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ある日の話

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酷く喉が渇くことがあった。
それは目覚めた朝であったり、寒い冬の帰りであったり、今みたいに暑苦しい熱帯夜だったりする。とにかく突拍子もなく起こるのだ。
跳ね除けられた布団を横目にむくりと起き上がる。薄暗い部屋の中を見渡して、どうしようもなく喉の渇きを覚えた。
膝に手をあて重い腰を上げると、誘われるように蛇口へと足が進む。コップを取り出すのが面倒でそのままコックを捻った。
流れる水の奔流は真っ黒で、しばらくそれを見つめたあと思い出したように口をつける。
襟元が濡れるのも構わずに何度か嚥下し、滴る雫を拭い去る。十分に飲んだはずなのに、喉は依然渇いたままだった。
こんなことが、たまにある。
飲んでも飲んでも喉が渇く。胃のなかに水はちゃんと入っているのに、それでも足りないと喉が訴えてくる。
とりわけ乾燥しているわけでもなし、原因はさっぱりわからない。
溜息のような息をついて、蛇口を捻った。きゅ、と悲鳴のような音を立ててぽたぽたと滴り、やがて完全に止まってしまった。
この渇きは時間が経てばいつの間にか治まっている。ほんの少し我慢すればいいだけの話だ。
いつものことだと、頭の隅でぼんやり思った。






ところが今回はどうも様子がおかしかった。
朝になれど昼になれどその渇きは癒えず、とうとう部活時間まで続いてしまった。
常ならばある一定の間隔を空けてそれは治まるはずなのに、今回はあまりにも長すぎる。
炎天下のもとでテニスをしているからかそれは益々酷くなっていた。今までこんなことはなかったのだが、自分でも知らないうちに汗でもかいているのだろうか。
打ち返されるボールの行方を目で追っていたはずが、気が付けば何も見ていなかった。ぼうっとしているというのが妥当な状態で、不意にかけられた声に反応するのが少し遅れた。
名前を呼ばれた気がして振り返る。斜め後ろに、白石が怪訝そうな顔で見上げてきていた。

「なんやしんどそうやな。大丈夫か?」

言われた言葉がそのまま脳に響いていく。あぁ、しんどいのか。俺は今、しんどいのか。
そう認識すると、更に喉が渇きだした。口の中は湿っているのに、唾もちゃんと出るのに、何をしても治らない。

「喉、乾いた」

誰に言うでもなくぽつりと言葉が飛び出した。聞き届けたらしい白石は、運動中のスイブンホキュウの大切さについて少しうんちくを混ぜながら小言を言うと、さっさとベンチへ向かってしまった。
ぼんやりと遠ざかる四天宝寺の文字を眺めていると、振り返って彼は直ぐに戻ってきた。
手には、ペットボトルのスポーツドリンクがひとつ。

「飲み差しやけど」

と差し出され、受け取ったそれは冷たく、周りにいくつもの水滴を滴らせていた。
俺はそのまま一口含んだ。市販のそれよりほんの少し甘さが薄いそれは、もしかしたら彼が自分で調節したのだろうか。とにもかくにも、口の中に残る妙な甘ったるさが逆に乾きを冗長させた。
無言のまま突っ返すと、彼は瞠目して、もうええの?と訊いてきた。俺はうんと首を縦に振ったが、白石は自分ほんまに大丈夫かとペットボトルを脇に挟んで俺の左手を取った。
リストバンドを上にあげ、ひたりと指を当ててくる。そのままで固まるから、何がしたいのかわからなかった。
腕を掴まれていた時間は、ともすれば長く思えた。遠ざかっていたチームメイトの掛け声が聞こえてくるほど。

