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ちょこ冷凍
ちょこ冷凍
novelistID. 18716
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PH

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 今の流れで予想は簡単についていたがここは本人の口からきちんと言ってもらうのが筋だろうと素知らぬ振りで促すと、さすが二十年近く弟をやってきただけあってオレの性格なんか承知の上らしく、わかってるくせに、と不貞腐れた顔でオレの方へと向き直る。それでも弟は、意を決したように隣の女の子に一瞬視線をやってから、彼女、と短すぎる紹介をしてくれた。
「はっはじめまして! あの、さっきもお会いしているので変な感じですが……」
「はじめましてー。……そうだね、何て言うか困っちゃうよね。んーとじゃあ、これから弟共々よろしく、って事で。今度家にも遊びにおいでよ。きっと親父も姉貴も喜ぶから」
 緊張しきっている弟の彼女に出来る限りの歓迎の意を告げると、はい! と店中に響き渡りそうなぐらい大きな声で返事をしてくれた。仲良く顔を真っ赤にしている二人にまた来るな、と別れを告げて店を後にする。
 成長して大分可愛げは無くなってしまったが、それでも弟に性格の良さそうな彼女が出来た事、こうして自分に引き合わせてくれた事が嬉しかった。それは本当だ。
 だけど別の部分では女の子を選んでくれて良かったとほっとしている自分がいるのもまた確かで、それは果たして純粋に祝福していると言えるのだろうかと考えると、複雑な気分にさせられた。

「お待たせ」
 少し離れた所で携帯電話を弄っていた花井に近寄ると、残念だったな、と顔を上げ様心にも思っていないであろう慰めの言葉を掛けられる。
「義理の妹になるかもしれないだろ?」
「お前、本当に女好きだよなー。それなのに何で……」
 そこまで言いかけてから頬を引き攣らせた花井が、わりー、と項垂れる。太い首筋に流れた汗は、暑さの所為だけでは無いのだろう。
「いいって。オレも自分でそう思うし」
 努めて明るく振る舞うのは苦手じゃないはずなのに、今日は殊更空しく感じる。
 阿部と会えないでいる日々は、自分で思っているよりかなり応えていたようだ。
 花井もオレも、しばらく押し黙っていた。並んで壁に背を預け、流れてくる生ぬるいビル風に当たって酔いを醒ましながら遙か遠い北の地にいる人物に想いを馳せる。
 阿部が転勤してからもう一年。その間、会えたのはトータルで一週間にも満たない。正月ぶりに帰ってくるのを楽しみにしていた夏休みも、製品の出荷直前に大きなバグが見つかったとかで延期になったと数日前に連絡があった。それならオレが会いに行くと言ったのに、ゴールデンウィークに来たばかりだし、相手してやれるかもわかんねーから、ときっぱり断られてしまった。それなりに落ち込んでいたタイミングで花井が飲みに誘ってくれたのがありがたくて、実際多少なりとも憂さ晴らしにはなったはずなのに、どうしてこうもセンチメンタルになるのか。
 阿部と付き合い出してから、オレは随分と女々しくなってしまった気がする。
「……なあ。八月の終わりに五日間、休み取れねーか?」
「えっ? まあ取れない事も無いけど……。何? 急に……」
 沈黙を破った花井の声は、同時にオレの脳内から眉間に皺を寄せたいつもの阿部の顔までどこかに吹き飛ばしてしまった。背筋を伸ばしてオレの顔を伺う花井の突飛な質問をいぶかしみつつ同じように向き直ると、身長差をまざまざと見せつけられているようで非常に面白くない。
「夏の遠征合宿に帯同するはずだったんだけど、オレ仕事休めなくなりそうなんだよな……」
「まさかオレにコーチ代行やれって!?」
「やっぱダメか?」
「いや、ダメとかそういう問題じゃなくて、そもそもオレには務まらないだろー。花井の頼みなら出来るだけ聞きたいけど、もう野球やめて随分経つからなあ……」
「あー大丈夫。ノック打てて声が出れば問題無い」
「自信無いなー」
「そう言うなって。ついでにあいつらにバントのコツを伝授やってくれよ。オレじゃ上手く教えられねーんだよなあ……」
 七年前のあの頃を懐かしんでいる内にだんだんその気になってきたオレは、昔から煽てられるのに弱い。とても弱い。阿部から何度指摘を受け、注意をされても直らないんだから、これはもうしょうがない。オレはこういう性格なんだ。
「真面目な話、引き受けてもらえねーか?」
 一頻り笑ってから、表情を引き締め話を元に戻した花井の目はあの頃と全く変わっていなくて、腕や足、肩に腰とまるで野球がやりたいと訴えかけてくるみたいに体全体が疼いてきた。もうアルコールはだいぶ抜けたはずなのに、気分が高揚してくる。
「……わかった。合宿までに鈍った体を鍛え直しておくよ」
「すげー助かる! 本当ありがとな。よろしく頼むよ」
「その代わり、モモカンに久しぶりなんで手加減してくださいってくれぐれもお願いしておいてくれよー」
「あーそりゃ無理だ、諦めろ」
 マジかー! と天を仰いだオレの肩を、花井が哀れむように叩く。
「その代わり朗報もあるぞ」
「どーせ飯が美味いとかだろ……」
「あーまあ、半分は当たってるな」
「ほらなー。モモカン、相変わらず怒ったらすっげ怖いんだろうなあ……」
 これから自分の身に起こる事を想像するだけで身の毛立ってきたと言うのに、花井はそんな事は意に介しないようで随分と暢気な受け答えをしてくれる。自分の心配事が無くなったからってさあ……と恨みがましい視線を向けると、一つ咳払いをしてから花井が口を開いた。
「今年の遠征先、北海道なんだよ。……阿部もその頃には普通に休み取れると思うって言ってたからさ」
 え、ともへ、とも言えない変な発音をしたまま口が動かなくなってしまったオレを見て、んな間抜けな顔してっとモモカンに握られるぞーとまるで他人事のように花井が笑う。
「いきなりっつーのも大変だろうから、時間があったら練習に顔出してくれよ。そんじゃ、明日の朝早いからオレ帰るな」
 遠征については副主将同士で連絡取ってくれ、と片手を挙げて去って行く広い背中を呆然と見送る。偶然なのか仕組まれたのか、全く真相が見えてこなくて狐につままれたような気分のまま、オレは携帯を取り出した。
作品名:PH 作家名:ちょこ冷凍