揺らめき×少年少女
人は何故惹かれ合うのか。
当人たちにはその理由など分かりもしない。
いつかその理由を知る日がくるかもしれない。
けれどそのころには、惹かれ合った二人に理由など意味を成さないだろう。
□
暖かい日差しを受けながら、バスには湿気を帯びた雨期の風が吹き込んでいる。
最後部に三人。
ワコを挟んでスガタとタクト。
ワコとタクトはしきりに話をしている。
ワコがこんなに男子と楽しそうに話すことを、十云年目にして知ったスガタは少なからずショックを受けた。
自分といて退屈させていたかもしれない。
タクトが女子と絶えずしゃべり続ける姿をみて、女性的な感性があるんだろうなと他人ごとのように思う。
スガタは意味の無いことをひたすら話すのは好きじゃない。それなら黙っていた方が、よっぽど心が通う気がする。
スガタは、そんな二人を後目に窓の外を眺めた。見慣れた風景にうんざりしていた。
「気持ちいいな〜!」
肩越しにタクトが言った。
ワコとタクトが、スガタの見ているモノに注意を変えていた。
「でしょ〜!私ね、ここから見える海が大好きなんだ!」
「うん。僕も好きになった。」
二人はなんの恥じらいも照れもなく言葉を口にして、顔を合わせ微笑みあう。
言葉に照れはなくとも、ワコの方はタクトの笑顔に少し頬を赤らめているようだった。
ガラガラの車内に数人いる南十字学園の生徒に勘違いされそうなほど親密だ。
先頭座席にいるおばあがニコニコしながらこちらを眺めているのを見れば、会話が丸聞こえなのは明らかだ。
スガタは車内を一目見て、誤解がうまれても今後の生活に大して支障がないだろうと判断した。
とたんに今までの思考も他人ごとのようにどうでもよくなり、再び窓の外に目を向けた。
トンネルを抜ければ街に出る。
今日はワコの買い物につき合う約束だった。
紅茶に凝り出したとかで、紅茶専門店に行きたいとか。
ティーセットが欲しいとか、ティーコージーが欲しいとか。
「ティーセットなんて僕の家から好きに持って行けば良いのに。」
茶器の専門店で舞い上がりながら、プライスに目を見開くワコを見て、スガタはさりげなく言った。
「マジ!?」
「ワコに限り。」
「なんで!?」
「あはは!・・・もうスガタくん私に甘いんだから!でも、お断りしますっ!」
ワコがわざと改まって突っぱねるように言ってみせた。
「今まで色々貰ってるしね。」
そういうとワコは、自然と一周していた茶器専門店のドアを出た。
「あ!あっちの店が見たい!」
と表で叫んで、小走りに二人の視界からはけた。
タクトとスガタがソレを目で追って、同時に店を出ようと思った。
タクトの上半身が一瞬動いたので、スガタは先を譲ったのだが、どうやらタクトもスガタに先を譲ったらしく、二人は妙な間を持ってその場にとり残された。
「あ。」
タクトが少し上目使いにスガタを見た。
「お先にどうぞ。」
スガタが涼やかな声を出すと、タクトは目を逸らして「あ、うん・・。」とだけ言った。
スガタはカチンときていた。
ほとんど顔には表れなかったが、タクトのほんの一瞬のよそよそしい態度に無償に腹がたった。
散々何も無かったように振る舞っておいて、二人になった瞬間に時々よそよそしく振る舞って見せるのだ。
それも故意にだとスガタは確信していた。
店を出るとタクトも小走りにワコの後を追っていた。
そこは古雑貨屋らしく、人一人分やっとある様な間口の狭い店だった。
スガタが入り口から覗くと、タクトの後ろ姿にワコがすっぽり収まって何を選んでいるのか分からない。
あまりにも狭いために店の外で待つことにしてスガタは、自分に気付いて色めき立つ同校生を尻目に空を見上げた。
肌にまとわりつく湿気とは似つかない、晴れ晴れと澄み渡る空。
気付くと季節は廻り始めていた。
苛立ちを連れ去るように、爽快な風がスガタの全身を通り抜けると、頭に残ったのは一つだった。
タクトにキスをして、もう二週間が経つ。
そう、タクトにキスをした。
衝動的な口づけだった。
なかったことにしてほしいと思った。
恥ずかしすぎて消えたいと思った。
この年齢になって、ベッドの中で悶絶するほど後悔した出来事だった。
けれど次の日タクトは何事もなかったように振る舞った。
安堵。落胆。
ほぼ同時だった。
初めての感情が複雑すぎてスガタは、表情筋にインプットされていた美少年のさわやかな微笑が反射的に出てしまった。
それかスガタとタクトは、茶番を演じ続けているのだ。
ワコの前では今まで通りでいられる。その時だけは心のわだかまりを忘れて笑い合える。
しかし二人になると妙な空気になるのだ、それを振り切るようにタクトは振る舞うのだが、時々よそよそしい態度をあらわにするので、ここ最近スガタは機嫌が悪かった。
