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一夜

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―― どうしてこんな事になったんだろう。

グルグルと掻き混ぜられる脳みそを冷ますようにシャワーを浴びながら、真紀は考える。

―― 確かにあたしは日向小次郎に会いに来たわよ。だけど、だからって…。


赤嶺真紀が日向小次郎のイタリア行きを聞いたのはマスコミの喧伝よりもだいぶ以前、例によって沖縄で、直接日向の口からだった。

それからの間、親から散々急っつかれながらも延々悩んで、結局はギリギリになって航空チケットを取り、会いに来たのが今日、日向の旅立つ前日の夜。

空港から携帯電話にかけてみればBGMも騒がしく、どうやら歓送会の会場らしい。それでも日向の口からはいつもと変わらぬ軽口のジャブが飛ぶ。つられて同じようにいつもの調子で返してみはするものの、思いのほか気落ちしていたらしく、やはり意気は下がり気味。どうにもパンチが効いていない。

何処からかけてるんだ? と聞けたのは朴念仁と思われて長い彼の面目躍如といったところだろう。真紀はといえば、まさかそんな言葉が出てきてくれたら良いなとは思っていても、出てくるとは微塵も思っていなかっただけにうろたえる事このうえない。

やっとの事で電話越しの喧燥に掻き消されてしまうんじゃないか、と思うような小さな声で『空港』の二文字を口にする。すると今度は日向が驚いて大声で怒鳴りつける。『馬鹿野郎。今から行くから待っていろ』と。

ツーと発信音だけ鳴らす携帯電話を真っ赤な顔で握り締めながら、周りにマスコミもいるだろうに、とか、『空港』が羽田空港だったり、ましてや那覇空港だったらどうすんだよ、などと一人ごちてみる。そうか。今日、これから日向に会えるんだ。しまった。こんな、バギーパンツにTシャツなんてやめれば良かった。スカートを見送り用の一着しか持ってきていないのが少しだけ悔やまれた。

日向は予想よりも随分早く現われた。見慣れたジャージ姿ではない、細身のスーツに身を包む男を前にドキドキしていれば、女がこんな時間に何してやがるなどと見当違い甚だしい説教を食らわしてくださる。それを制して事情を聞けば、成田空港近くのホテルに泊まっていて、ついでにそこの広間で歓送会が行われていたとのこと。お前も来るか? と明るく言い放つ男に、マスコミの存在というものを考えていないだけでなく、いかに自分が女として見られていないかを感じ、一抹の空しさを覚えながら断った。

どうもこの男は自分が有名人だという自覚に欠けている。あんたは男で日本を背負って立つサッカー選手で、あたしは女なんだから。それを指摘すれば、それこそそれがどうしたといわんばかりの答えが返ってくる。わかりきっていた事とはいえ、やはり朴念仁、と、空しさに加えて目眩までしてくる。

あたしもホテルは取ってあるから、と答えれば、胸元にチャリンと金属音。条件反射で受け取り見れば、まごう事なきホテルのルームキー。そりゃまあ驚くなという方が無理というもので、真紀は皿のような目に魚のような口元で鍵と日向を交互に見つめた。

日向は日向で鯉のような真紀を放っぽって、とっととタクシーを捕まえるとまだハプハプとしている真紀を放り込み、続けて自分も乗り込むと、丁寧な態度と言葉で運転手にホテルの名前を告げ、10分と経たずに着いた随分と豪奢なホテルの正面に付けてもらうと、とっとと支払いを済まし、付いて来るのが当たり前と言わんばかりの素早さで車を降り、一人さっさとロビーに向かい、オロオロしながらも付いて来た鯉女にはどう聞いても喧嘩を売っているとしか思えない口振りでルームナンバーを告げて、シャワーでも浴びて待ってろと、さらに捨て台詞のように投げつけて再び喧燥溢れるパーティー会場へと、一人戻って行った。


そんなこんなで真紀は今、自分が取ったビジネスホテルとは段違いの展望を持つそのホテルのジュニアスイートのピカピカに磨かれた立派なバスタブのある浴室で、雷獣男の言葉に妙に素直に従ってシャワーを浴びていた。というのも、身体が汗ばんで気持ち悪かったからにほかならなかったりするのだが。

スッキリして水滴を弾く身体を軽く拭って色気も素っ気もない下着をつけるとバスローブをまとい、柔らかなタオルでガシガシと乱暴極まりなく頭を拭いて浴室を出た。手ぐしで一応見られる程度に髪の毛を整え、備え付けの冷蔵庫を開ける。…当り前のようにコーラが鎮座している。深く大きく溜息をつき、真紀はその横のミネラルウォーターのボトルを取ってラッパ飲む。

入浴で失った水分を補給するようにたっぷり一口、口にしてから、窓辺に寄り添う。ストレッチ代わりに大きすぎる窓枠に足を掛け爪先を握ると、慣れたように半身の屈伸を繰り返す。掛ける足を交代してさらに曲げ伸ばすと、ふぅと息を吐いて窓枠にもたれかかった。

空港の灯りはすでに消えている。人家もまばらなこの地帯を照らすのは、まとめて建てられたホテルの灯り。闇の合間を縫うように灯る四角い灯りは暗闇に滲んで溶けて、紛れ込んでしまいそうで、何処となく心細くなるような頼りないものだった。

首に掛けたタオルでもう一度汗を拭うと再びペットボトルを口に運ぶ。ゴクゴクと喉を鳴らしながら、勢い良く体内に綺麗な水を運ぶと、人心地つく。そうすれば緊張が解けたかのように急に腹が減ってきた。

「ルームサービス…っつってもなぁ」

自分が泊まっているわけでもない部屋で主のいない間に、というのは気がひける…だけでなく、どうすれば良いのかよくわかっていないのだ。仕方がない。日向が気を利かせて何か持ってきてくれることを期待して待とう。真紀はそう考えてボフンと大きなベッドにダイビングした。程好くスプリングの効いたベッドは一回バウンドすると優しく彼女を受けとめた。

柔らかいベッドは心地良く、長旅と緊張で疲れを感じていた真紀の体をトロトロとした優しい眠りへと落としていった。

時間にしたらほんの30分程の眠りだったようだが、それでも体は楽になっていた。これで、涎を垂らして大の字で寝こけている自分の姿というものを愛しい男に見られたうえ、あげく、愛しいはずのその男に踏み起こされたなどという状況でさえなければ完璧な寝覚めではあったのだが。

「んがっ」と変な声を立てて目を開ければ、日向が両手の大皿にいっぱいの料理を携えて、真紀の腹に足を乗せた状態で意地悪い笑みを浮かべて見下ろしていた。

「重い~っっ!!」

日向の足を跳ね除けて慌てて起き上がる。その間に日向はテーブルへと料理を運び、戻ってくるとハラリと真紀の頭上に何かを落とした。顔に掛かったそれをつまむとティッシュだった。まだベッドで胡座をかいたまま、真紀がそれを不思議そうに眺めていると、日向が笑いながら口の脇を指す。

「よだれ」

「……っ!?」

顔を真っ赤にして慌てて口を拭えば確かにベットリと頬まで濡れていた。その真紀の様子を見て日向は大笑いする。照れ隠しに背後から入れる蹴りをあっさりとかわされ悔しい思いをしていれば、余裕の笑みを浮かべたままベッドルームのドアに手を掛けて真紀をリビングへと招く。

「どうせ飯まだだろ? 適当に持ってきたから食おうぜ」
作品名:一夜 作家名:坂本 晶