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【静帝/女体化】不思議色ハピネス【腐向】

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日本を代表する繁華街の一つ、池袋。
 人の喧騒が絶えることの無い華やかな街ではあるが、
 そんな街の中で忘れられたように薄い存在感を放つ小さな花屋があった。

 こじんまりとしているがセンスの良いアレンジメントギフトを売りとしており、存在感こそ無いが店の中はそれなりの活気がある。
 贈答用ではなく個人の生活を潤す為のテーブルフラワーも数多く存在し、
 現在も仕事帰りのOLが小さな花束を購入している。
 OLに向かい礼儀良く頭を下げ艶めいた漆黒の長い髪をさらりと揺らし、
純情可憐な輝かしい笑顔を向ける店員の少女は、この店の看板だった。

「ありがとうございましたー」
 
 学校を終えた帝人は、週三回この花屋でアルバイトをしている。
 都会に憧れて上京し住む街と同じ池袋の高校に通うも、平凡な自分を変える事なんて出来なかった。
 クラスの女子達から誘われる合コンに参加しても垢抜けないし、当然彼氏の一人だって出来ない。

 でもこの花屋でアルバイトをしてから少し明るくなれたような気がする。
 田舎に住んでいた時から花の世話をしていて、花に囲まれているのが大好きだった。だからここを職場に選んだのだが、花を買い求めに来るお客さんたちとの触れ合いが好きだった。

 どんな理由があるにしろ、お客さんたちは皆帝人が選んだ花々を嬉しそうに受け取る。花の持つ美しさに心を癒され、「ありがとう」と言って貰える事が何より嬉しくて。気が付けば此処のバイトが楽しくて、すっかりハマっていたのだった。

 池袋と言う街の特性上、客層は幅広くバラエティに富んでいる。
 一般人は勿論芸能人や財界人に、羽振りの良さそうなスーツや衣服に身を包み外車を横につける所謂セレブ層まで。
 また、カラーギャングや風俗関係の派手な人間に、暴力団関係者と一目で判る強面のお兄さんたちなど。
 色々な人種を相手にニコニコと笑顔の花を咲かせ接客をしていた帝人だったが、その中でもあの人は特別だった。

(また…来てる)

 花屋がある路地の角から、じっと此方に視線を注ぐ青年もまた、池袋を代表する有名人だった。
 平和島静雄。サングラスにバーテン服というトレードマークを持つ彼の通称は自動喧嘩人形。噂に聞いただけだが、彼は一度キレると破壊と暴力の限りを尽くし、怒りが収まるまで止まれない危険な存在らしい。
 しかしすらりとした長身痩躯を持ちスタイルが良く、サングラスを外した素顔はたいそうな美形なのだとか。

***

 静雄と面識を持ったのは、一ヶ月程前の事だった。
 気まずそうに店先をうろつく静雄に『何かお探しですか?』と声をかけてみれば、彼は顔を真っ赤にしてボソボソと語りだした。
 自分の弟がある大仕事を成し遂げたから、そのお祝いがしたいと思い何をあげて良いか判らず宛も無く歩き、気付けばこの店にやって来たのだそうで。

 帝人は静雄の弟が好みそうな色味を聞きだし、誕生日から誕生花を調べアレンジメントし手ごろな花束を作ってやった。
 静雄は涼しげな口角をふわりと持ち上げ『すげえな、あんたすげえ…!』と感動しきりだった。その嬉しそうな姿に、帝人の胸が暖められ此方も嬉しくなった。

『弟さん、喜んでくれると良いですね』と花も綻ぶような笑顔を浮かべ彼を見上げた瞬間。

 静雄は熱が引いていた顔をまた派手に赤くして、料金以上の一万円札を突き出し一目散に駆け出していったのだ。
 そして帝人の周りで恐怖に脅えていた客や店長から彼の素性を知らされて、ビックリした。優しそうな人なのに、池袋を恐怖に陥れる自動喧嘩人形と呼ばれているなんて。全く想像が出来ないと。