「お待たせ〜。」
タクトのゆるい声にスガタが振り向くと、いつも通りの笑みでタクトが店から出て来た。
そしてここ最近スガタは、自分の新たな習性に気付くことになった。
どんなに苛立ちを覚えても、タクトが何気なく投げかける言葉でスガタは心が緩む。
タクトの少しフ抜けた声がどれだけスガタを安堵させるのか、それを何度となく知ることになった。
「お待たせ〜、買えたよ!」
「気に入ったのがあった?」
「うん!」
ワコが持つ袋がやけに大きかったので、スガタは「持つよ。」とさりげなく言った。
どんなにワコが断っても、毎回スガタは言うので、ワコはもう諦めて持ってもらうことにしている。
そんな二人のさりげないやりとりに、タクトは少し嫉妬した。
恋人同士みたいだったから。
「あ!ねえねえ!思ったより早く買い物が終わったから、今から家に来てお茶でも飲まない?」
ワコが「名案!」という顔をしていたのがかわいくて、二人はもちろんと答えた。
□
スガタは時間貧乏な所があって、いつも時間を計算してしまう。
ワコの家につく頃には3時を回るだろう。御祓の時間まで2時間弱。
今日は土曜日だから、御祓の前後にはゼロ時間へ招かれるだろう。
どうやら御祓の時間というのは、ゼロ時間へ開通できないのではないかとスガタは考えていた。
そして春からの闘いで、敵のドライバーが学園内の人間であることにも確信を深めていた。
行動リズムが自分達と同じなのは以外と助かる。とスガタは思う。
ワコの家に着いたのはスガタの計算通り3時を10分ほど回った頃だった。
ワコの部屋へ入るとタクトは妙にそわそわしていた。
家主がお茶をいれに出て行ってしまったので、それが顕著になる。
おそらく女の子の部屋に入るのが、男として物心ついてからは初めてなのではないか、とスガタは推測した。
ワコの部屋は簡素でありながら女の子らしく、清潔感と暖かみがあった。
「和室に、ベッド・・・・。」
タクトが妙な目でワコのベッドを見ていたので、スガタは友達らしく気の利いたコメントをする。
「今のうちに匂いでも嗅いだら?」
「匂い!?」
「何言ってるのー?」
タイミングよくワコがふすまを開けた。
「か!嗅いでないよ!!」
分かってるよ、という顔をしてワコが言った。
「もぅ、スガタくんも男の子みたいなこと言うんだね。」
「ワコ、僕が男だって知らなかった?」
当人たちにはその理由など分かりもしない。
いつかその理由を知る日がくるかもしれない。
けれどそのころには、惹かれ合った二人に理由など意味を成さないだろう。
□
暖かい日差しを受けながら、バスには湿気を帯びた雨期の風が吹き込んでいる。
最後部に三人。
ワコを挟んでスガタとタクト。
ワコとタクトはしきりに話をしている。
ワコがこんなに男子と楽しそうに話すことを、十云年目にして知ったスガタは少なからずショックを受けた。
自分といて退屈させていたかもしれない。
タクトが女子と絶えずしゃべり続ける姿をみて、女性的な感性があるんだろうなと他人ごとのように思う。
スガタは意味の無いことをひたすら話すのは好きじゃない。それなら黙っていた方が、よっぽど心が通う気がする。
スガタは、そんな二人を後目に窓の外を眺めた。見慣れた風景にうんざりしていた。
「気持ちいいな〜!」
肩越しにタクトが言った。
ワコとタクトが、スガタの見ているモノに注意を変えていた。
「でしょ〜!私ね、ここから見える海が大好きなんだ!」
「うん。僕も好きになった。」
二人はなんの恥じらいも照れもなく言葉を口にして、顔を合わせ微笑みあう。
言葉に照れはなくとも、ワコの方はタクトの笑顔に少し頬を赤らめているようだった。
ガラガラの車内に数人いる南十字学園の生徒に勘違いされそうなほど親密だ。
先頭座席にいるおばあがニコニコしながらこちらを眺めているのを見れば、会話が丸聞こえなのは明らかだ。
スガタは車内を一目見て、誤解がうまれても今後の生活に大して支障がないだろうと判断した。
とたんに今までの思考も他人ごとのようにどうでもよくなり、再び窓の外に目を向けた。
トンネルを抜ければ街に出る。
今日はワコの買い物につき合う約束だった。
紅茶に凝り出したとかで、紅茶専門店に行きたいとか。
ティーセットが欲しいとか、ティーコージーが欲しいとか。
「ティーセットなんて僕の家から好きに持って行けば良いのに。」
茶器の専門店で舞い上がりながら、プライスに目を見開くワコを見て、スガタはさりげなく言った。
「マジ!?」
「ワコに限り。」
「なんで!?」
「あはは!・・・もうスガタくん私に甘いんだから!でも、お断りしますっ!」
ワコがわざと改まって突っぱねるように言ってみせた。
「今まで色々貰ってるしね。」
