吸血鬼異変 1
数は、二十から三十といったところだろうか。
まだ、こちらに向かっているのかどうかすらも曖昧な距離だが、
それが吸血鬼であることは、ほぼ間違いないと思えた。
「おい、霊夢、無理しなくてもいい、少し後ろに」
下がって様子を見よう、と言いかけた言葉を、突風に寸断された。
横殴りの衝撃。隣に並んでいた霊夢が急激に飛翔速度を増したのだ。
魔理沙は、その煽りをモロに受けて、思わず顔を覆い、
気づいたときには、相棒は遥か前方をかっ飛んでいた。
「――はっや」
抑えた速度で、今まで先陣きってたのかよ、とんでもない奴だ。
魔理沙は半ば呆然として、その後姿を目で追う。
だが、すかさず、胸元の札から紫の激が飛んだ。
『何してるの、魔理沙、早く追いなさい!』
「……はぁ? この年増妖怪め、無駄に歳食ったその経験はお飾りかよ」
いい加減うんざりして、魔理沙はため息と共に本音をぶちまける。
「あの吸血鬼の群れに単独で突っ込んでいったらどうなるか、
そんなもの馬鹿だってわかる。一瞬で袋叩きにあってお終いだ」
『だからこそよ。あの子をここで失うわけには行かないの。援護して』
「失うワケにはいかないだぁ? そんなの知ったことか。
そんなに大切なもんなら、こんなとこに引っ張り出してくるなよ」
『事情があるのよ』
「――これだから、知った風な口きく妖怪はさ。私に盾になれってのか?
お前が何かを知ってても、私は何も知らないんだ。納得できるかよ」
『……聞きたいかしら?』
「――何をだよ」
『私の知ってること。協力してくれたら、教えてあげてもいいわ』
「……取引しようってのか?」
『興味あるでしょう? 貴方にとっても、悪い話じゃないと思うわ』
「……分からなくはないけどな。手遅れだよ、あんなもん追いつくか」
魔理沙は、ため息をつきながら目を細める。
一体どういうつもりか、独断先行した霊夢の影は、もう遥か向こうだ。
だが、紫の声は、何故か妙に落ち着いたものになっていた。
『あら、貴方のその飛行速度はお飾りなのかしら?
さっき部隊の最後尾から、先頭まで一気に追いついて見せたじゃない」
まるで、魔理沙の揺れ動く心中を、見透かしたように口にする。
そう、妖怪たちは何も、綺麗に隊列を組んでいるわけではない。
彼らは自分の意思に忠実だ。
この作戦に消極的なものもいれば、積極的なものもいる。
当然飛行速度にもばらつきが出る。
そんな彼らの先頭に、魔理沙は先ほど、難なく追いついたのだ。
「人をけしかけんのが上手いな、あんた」
『――無駄に長生きしてないのよ』
冷え冷えとした声。瞬間、魔理沙の背筋を嫌な悪寒がぞくっと走った。
何か言ってはいけない事を口にしたのかも知れない。
『さっきの言葉、聞かなかったことにしてあげるから。お願いするわ』
「……わかった。その代わり、あんたはさっきの言葉、忘れんなよ」
『お互いが無事であればね』
「っへ、それまでボケずに待ってろよ」
魔理沙はそういうと、再度、帽子をぎゅっと押さえつけた。