君が好きだよ。
待ち合わせに遅れた臨也さんは、隣にとても綺麗な女性を連れて現れた。
その瞬間、周囲のざわめきが聞こえなくなって僕は無音に包まれる。
心の中にあった小さな自信はパリンと砕け散り、心のどっかで『やっぱりそういうことか。』と諦めたように納得した。
愛されてると思うほど、自惚れちゃいない。
だけど臨也さんは僕に優しい。
よく遊びに誘ってくれて、微笑んでくれて、おふざけで愛を囁いてくれて、僕がそんな臨也さんに惚れるのは仕方ないことだったと思う。
男同士だとか、歳の差だとか、それよりも大きな問題を抱えていてもなお、
まるで冬の次に春が来ることのように僕は臨也さんに自然に恋をした。
とはいえ、今の季節は冬だ。暖かいはずのユニクロのジャンパーが急に冷たくなった気がする。
そんな僕とは対照的に白いふんわりとしたロングコートに身を包んだ女性は臨也さんよりも先に僕を見て微笑んで「こんにちは。」と、言ってくれた。
綺麗なお姉さんが好きかと聞かれれば、まぁ好きなので自然と頬は赤くなり、僕もしどろもどろと「こ、んにちは。」ちぎこちなく返す。
「遅くなってごめんね。」
臨也さんはいつもと変わらないにんまりとした笑みで僕に言う。
「いえ、」
そう言って視線で女性のことを問うと、「ああ。ちょっとね。」と曖昧に誤魔化される。
そういうの、はっきり言われるよりも辛い。
「じゃ、私帰るから。」
「うん、じゃ。」
てっきり今日は3人で出かけることになるのかと思っていた僕は二人のそのやり取りを見て、違うことに安心した。
状況は何も良くないのだけど。
優雅に去っていく女性の後ろ姿をぼんやりと見送っていると、臨也さんから声をかけられた。
「行こうよ、帝人くん。」
『見たい映画があるんだけど。』最初にそう誘ってくれたのは臨也さんのほうだ。
ここしばらく忙しかったのか、もしくは避けられてたのか、連絡の無かった臨也さんから突然そんな電話が来て、僕は泣きそうになった。
すぐに、行きたい、と、答えると、臨也さんは電話の向こうで意味ありげに笑っていた。
その理由は今日になってわかった。
臨也さんと並んで歩く。
足のコンパスが違うので僕は速足になる。
臨也さんは此方を見ることも無く、無言で歩いていた。
臨也さんが不機嫌な時はたいていわかりやすく顔を歪めているけど、今日はそうじゃない。
だけど微妙な不機嫌オーラを感じて、少し憂鬱になる。
あの女性と映画に行きたかったのなら、はっきりとそう言ってくれて良かったのに。
臨也さんは意外と義理がたいから先に約束した僕の方を優先してくれたんだろう、だけどその優しさは残酷だ。
「…臨也さんの彼女さん、初めて見ました。」
沈黙に耐えられなくて、呟くようにそう言うと思ったよりも臨也さんは食い付いた。
足を止めて、僕の方を見る。
人通りの多いこの場所で止まることは他人の邪魔になるだろうと思ったけれど、僕も立ち止まった。
「・・・それで?」
真剣な顔でそう言われた。
…『それで?』と言われても…。
「すごく綺麗な人ですね。」
「・・・それだけ?」
臨也さんが不機嫌を隠さずに顔を歪める。
もっと褒めろってことかな?