***

 それ以来静雄はふらりと店を通り過ぎて、こうして遠くから店の様子を窺っている。
 念を送るような重い視線に気付いた帝人が声をかけようと近づいていけば、又直ぐに逃げて行ってしまう。自分が何かして、彼が怒っているんじゃないだろうかと思ったが、傍目には違うそうで。

 静雄は帝人を気に入り、アプローチをしようと機会を窺っているんじゃないかと言うのだ。
 自分みたいに地味で目立たないガリガリの女の子なんて、構う訳が無いと思い店長に反論したが、
 『デコちゃん(おでこを剥き出しにした前髪から、おでこが広い印象が強いらしく、そう呼ばれている)は自分がどれだけ可愛いのか、全っ然判ってないわよね~』と盛大な溜め息を吐かれた。

「すいませーん」
「あっ、いらっしゃいませ!」

 チラチラと此方を物陰から窺う彼に気を取られていたら、店内に客が入っていたことに気付けなかった。
 振り返れば見た目から柄の悪そうなチーマーの少年が三人、帝人を取り囲んで居る。
 
「何かお探しですか?」

 彼らは花に視線を向ける事無く、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらじっと帝人を見下ろしていた。

「うわ、マジだ。すげー可愛い」
「だろ~?あのぉ、俺らお姉さんを探してたっす!」
「来良学園の、竜ヶ峰帝人ちゃんでしょ?」

 唾を飛ばしそうな勢いで身を乗り出す大柄の男に、帝人は萎縮していた。

「そうですけど…僕に、何の用が?」
「今日配ってたぁ、池袋ウォーカー載ってたっしょ?」
「え…あ、確かに、そうですけど…」

 思い出せばつい先週。池袋の街頭やテナントで配られているフリーペーパーに、取材を受けた。
 今週の一押し看板娘とかいう企画だったのだが、頁の一面を大きく飾った恥ずかしいもので。朝も学校でその話題が出たばかりだった。

「可愛くてさ~俺らファンになっちゃって!」
「だから、仲良くしてほしいなーって!」
「ど、どうも…でも、今は仕事中なので…」

 まさかこんな風に反響があるなんて思って居なくて、帝人は怖くなり身を竦ませ脅えた目を向けた。

「じゃあさ、メアド教えてよ~」
「そ、そーゆーのはちょっと、仲が良い人しか…ごめんなさい」
「なら、遊びに行こう?ね?!」
「…っ!」

 チーマーの一人が帝人の華奢な手首を強引に引き寄せ、店外に連れ出そうとしてきた。
 無理やりに乱暴に引っ張られて、帝人は苦痛に眉を顰める。
 何時もなら客に絡まれても気風の良い女店長が助けてくれるが、運悪く彼女は配達に出かけている為、帝人は一人で店番をしていた。
 店に居た客たちもそそくさと店を出て行ってしまい、店内には帝人一人が取り残されていた。助けてくれる人間なんて誰も居ない。

「止めて下さい、離して…!」

 訳が判らないまま外に連れ出されて恐怖で一杯になり、帝人は叫んだ。すると男達が声を荒げる。

「なんだよ、てめえ!」

 帝人の腕を引っ張っていた男の腕が離れたかと思えば、バーテン姿の青年――静雄がその男の腕を、へし折っていた。

「う、うわああああああ!」
「ここから消えろ。この女に手、出すな…!」
 
 野獣の唸り声にも似た低い声音で吐き出し凄まじい殺気を放つ静雄に、チーマーたちも彼の正体を充分に把握したようで。

「うわ…平和島、静雄だあああ!!」
「逃げろ!!!」

 チーマーが去ったと同時に店の周辺は、しんと静まり返った。

「大丈夫か?」
「あ、有難う、御座います…」

 無意識のうちに静雄を怖がっているのか、声も足も震えてしまう。