そういうとワコは、自然と一周していた茶器専門店のドアを出た。
「あ!あっちの店が見たい!」
と表で叫んで、小走りに二人の視界からはけた。
タクトとスガタがソレを目で追って、同時に店を出ようと思った。
タクトの上半身が一瞬動いたので、スガタは先を譲ったのだが、どうやらタクトもスガタに先を譲ったらしく、二人は妙な間を持ってその場にとり残された。
「あ。」
タクトが少し上目使いにスガタを見た。
「お先にどうぞ。」
スガタが涼やかな声を出すと、タクトは目を逸らして「あ、うん・・。」とだけ言った。
スガタはカチンときていた。
ほとんど顔には表れなかったが、タクトのほんの一瞬のよそよそしい態度に無償に腹がたった。
散々何も無かったように振る舞っておいて、二人になった瞬間に時々よそよそしく振る舞って見せるのだ。
それも故意にだとスガタは確信していた。
店を出るとタクトも小走りにワコの後を追っていた。
そこは古雑貨屋らしく、人一人分やっとある様な間口の狭い店だった。
スガタが入り口から覗くと、タクトの後ろ姿にワコがすっぽり収まって何を選んでいるのか分からない。
あまりにも狭いために店の外で待つことにしてスガタは、自分に気付いて色めき立つ同校生を尻目に空を見上げた。
肌にまとわりつく湿気とは似つかない、晴れ晴れと澄み渡る空。
気付くと季節は廻り始めていた。
苛立ちを連れ去るように、爽快な風がスガタの全身を通り抜けると、頭に残ったのは一つだった。
タクトにキスをして、もう二週間が経つ。
そう、タクトにキスをした。
衝動的な口づけだった。
なかったことにしてほしいと思った。
恥ずかしすぎて消えたいと思った。
この年齢になって、ベッドの中で悶絶するほど後悔した出来事だった。
けれど次の日タクトは何事もなかったように振る舞った。
安堵。落胆。
ほぼ同時だった。
初めての感情が複雑すぎてスガタは、表情筋にインプットされていた美少年のさわやかな微笑が反射的に出てしまった。
それかスガタとタクトは、茶番を演じ続けているのだ。
ワコの前では今まで通りでいられる。その時だけは心のわだかまりを忘れて笑い合える。
しかし二人になると妙な空気になるのだ、それを振り切るようにタクトは振る舞うのだが、時々よそよそしい態度をあらわにするので、ここ最近スガタは機嫌が悪かった。
「お待たせ〜。」
タクトのゆるい声にスガタが振り向くと、いつも通りの笑みでタクトが店から出て来た。
そしてここ最近スガタは、自分の新たな習性に気付くことになった。
どんなに苛立ちを覚えても、タクトが何気なく投げかける言葉でスガタは心が緩む。
タクトの少しフ抜けた声がどれだけスガタを安堵させるのか、それを何度となく知ることになった。
「お待たせ〜、買えたよ!」
「気に入ったのがあった?」
「うん!」
ワコが持つ袋がやけに大きかったので、スガタは「持つよ。」とさりげなく言った。
どんなにワコが断っても、毎回スガタは言うので、ワコはもう諦めて持ってもらうことにしている。
そんな二人のさりげないやりとりに、タクトは少し嫉妬した。
恋人同士みたいだったから。
「あ!ねえねえ!思ったより早く買い物が終わったから、今から家に来てお茶でも飲まない?」
ワコが「名案!」という顔をしていたのがかわいくて、二人はもちろんと答えた。
□
スガタは時間貧乏な所があって、いつも時間を計算してしまう。
ワコの家につく頃には3時を回るだろう。御祓の時間まで2時間弱。
今日は土曜日だから、御祓の前後にはゼロ時間へ招かれるだろう。
どうやら御祓の時間というのは、ゼロ時間へ開通できないのではないかとスガタは考えていた。
そして春からの闘いで、敵のドライバーが学園内の人間であることにも確信を深めていた。
行動リズムが自分達と同じなのは以外と助かる。とスガタは思う。
ワコの家に着いたのはスガタの計算通り3時を10分ほど回った頃だった。
ワコの部屋へ入るとタクトは妙にそわそわしていた。
家主がお茶をいれに出て行ってしまったので、それが顕著になる。
おそらく女の子の部屋に入るのが、男として物心ついてからは初めてなのではないか、とスガタは推測した。
ワコの部屋は簡素でありながら女の子らしく、清潔感と暖かみがあった。
「和室に、ベッド・・・・。」
タクトが妙な目でワコのベッドを見ていたので、スガタは友達らしく気の利いたコメントをする。
「今のうちに匂いでも嗅いだら?」
「匂い!?」
「何言ってるのー?」
タイミングよくワコがふすまを開けた。
「か!嗅いでないよ!!」
分かってるよ、という顔をしてワコが言った。
「もぅ、スガタくんも男の子みたいなこと言うんだね。」
「ワコ、僕が男だって知らなかった?」