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舫い綱

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「いい加減にしてください!」

カヤはくるりと振り返ると眉を吊り上げた。

家庭教師だけでなく学校にも通い始めてからというもの、カヤは自分に声をかける男の多さにウンザリしていた。医者を志すのはお金がかかる。そこに通う者達の多くはカヤと同じく、生活に不自由のない者がほとんどだ。しかし、その意志は崇高なものではなかったか。医学校とは、パーティーを開いたり貧しいものを馬鹿にしたり、ましてや女の子のお尻の追いかけ方を教える所ではなかったはずだ。この島ではたったひとつの、医学をきちんと学べる学校だったのに。カヤは教科書を両手に抱えて溜息をつく。

『医者になる』という夢を叶えるのは容易なことではない。それはわかっていたけれど、こんな障害があるなんて、思いも寄らなかった。それでも、挫けるには理由はあんまりくだらなすぎて、余計に気分は滅入っていく。めげそうな気持ちをどうにか浮上させようと、小さな切り抜きを手帳から取り出し、祈るように見つめる。今は何処にいるのかもわからない男の後ろ姿は少しだけカヤを元気づけた。



「何!? ウソップに彼女だぁ!?」

サンジがお茶を入れる手を止め、咥え煙草で叫ぶ。

青空の中、追い風を受けて走るゴーイング・メリー号の船上は平和だった。甲板で鍛練に励むゾロを見張りに残して、ルフィ、ナミ、ウソップはお茶をしに食堂に集まっていた。ルフィがまだ盛り付け中の菓子をつまみ食いしてサンジに怒られたり、この場にいない剣士をからかい九割に噂したり、先日ばら撒かれたばかりのルフィの手配書の話で盛り上がったり。そんな時にナミがウソップに『いい機会だからカヤさんに手紙でも出して安心させたら』などと言ったものだから、サンジが『カヤさんて誰だ?』と問い、横からルフィが『この船くれた女で、ウソップの彼女だ』と答えて、先の台詞に至るのである。

「何だよ、その言い方は。俺様にオンナがいるのが、そんなに意外か?」

サンジのショックを受け気味の表情に、少しだけ優越心に浸ってウソップが言う。

「ああ意外だね。……やっぱりアレか? お前みたいに長っ鼻なのか?」

サンジがニヤけて返す。

「テメ……」

「カヤは美人だぞ」

「ええっ!?」

キレて怒鳴ろうとしたウソップを遮るようにルフィが言うと、サンジは驚愕の表情を浮かべた。ルフィは無視してその男の手製のミカンタルトなどをパクつきながら「な、ナミ」と振る。

「そうね。すっごいお金持ちだし、細くて肌も透けるように白いし、いかにも深窓の令嬢って感じよね」

「ええーーーっっ!?」

『金持ち』という単語に重点を置くナミの『深窓の令嬢』という単語に反応してサンジは喉も張り裂けんばかりの声を上げる。悪者をちょっと退治したくらいでポンとこんなに立派な船をくれ、その上に美人なウラ若い女性が、ハッタリだけでてんで弱い、長っ鼻な男に熱を上げているという事実は、もはやサンジの理解能力外だった。

「で、あんたはその彼女にどうして手紙の一通も書けないのよ」

ナミが真紅の茶に口を付け、話を戻す。イタい所を突かれたようにウソップが黙り込む。

「大切なんじゃないの? ぜーーったい、心配してるわよ? 心配し過ぎてまた倒れちゃってるかもよ?」

指でウソップの額を突付きながらまくしたてる。サンジが横から「新しいオトコできてたりして」と言うのを拳骨で制しながら。

「だーーっ! 痛ぇな! 何すんだテメェ!? 」

額を押さえてウソップが叫ぶ。

「当り前じゃない。痛くしてんだから。……考えたらこの船の連中って皆、薄情よね。自分がどうしてるかくらい、待ってる人に知らせるのは礼儀じゃない!」

「俺、報告しなくても、今頃皆、知ってんな」

ルフィがニシシと笑う。その頭にも「賞金首がそんなに嬉しいか!」と一撃がとぶ。サンジが言い訳のように「ナミさーん、俺の場合は相手も今何処にいるかわかんないし……」と言うが、無視される。ウソップは喧騒に紛れてこっそりと食堂を脱け出した。

涼しい風が吹き抜ける甲板に出ると、舳先の方では相変わらず緑の髪の剣士が汗まみれの真剣な表情で、何をどうしたら持てるかわからない巨大バーベルを振り回している。あの傷でよくもまぁやるもんだと半ば呆れながら、ウソップは後甲板に回る。誰も来る気配がないことを確認するとナミのミカンの木陰に座り、遠い故郷の女の笑顔を思い浮かべた。

ナミの言うことはわかってはいるのだ。実際、何度も手紙は書こうと思った。船の上での仲間との日常も、立ち寄った島での愉快な出来事も、アーロン・パークでの武勇伝も、ルフィの背後の自分の後ろ姿も。話したいことはたくさんあった。でも、書けなかった。出来事は、書いた傍から嘘になるような気がして、やめた。その嘘は、普段顔を合わせれば勝手に口をつく、輝くようなホラ話とは違って、まるで水を失って萎れた花のようだと思って、書けなかった。

サンジの言うように、ひょっとしたら自分のことなんてもう忘れて、新たな仲間や気になる男と楽しい毎日を送っているかも、とも思う。ウソップ海賊団が解散して、奴等がそれぞれの道を歩み始めたように、カヤにだって新しい人生があるのだ。土産話なんて何年、いや、何十年先になるかもわからない。その間には自分の話などよりもずっと面白く、楽しい日常がたくさん彼女の周囲を彩っているはずなのだ。カヤを信じていないわけではない。待つことの辛さを知るだけに、中途半端な口約束で待たせたことが心苦しかった。

それでも船が、イースト・ブルー最後の島、ローグタウンに着けば、あとはグランドラインに入るだけだ。そうしたらもう、いつ連絡を取れるかもわからない。ましてや自分が、生きて故郷に帰れるのかも。もう2日もすれば島は見えるだろう。

ウソップは立ち上がると、便箋と封筒と切手を(売って)もらうため、ナミをこっそり呼び出した。



研修は楽しい。カヤの知性か真面目さか、それとも人手の少なさが幸いしたのかはわからない。実習の機会はすぐに来た。簡単な外傷の手当てや健康診断、医師の助手的な仕事がほとんどだったけれど、それでも現場は学校よりもずっと楽しくて、カヤは生き生きと働いた。

帰り道、たまねぎ、にんじん、ピーマンの3人と会う。彼らはカヤが心を開いて話せる何よりの友達だ。

「カヤさん、今日の昼は屋敷に帰った?」

ピーマンが聞く。カヤは診察のルートによっては自宅に戻って昼食を摂り、出る時こっそりポストを覗く。けれど、それは誰にも言っていない。

「いいえ。今日はずっと診療所にいたから。……どうして?」

カヤが不思議そうに尋ねると、3人は黙って顔を見合わせてニヒヒと笑う。

「な、何でもないよ。ただ、カヤさん時々、お昼ご飯家で食べるじゃん? 今日は何を食べたかなーと思って」

慌てたようににんじんが言う。

「うん。俺んとこはサンマの塩焼きだった」

たまねぎがフォローのように付け加える。
作品名:舫い綱 作家名:坂本 晶