「ちょお、早いかな」

彼の指が離れて、そこでようやく脈を計っていたのだと知る。ペタペタと腕やらを触られ、体温も低いなぁと独り言のように呟かれた。

「日陰で休むか?キツイんやったら帰ってもええけど」

心配そうに覗き込んでくる白石を眺めて、ただ喉が乾いただけなのだとは言えなかった。
彼が休めというのなら、休んだ方がいいのだろう。漠然とそう理解して、帰ると一言呟いた。
家まで送ろうかと気遣われたが、大丈夫だと返しておいた。帰ったらこことここを冷やして、砂糖と塩を溶かした水をちょっとずつ飲むんやでといちいち細かく指導されたがいまいち覚えられなかった。
心配性の部長さんに見送られてテニスコートを後にすると、部室にも寄らずにそのまま学外へ出た。
喉は、カラカラに渇いていた。






着いてからテニスウェアのまま帰宅してしまったことに気付いたが、どうでもよかった。部屋へと入ると、締め切った室内は暖房でも入れたかのように空気が篭っていた。
とりあえず窓を開け、コップを取り出し水を入れた。砂糖と塩と言ってたが、砂糖が見当たらなかったので適当に塩を入れて飲んだ。溶け切れなかったそれがざらりと舌の上を滑り、そのしょっぱさに顔を顰める。
ほんの少しだが乾きが治まった気がして、白い結晶が残るコップをシンクに置くと、着替えるのも面倒でそのまま布団の上に倒れこんだ。
寝てしまおう。そうすれば何も考えずに済む。
今年の夏は夕暮れでも暑苦しい。部活の後で汗もべとべとだし、決して寝心地のいいものではなかったのだが、瞼を下ろせば直ぐに意識は薄れていった。





目覚めてみると、喉の渇きはなくなっていた。
そのことにちょっと安堵し、とりあえず風呂に入った。外は十分に明るく、とうに1日は始まっていたらしい。
学校へ行く途中で朝飯を調達するかと玄関に立ったところで、はたりと気付いた。昨日そのまま帰ってきたせいで、いつもそこにあるはずの下駄がなく、テニスシューズが投げ出されたままになっていた。
仕方無しにそれに足を入れると、そのまま取っ手を回す。だがドアの向こうで何かぶつかる音がした。
不思議に思い覗いてみると、取っ手に紙袋が提げられていた。その下には、俺が開いたせいでドアに押し出された不揃いな下駄がふたつ。
それは紛れもなく俺のだが、一体誰がと紙袋を手に取ってみた。中身を確認すると、ノートの切れ端が目に付いた。
取り出せば、整ってはいるものの走書きのような字で“忘れ物やで”と一言。筆跡に身に覚えはないが、きちんと折りたたまれて入れられた俺の制服の様子から何となく犯人が想像つく。
お節介な人だと、人知れず笑みが漏れた。






学校に着いたときは軽く正午を過ぎていた。辿りつくなり自分の教室にも向かわず、真っ先に隣のクラスへと顔を出す。
白石はもう食べ終わった後なのか、ひとり机の上で何事か書き綴っていた。いつも一緒の謙也の姿が見えないが、それは今校内中で響いている声を聞けば自ずと答えが知れる。
ドアの梁に頭をぶつけないよう身を屈めながら入り、声をかける。気付いたらしい彼がふと顔をあげ、ほんのちょっと驚いたように瞬きをした。

「大丈夫なん?」
「うん。白石のおかげつたい」

短い言葉を交わしたあと、これ、と制服の裾を引っ張った。

「届けてくれたとは、白石やっちゃろ?」

言えば、彼は観念したように気の抜けた笑みを作り、せやでと答えた。

「下駄めっちゃ重かったわ。なんやあれ、何仕込んどるん?」
「何も仕込んどらんとよ。ただの鉄ったい」

どうやら自転車に乗せて運ぶのは骨が折れたらしい。下駄だけで12キロもあるのだがら仕方がないのだが。

「もう運びたないわ。体調悪いんやったら無理せんと、今度からちゃんと言えや?」
作品名:ある日の話 作家名:ハゼロ