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【APH】ボーダーライン【ギルベルト先生夢】

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ボーダーライン







 先生は、私を名前で呼んでくれない。




 ピンポーン、と、家中にインターホンの音が鳴り響いた。昨日書店で買ってきたばかりのハードカバーを読み耽っていた私はそれに過敏に反応して、急いで部屋のドアを開けて廊下に飛び出し、階段をバタバタ音を立てて駆け降りた。頬が緩むのを抑えきれていない自分が居るのを自覚する。
 毎週金曜日の午後5時半。薄い夕闇が世界を覆い始めるこの時間に鳴るインターホンは、私にとっては特別な音だった。
 ガチャリ、と玄関のドアを開けば、そこに立っていたのは予想通り、ぎんいろの髪をした、彼。私よりも頭一つ分は大きな彼を見上げてにっこりと満面の笑みを浮かべれば、彼はちょっとだけ驚いて、けれども少し嬉しそうに、よ、と手を挙げた。
「先生! いらっしゃい!」
 彼は、私の『先生』だ。ドイツから留学してきている大学生で、アルバイトとして私の家庭教師をやっている。まさか外国の人が家庭教師として家に来るなんて思わなかったから最初はびっくりしたけれど、先生は日本の事について、もしかしたら私よりも詳しくて、日本語も上手で、外国のひとだっていう事を忘れてしまうほどだった。
 私はそんな先生にすぐに懐いた。先生は優しくて――たまに厳しくて、笑顔が凄く、素敵な人。
 私はそんな先生に……すぐに、恋をした。先生と生徒と言う関係から、踏み出したいと。願うようになった。
 その笑顔に、声に。ちょっとした仕草に、心が過敏に反応する。私の心臓は、先生に恋をしてからおかしくなってしまったようだ。
「先生、先にお部屋行ってて! コーヒー淹れてあげる!」
「おう、悪いな」
 先生が階段を上がっていくのを見ながら、私はキッチンへ行って先生と私の分のコーヒーを淹れる。インスタントだけど。私のはちょっと甘めに、先生のは、濃いめのブラック。先生の好みを覚えたのはつい最近の事。先生は、甘いものが好きだけど、コーヒーだけはブラックで飲みたがる。
 二人分のコーヒーと、コンビニで買っておいたクッキーを皿に盛って、まとめてお盆に載せて階段を上がる。あぁ、やっぱり駄目。頬が緩むのを抑えきれない。
 だってこの時間は特別なんだもの! 親もいない、先生と私の二人っきりの時間。
 そんな秘密めいた時間が、私は、大好きだった。
「先生~、開けてー」
 お盆を持っていて両手が塞がっているから、ドアの向こうに居る先生に声をかけて扉を開けて貰う。キィ、と軽い音がして、私の全体的にピンク色をしている部屋から先生が顔を覗かせた。さっきは掛けていなかった眼鏡をかけていて、既に教師モードに入っているようだ。
「ありがとー、せんせ」
 私は、先生が『先生』って呼ばれると嬉しいのを知っている。だから、何度も意識して、先生って繰り返す。逆に名前で呼ばれるとちょっと困るのも知っている。たまに悪戯してわざと名前を呼んでみるのが面白くてやめられない。
 私は部屋の中央にあるクリアテーブルに二人分のマグカップとクッキーを盛ったお皿を置いて、小花柄のクッションに座った。先生はその横に置いてあったブルーのクッションに座って、そんじゃ始めるか、といつも通りに言う。持ってきていた鞄から何やら薄い小冊子を取り出した。
「せんせー、何それ」
 不思議がって問いかける私に、先生はにやりと笑いながら、
「英語が苦手なお前だけのために作った、俺様特性英語テキストだ。有り難く思え!」
「えー!」
 先生が英語も出来るのは知っていたけれど、まさか自分でテキストを作って持ってくるなんて……。正直そこまで出来るとは思っていなかった。
 でも、そのテキストって私専用なんだよね……。何か、特別みたいで……ちょっと、嬉しいかも。いや、若干嬉しくないけども。
 私はペンケースから取り出したシャーペンをカチカチと鳴らしながら、何気なく先生に問いかけた。
「先生って何か国語喋れるの?」
「んぁ? んー……そうだな、ドイツ語は母国語だから当然だし、日本語、英語は一応、こっち来て暇な時に英検準1級まで取ったからそこそこ。あとは……今イタリア語を勉強中だな」
「……先生、一体どこへ行くおつもりですか……」
 何だか私とは頭の出来が違いすぎて泣けてくる。私は英語だけでも頭がパンクしそうだって言うのに、ドイツ語やイタリア語なんてとてもじゃないけど頭に入りそうにない。
 先生はケセセ、と独特の笑い方をして、ぽんぽんと私の頭を軽く叩いた。
「ま、出来るとこからやってきゃ良いんだよ。勉強ってのは、まず、興味を持つことからだ」
 確かに先生の言う通りかも知れない。先生に追い付きたいのは山々だけれど、今の私の限界は高校英語。英検だってせいぜい準2級とれるかどうか位のところだろう。数検や漢検もあんまり自信は無い。
 でも、先生が教えてくれたら……出来そうな気がする。
「(だって、勉強だって先生が教えてくれるから……やる気になってるんだもん)」
 いつもなら勉強なんて放っておいて趣味の読書に走りがちな私だけれど、先生の前でだけは、勉強が好きな子になる。それは先生に好かれたいからと言うのもあるけれど――それ以上に、先生の教え方が上手で、勉強が楽しいと思えるからだ。
 国語も英語も数学も、先生の教え方は独特だけれど私が覚えやすいように工夫してくれていて、もっと知りたい、という知的好奇心をくすぐられる。
「そんじゃ、今日もみっちり扱くからな。まずはこれ全部解け!」
「先生の鬼!」





 一時間後。先生特製の英語テキストを終えた私は、ぐったりとクリアテーブルに突っ伏していた。
 ……正直、今日の問題は難しかった。電子辞書と睨めっこしても相当な時間がかかったんだが……先生、私の出来の悪さをちゃんと考えて問題を作ってはくれないだろうか。今の私は気力を使い果たして半分死んでいる。
 先生は私を見て苦笑しながら、赤ペンを手に答え合わせをしている。しゅ、しゅ、と紙とペンが擦れる音。先生の真剣な瞳。
「(せんせー……きれい、だなぁ)」
 ぎんいろのかみが、おなじいろのまつげが、あかいひとみが、すきとおるほどしろいはだが。
 綺麗だ。とても、とても。
「(すきだなぁ)」
 こんなに真剣に恋をしたのは――初めてだ。それも先生と生徒なんて言う、ちょっぴり、いけない恋。
 私はその立場を思い知らされる度に胸が痛くなる。越えたらいけないラインなのかって。想っていてはいけないのかって。先生の事、トクベツって。口にしたら、いけないのかって……。
 私は先生を見詰めたままで、ねぇ、と声をかけた。
「んー?」
 答え合わせをしている先生は私を見てはくれない。
 私は先生のシャツをくい、と引っ張りながら、小さな声で呟いた。
「……せんせい、すき」
 ぴたりと、先生の動きが止まった。
「せんせいは、わたしのこと。すき?」
 ずるい訊き方をしてるって事は、知ってる。だって、先生の気持ちを、私は知っているから。
 お互いに、踏み出せないだけ。先生と生徒と言う、どうしようもない境界線に隔てられて。
 先生はちょっと困ったように眉を下げて、小さく溜息を吐いた。
「……何とも思っちゃいねぇよ」
「……じゃぁ、どうして名前で呼んでくれないの」