意外と恋人馬鹿なのか、この人。
「スタイルも良いですし、優しそうだったし…。」
「…もういいよ。」
ハァッと大きなため息をついて、臨也さんはまたスタスタと歩きだした。
さっきよりも早いペースが、さっきよりも不機嫌になっていることを顕著に表している。
人ごみで逸れない様に僕は必死に臨也さんについていった。
スルリッと人の間を抜けてった臨也さんにとうとう追いつけなくなりそうで、思わず手を伸ばした。
「いざ、や、さっ。」
声を出して、掴む気は無かったけれど偶然にもしっかりと臨也さんの服の裾を掴んでしまう。
掴んでしまってから『しまった。』と思った。
くいっと引っ張られて臨也さんは止まって振り返る。
見降ろされてるのがわかる。
僕はそ、っと服の裾から手を離して「すいません。」と謝った。
こんなの、彼氏彼女なら許されても、男同士でやったら気持ち悪すぎる。
「帝人くん・・・手、繋ごうか。」
思わず顔を上げると予想外に優しく微笑む臨也さんが居て、驚いた。
さっ、と手を差し出される。
頷こうとして、止めた。
「大丈夫、です。」
頭の中にさっきの綺麗な女性がちらつく。
きっとあの人からすれば、僕みたいなチンチクリンが臨也さんと手を繋いだところでこれっぽっちも気にしないだろう。
だけど、僕が嫌だった。
臨也さんは僕の答えにまた不機嫌そうに顔を歪めて、口を開けた。
けど、すぐに閉じた。
何か言いたかったのを止めたみたいだ。
「…早く行こう。」
臨也さんはそれだけ言うと、また歩き出す。
最初は並んで歩いていたのに、僕は肩を落としたまま臨也さんの後ろを歩くことしか出来なかった。
映画は、とても良かった。
内容は臨也さんらしくないチョイスのファンタジーで、でも、僕が見たかった奴だ。
冴えない煙突掃除屋が、良家のお嬢さんと出会う。
すぐに二人は仲良くなって、恋に落ちそうになる。
もちろん身分違いに阻まれる、けれどそれだけじゃない。
そのお嬢さんを狙って悪魔が登場してくる。
悪魔はお嬢さんの周りに不幸を落とし、自分の言うことを聞かないともっと酷い目にあわすと脅す。
お嬢さんは気丈に振る舞う。
煙突掃除屋はすぐに気が付いた、悪魔もお嬢さんに恋をしているのだと。
煙突掃除屋にそう指摘された悪魔は自分の中のその感情に葛藤しながら、最後には素直に認める。
お嬢さんもまた、悪魔に心魅かれる。
そして、その頃にはすでに煙突掃除屋は姿を消していた。
何も言わず黙って姿を消す煙突掃除屋が妙に切なかった。
お嬢さんを守る様に悪魔の前に立ちはだかり、最後まで悪魔を悪い奴にしておけば、きっとお嬢さんとうまくいっただろうに。
隣に座る臨也さんに涙目になっていることがばれたくなくて、僕はこっそりと鼻をすすった。
「馬鹿だね。」
臨也さんは映画を観た感想の開口一番にそう言い放った。
「愚か過ぎるよ、あの煙突掃除屋。」
感動場面をそう切り捨てられ、僕は苦笑するしかなかった。
自分で見たいと言ったくせに、とは言えない。たぶん、僕のために選んでくれたんだから。
「俺ならあんなことはしないよ。敵に塩を送るような馬鹿な真似。」
その後もつらつらと並べられる言葉に、僕はあいまいに笑った。
「ところでさ、帝人くん。」
急に声のトーンが変わった。
臨也さんは真面目な顔をして、僕を見る。
「何か、俺に言いたいこと、ない?」
僕はヒュッと息を飲んだ。
その瞬間、周囲のざわめきが聞こえなくなって僕は無音に包まれる。
心の中にあった小さな自信はパリンと砕け散り、心のどっかで『やっぱりそういうことか。』と諦めたように納得した。
愛されてると思うほど、自惚れちゃいない。
だけど臨也さんは僕に優しい。
よく遊びに誘ってくれて、微笑んでくれて、おふざけで愛を囁いてくれて、僕がそんな臨也さんに惚れるのは仕方ないことだったと思う。
男同士だとか、歳の差だとか、それよりも大きな問題を抱えていてもなお、
まるで冬の次に春が来ることのように僕は臨也さんに自然に恋をした。
とはいえ、今の季節は冬だ。暖かいはずのユニクロのジャンパーが急に冷たくなった気がする。
そんな僕とは対照的に白いふんわりとしたロングコートに身を包んだ女性は臨也さんよりも先に僕を見て微笑んで「こんにちは。」と、言ってくれた。
綺麗なお姉さんが好きかと聞かれれば、まぁ好きなので自然と頬は赤くなり、僕もしどろもどろと「こ、んにちは。」ちぎこちなく返す。
「遅くなってごめんね。」
臨也さんはいつもと変わらないにんまりとした笑みで僕に言う。
「いえ、」
そう言って視線で女性のことを問うと、「ああ。ちょっとね。」と曖昧に誤魔化される。
そういうの、はっきり言われるよりも辛い。
「じゃ、私帰るから。」
「うん、じゃ。」
てっきり今日は3人で出かけることになるのかと思っていた僕は二人のそのやり取りを見て、違うことに安心した。
状況は何も良くないのだけど。
優雅に去っていく女性の後ろ姿をぼんやりと見送っていると、臨也さんから声をかけられた。
「行こうよ、帝人くん。」
『見たい映画があるんだけど。』最初にそう誘ってくれたのは臨也さんのほうだ。
ここしばらく忙しかったのか、もしくは避けられてたのか、連絡の無かった臨也さんから突然そんな電話が来て、僕は泣きそうになった。
すぐに、行きたい、と、答えると、臨也さんは電話の向こうで意味ありげに笑っていた。
その理由は今日になってわかった。
臨也さんと並んで歩く。
足のコンパスが違うので僕は速足になる。
臨也さんは此方を見ることも無く、無言で歩いていた。
臨也さんが不機嫌な時はたいていわかりやすく顔を歪めているけど、今日はそうじゃない。
だけど微妙な不機嫌オーラを感じて、少し憂鬱になる。
あの女性と映画に行きたかったのなら、はっきりとそう言ってくれて良かったのに。
臨也さんは意外と義理がたいから先に約束した僕の方を優先してくれたんだろう、だけどその優しさは残酷だ。
「…臨也さんの彼女さん、初めて見ました。」
沈黙に耐えられなくて、呟くようにそう言うと思ったよりも臨也さんは食い付いた。
足を止めて、僕の方を見る。
人通りの多いこの場所で止まることは他人の邪魔になるだろうと思ったけれど、僕も立ち止まった。
「・・・それで?」
真剣な顔でそう言われた。
…『それで?』と言われても…。
「すごく綺麗な人ですね。」
「・・・それだけ?」
臨也さんが不機嫌を隠さずに顔を歪める。
もっと褒めろってことかな?
