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PLAY MUST GO ON 中の人などむらこし!

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着ぐるみの不文律を知っているだろうか。
 そう、中の人などいない、だ。たとえその背にファスナーが存在しようとも、決して中に人など入っていないというやつだ。
 繰り返し言おう。中の人などいない。
 ならば。
 今ここにいる、俺は、誰だ。
 この緑色の河童の中に存在する俺は、一体誰なんだ。
(どうしてこうなった)
 眩暈がするーー


 それは東京ダービー翌日。週末に夏の蹴宴を控えた日のことだった。試合結果こそドローだが敗戦に等しい引き分けだった。俺は相当苛立っていた。腹の底が煮えていた。チームの不甲斐ない結果に。そして不甲斐ない己に。
 昨日はナイターだったこともあり、試合後のミーティングはなかった。だからこれは俺の一方的な見識である可能性も否めないが、ヴィクトリーを相手にしての引き分けを、よしとする空気が若干チーム内に流れていなかっただろうか。
 引き分けじゃ、駄目だろう。
 勝てる試合だった。勝たなければならない試合だった。いい加減、目標を一部残留でなく、優勝争いにしたい。達海さんへそう告げるべく俺はクラブハウスに向かった。
 
 守衛が帰る直前に建物内に入り、部屋のある二階へ上がる。だが達海さんの部屋の扉は硬く閉ざされ、電気も消えていた。
 もう寝ているのか、それともコンビニにでも行っているのか。
 俺はどうにも苛立ちが収まらず、踵を返して一階へと降りた。ふざけた野郎だ。そう毒づいた気もする。
 既に玄関は施錠され、防犯センサーが稼動していたから、仕方なくロッカールーム脇の、グラウンド側の出入り口へ向かう。非常灯が上部に掲示されたその出入り口は、中から開ける分には問題がなかった。
 照明の落ちた廊下を少し進んだところで、つきあたりの一室から光が漏れていることに気づいた。かつてサテライト選手用のロッカールームだったそこは、今はもう使われていない筈だ。
 誰か残っているのだろうか。不審者でなければいいが。俺はそう思いながら、旧ロッカールームの前に立った。室内からは何やら物音が聞こえる。耳をすますと、ボールをリフティングする音のように思えた。
 もしかすると達海さんだろうか。それとも。俺は意を決して、扉を開ける。すると、そこには。
 河童の生首が、あった。
 
 それは正確に言えば、ETUのマスコット・河童のパッカの頭部パーツだ。パッカは着ぐるみであって、実在する河童ではない。河童が実際する生物かどうかはさておき、生物ではないのだからそれは生首と呼ぶには不適切かもしれない。だが俺は確かにそれを生首だと感じたのだ。
「……!」
 俺は息と言葉を飲み込んで、室内を見渡した。十年前、俺が入団間もない頃に使っていたサテライトのロッカー室。現在のオープンタイプのそれとは異なり、いわゆる普通の、グレーのボックスが連なっている。打ちっぱなしのコンクリート床の上には青いプラスチック製のスノコがロッカーボックスに沿って並んでいた。スノコはところどころ朽ちて、壊れていた。
「誰かいるのか?」
 扉の縁に手をかけながら、室内へ向け俺は声を放った。その視界の端で、ボールが転がるのが見えた。
(……!)
 次の瞬間、俺は何者かに背中から突き飛ばされ、頭を強かに打ち、気を失った。
 そして目覚めた時には、河童の姿になっていた。
 
 頭部は外れず、背中のファスナーに、手は届かない。
(どうしてこうなった)
 この状況をいま一度整理してみようと思う。いや、整理しなければならないだろう。
 目の前に河童がいる。正確に言えば、目の前の鏡の中に、だ。
 頭のてっぺんに皿を乗せた、緑色の巨体。大きな黒い目に光はない。黄色いくちばしは常に薄く開かれており、ストローなどはくわえられるものの、入る固形物の形状には限りがあった。
 赤と黒のユニフォームをまとった胴体は、お世辞にもスタイルがよいとはいえない。だが豊かに膨らんだ腹は、この河童の数少ない愛嬌な一面と言えるだろう。
 俺は手のひらを眺めた。指と指の間に、水かきがついている。残念なことに、この水かきが使われることはこれまで無かった筈だ。そしてこれからもおそらくは無いだろう。こいつは河童だが水の中を泳がない。そしてまたこいつは、相撲をとることもない。川向かいが両国という環境下にも関わらず。
 
 河童としてのアイデンティティを半ば放棄する一方で、こいつはETUで長年の間スパイクを履いている。その理由は俺にはわからない。だが確実に言えることは、こいつのスパイクの裏は凶器だということだ。立派な足裏の雨天用スタッドは、相手を削りに行く際にはその威力を存分に発揮することだろう。
 
「あっ、パッカくんこんなところにいたの? 早く行かないと永田さんすっごい怒ってるよ!」

 ノックもなく突如開け放たれる扉。いつも頼りなさげな面持ちをした広報部の男がそこにいた。男は何の疑いもなく、俺をパッカと呼んだ。
 古ぼけた全身鏡に映ったこの身を、頭から爪先までくまなく確認したところで、単なる現実逃避に過ぎないと俺は自覚する。
「何か今日って、テレビ局のカメラも入るらしいよ。他に取材するニュースとかないのかな。日本って平和だよね」
 さあパッカくん、行こう! 男はドアノブをつかんで大きく扉を開き、急ぐよう促してくる。俺は室内を見渡す。錆や傷みの目立つ旧ロッカールーム。男と俺を除くと、今は誰もいない。

 俺はパッカではない。だが、ここにいるのは俺だけだ。
 下がらないファスナー。外れない頭部。こちらを急かす広報。
 ならば俺が、パッカになるしかない。
 そして俺は覚悟を決めた。