
…かなり嬉しそうだわ、この人達。ああ、女子マネ同盟、ここに結成、ってか。
いらん、っつーの。
結局、私はサッカー部の人数分のチョコを紙袋に入れて14日の朝の通学路を歩いている。後ろから「おーい! 西本!」と呼ぶ声がして振り向けば、石崎と修哲な面々。石崎、私の手荷物を見とめたのか、かなーり嬉しそう。…犬みたいな奴。
しばらく立ち止まって5人を待つ。石崎はダッシュで駆け寄るなり両手を差し出した。
「おはよう、石崎。…この手は何?」
わざと知らんぷりして聞いてみる。
「そりゃねぇよ、マネージャー。今日はほら、2月14日じゃん?」
「そうね」
「何の日だ?」
石崎、待ち遠しいらしく、顔が緩んでる。かっこ悪いなぁ、まったく。
「さあ。……あ、あたし掃除当番だ」
「そうじゃなくて!」
焦らすようにすっとぼけると、石崎はイライラしたように言った。横では修哲4人が笑いをかみ殺している。
「頼むよ~。…お、これだろ? これ」
石崎が私の紙袋を断りもなく覗こうとしたから、その手をピシャリと払い落とす。
「女の子の荷物を勝手に覗かない」
「誰が女だって?」
ケッと吐き捨てるように石崎。
「あーそっ! 井沢くん、滝くん、来生くん、高杉くん、いつもお世話になってます」
私は石崎を無視してスタスタと歩きながら他の4人にお辞儀をしつつチョコを手渡していく。一応、4人共嬉しそうに受け取ってくれるけど、井沢くんとかはホントは迷惑かもね。
「なぁ、西本~」
「……」
「西本様~」
石崎が情けない声で追ってくる。
「バレンタインデーは日本では女の子から男の子にチョコを渡す日ですからねー」
「悪かったよ~」
このまま放っといたら土下座しそうな勢いだ。
私はクルリと向き直ると、胸元で腕を組んで石崎を睨んだ。
「あたしのこと、ちゃんと女扱いする?」
「します、します」
「鬼とかヒステリーとか言わない?」
「言いませんから~」
「…ふむ」
いまいち信用しきれないけど、あんまりみじめな思いさせてもかわいそうだしね。
私は袋の中から、小さな箱を出して石崎に渡した。
「はい。あとは久美ちゃんと早苗からもらうんでしょ」
「おう! 3個は確実だぜ。あとは、試合を見てた可愛い後輩あたりが「石崎先輩、実は…」なんつってな~!」
すかさず高杉くんから「妄想は大概にしとけよ」とつっこみが入り、また、皆が笑う。つくづくこいつの側は笑いが絶えないわね。…そこがまたいいんだけどさ。
放課後のグラウンドには久しぶりに1年から3年まで勢ぞろいしていた。目的がある人もいれば、そういう人が来ると思って一緒にサッカーするために来た人もいる。やっぱり、受験、受験じゃ疲れちゃうもんね。
私と早苗も顔を出して、久美ちゃんも一緒になって休憩時間に3年から後輩までチョコを配る。
翼くんをはじめ、たくさんもらってる人もいるけれど、皆優しいからその場で私たちのあげたチョコを開けている。
「お! 生チョコだぁ! 西本、サンキュー!」
石崎がそれは嬉しそうに私のあげたチョコを口にする。
「あれ? 西本の、俺のは生チョコじゃないぞ」
「俺のもだ」
小田くんが言うと、滝くんも声を上げる。その声に皆、自分が私からもらった箱を確認し始める。横では早苗と久美ちゃんが何やら嬉しそうに私を見ている。私は私で微笑みを浮かべながらすましてその光景を見ていた。
いつの間にかグラウンドの片隅は妙に騒がしくなっていた。
「何だよ、じゃあ、生チョコは石崎だけか?」
井沢くんが言う。
「えー!? ひょっとしてマネージャー、石崎のこと…」
「ちょっと待って!」
冷やかそうとした岩見くんを大川くんが制した。
「何だよ、学」
「僕の、チロルチョコがたくさん入ってるんだけど…」
「え~? 俺のは明治の板チョコが5枚…」
「俺は何か洋酒っぽいのが2個だけだぞ」
アーモンドチョコ、フルーツ入り、トリュフ、ブラウニー、プチケーキ……。
出てくるもの出てくるもの、全て異なったチョコで、さっきとは違う意味でその場は騒然とし始めた。隣では早苗と久美ちゃんがポカンと私を見ている。私は「してやったり」と、おかしくておかしくて、大きな声で笑っていた。
練習が再開してから、早苗と久美ちゃんに問いつめられた。
「せっかくのチャンスなのに! ゆかりったら…」
「そうですよぉ! あんなことしちゃ、石崎先輩みたいな鈍感な人、ぜーったい、ゆかり先輩の気持ちに気づきませんよ?」
2人共、こないだと違って心配してくれてるみたいだったけど、私はフフンと笑って言った。
「いいのよ、それで」
「どうして? 久美ちゃんの言うとおり、あれじゃ誰もゆかりの気持ちに気がつかないよ」
早苗は少し私の態度に不満げに言った。
「うーん。何て言うのかな。タイミング…違うな。とにかく、まだ時期じゃないのよ」
「時期って?」
「告白するしないとかじゃなくてね、あいつに私の気持ちにはまだ気づいてほしくないの」
「わかんなーい!」
「いーの! わかんなくて。さー、仕事、仕事!」
ゴネる久美ちゃんと、全然わからないといった風な早苗をよそに、私は今洗ったばかりのタオルをパンと叩いた。
2月の冷え切った空は雲ひとつなく、青く澄んでいた。