意外と恋人馬鹿なのか、この人。
「スタイルも良いですし、優しそうだったし…。」
「…もういいよ。」
ハァッと大きなため息をついて、臨也さんはまたスタスタと歩きだした。
さっきよりも早いペースが、さっきよりも不機嫌になっていることを顕著に表している。
人ごみで逸れない様に僕は必死に臨也さんについていった。
スルリッと人の間を抜けてった臨也さんにとうとう追いつけなくなりそうで、思わず手を伸ばした。
「いざ、や、さっ。」
声を出して、掴む気は無かったけれど偶然にもしっかりと臨也さんの服の裾を掴んでしまう。
掴んでしまってから『しまった。』と思った。
くいっと引っ張られて臨也さんは止まって振り返る。
見降ろされてるのがわかる。
僕はそ、っと服の裾から手を離して「すいません。」と謝った。
こんなの、彼氏彼女なら許されても、男同士でやったら気持ち悪すぎる。
「帝人くん・・・手、繋ごうか。」
思わず顔を上げると予想外に優しく微笑む臨也さんが居て、驚いた。
さっ、と手を差し出される。
頷こうとして、止めた。
「大丈夫、です。」
頭の中にさっきの綺麗な女性がちらつく。
きっとあの人からすれば、僕みたいなチンチクリンが臨也さんと手を繋いだところでこれっぽっちも気にしないだろう。
だけど、僕が嫌だった。
臨也さんは僕の答えにまた不機嫌そうに顔を歪めて、口を開けた。
けど、すぐに閉じた。
何か言いたかったのを止めたみたいだ。
「…早く行こう。」
臨也さんはそれだけ言うと、また歩き出す。
最初は並んで歩いていたのに、僕は肩を落としたまま臨也さんの後ろを歩くことしか出来なかった。
映画は、とても良かった。
内容は臨也さんらしくないチョイスのファンタジーで、でも、僕が見たかった奴だ。
冴えない煙突掃除屋が、良家のお嬢さんと出会う。
すぐに二人は仲良くなって、恋に落ちそうになる。
もちろん身分違いに阻まれる、けれどそれだけじゃない。
そのお嬢さんを狙って悪魔が登場してくる。
悪魔はお嬢さんの周りに不幸を落とし、自分の言うことを聞かないともっと酷い目にあわすと脅す。
お嬢さんは気丈に振る舞う。
煙突掃除屋はすぐに気が付いた、悪魔もお嬢さんに恋をしているのだと。
煙突掃除屋にそう指摘された悪魔は自分の中のその感情に葛藤しながら、最後には素直に認める。
お嬢さんもまた、悪魔に心魅かれる。
そして、その頃にはすでに煙突掃除屋は姿を消していた。
何も言わず黙って姿を消す煙突掃除屋が妙に切なかった。
お嬢さんを守る様に悪魔の前に立ちはだかり、最後まで悪魔を悪い奴にしておけば、きっとお嬢さんとうまくいっただろうに。
隣に座る臨也さんに涙目になっていることがばれたくなくて、僕はこっそりと鼻をすすった。
「馬鹿だね。」
臨也さんは映画を観た感想の開口一番にそう言い放った。
「愚か過ぎるよ、あの煙突掃除屋。」
感動場面をそう切り捨てられ、僕は苦笑するしかなかった。
自分で見たいと言ったくせに、とは言えない。たぶん、僕のために選んでくれたんだから。
「俺ならあんなことはしないよ。敵に塩を送るような馬鹿な真似。」
その後もつらつらと並べられる言葉に、僕はあいまいに笑った。
「ところでさ、帝人くん。」
急に声のトーンが変わった。
臨也さんは真面目な顔をして、僕を見る。
「何か、俺に言いたいこと、ない?」
僕はヒュッと息を飲んだ。