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 かぶりもの越しの世界は、それでもやはり現実だった。
 俺はゆっくりと部屋を出て、周囲を確かめる。天井の高さは普段と同じ。玄関へと続くリノリウムの廊下は、心なしか狭く感じた。立ち話している者にぶつからぬよう細心の注意を払いながら歩く。足取りはそう悪くはない。これは結構動けるな。そう感じた自分が少し恐ろしかった。
 
 玄関を抜け駐車場へ向かう。妙齢の婦女子とは思えぬ憤怒の表情を浮かべた広報・永田有里から目をそらしながら、赤黒にペイントされたミニバンの後方座席へ乗り込んだ。
 永田有里とは、まだ彼女が幼いサポーターだった頃からの知り合いだが、今まであんな顔は見たことがなかった。彼女には集合時間に遅れた達海さんを一撃でぶっ倒し、チームバスへ引きずっていったという噂があったが、あながち嘘ではないかもしれない。俺は初めて、女はこわいと思った。
 それにしても随分と蒸し暑い。車内のクーラーは全開にされていたものの、この身にこの酷暑は辛かった。俺はシートの傍らに給水ボトルを見つけ、手を伸ばした。
 
『これは飲んでいいものなのか?』
(……しまった!)

 思わず声が出てしまった。だが運転席と助手席に座る二人の広報が振り返ることはなかった。聞こえなかったのだろうか。
いや待て、なぜ俺は今まで声を出すことを失念していたのか。俺は意を決し、もう一度、広報たちに声を掛けた。
『今からどこへ向かうつもりなんだ?』
 俺は十時からリカバリーに参加しなければならないのだが。
そう大声で言い放ったつもりだった。しかし、俺の声に二人が気づくことはなかった。

 時計の針は九時を少し回っていた。リカバリーの集合時刻まで一時間を切っている。この茶番を続けるのにも限度があった。
 そんな俺の焦りをよそに、車は区役所へと到着する。後部のドアが開くなり、そこには永田有里が仁王立ちしていた。よく聞いてくださいね。永田有里はゆっくりと、低い声で言った。
 
「パッカくん、これから大事なお仕事です。いつもの調子で、逃げたり暴れたりしたら……わかってるよね?」

 永田有里はそう語るなり俺の腕を掴んだ。想像していたよりもずっと強い力だった。運転席を降りた広報の男が、青ざめた顔でそっとつぶやいた。
 
「……それじゃ区長室へ急ごう、パッカくん」

 扉を開けると、そこは魑魅魍魎があふれていた。毛足の長い絨毯の上を何体もの着ぐるみがうごめいている。クラブハウス近くの遊園地やショッピングモールのマスコット、果ては土産もののイメージキャラクターらしきものまで、区内のあらゆる着ぐるみがそこに集結していた。台東区特別住民票交付式典。みやげ菓子を携えたカミナリ様の頭越しにそんな看板が見えた。そして窓側にはテレビカメラをはじめとする取材陣。予想よりずっと時間が掛かるかもしれない。そんな俺の不安は的中した。

 永田有里の厳重な監視はもとより衆目の前から逃げ出すわけにもいかず、俺が区長から特別住民票を受け取ったのは、十時を過ぎてからだった。たとえ試合翌日のリカバリーといえども、練習を無断で休むなどありえないことだ。蒸し暑い着ぐるみの中、しこたま汗をかいているにも関わらず、いや、汗をかいているからこそなのか、背筋がとてつもなく寒かった。再び車の後部座席に乗り込んだ俺は、シートにぐったりと横たわった。なんだか全身が寒い。頭が働かない。これはまずい。手を伸ばして助手席の永田有里へ頭部を外してくれるよう助けを求めた。 だが俺の声はまたもや届かず、今日は暑いから沢山お水を飲んでね、の一言で済まされてしまった。俺は薄れる意識の中、給水ボトルの水を懸命に飲んだ。


「やだよー有里。なんで俺が手伝わなきゃならねえのー」

 達海さんの声がする。暑い。頭が痛い。

「おっ、村越ちょうどいいところに来た。お前も手伝え」

 村越……? どういうことだ達海さん。
 村越は、俺だ。
 俺が村越であるはずだ。

「そんじゃいくぞ。せーのっ」

 腹部にかかる圧迫感。身体が宙に浮く感覚。俺は誰かに担ぎ上げられていた。
「おいおい村越お前ひとりで大丈夫かよ、すげー力だな」
(だからその村越って誰なんだ、達海さん)
 俺は担がれたままクラブハウスの廊下を進んだ。天地が逆転した風景。俺を担ぎ上げた男の足元だけが見える。ランバードエンブレムの室内シューズ。紐の結び方に見覚えがあった。
(まさか……嘘だろ……)
 俺は廊下のつきあたり、旧ロッカールームに運び込まれる。俺がここで河童の生首を見たのは、半日前のことだ。
「村越さんありがとうございました。助かりました!」
 達海さん、ほんと役に立たなくて。永田有里が、俺を運んだ誰かに頭を下げている。
 
『いや、気にしないでくれ』

(……!)
 俺は思わず息を飲んだ。俺の姿、俺の声をした誰かが、永田有里の肩を軽くたたき、うっすらと微笑んでいた。
(俺は……あんな風に笑うことが、できるのか)
 あれは誰だ。あれは、村越茂幸なのか?
 ならば。
 今ここにいる、俺は、誰だ。
 この緑色の河童の中に存在する俺は、一体誰なんだ。
 眩暈がするーー