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「チカー!昼メシ買いに行こうぜ~」

昼休みの喧騒の中、廊下の向こうで手を振りながら慶次が呼んでいた。授業中は全くやる気を見せないクセに、休み時間となると俄然元気を取り戻すのは、健全なる男子高校生のあるべき姿だ。
もちろん自分も例外ではなく、足早に慶次の元へ向かおうと足を踏み出した。

「早くしねーと、焼き――……お、ッと、すまねェ」

慶次と焼きそばパンに気を取られていて目の前が見えていなかった。ぶつかりかけた相手を見ると、無機質なガラスを通した冷たい視線にぶつかった。うろたえた様子もなく静かにこちらを見上げてくる相手に、突然覚えのない強烈な既視感を感じる。でも間違いなく知らない男だ。かろうじて制服とわかる程度の着方しかしていない自分に対して、校則から1ミリもはみ出していないことが見て取れるような相手だ。関わった覚えなどまるで無い。
でも自分は、この男を、知っている―――?

「気をつけよ」

目を合わせたのは一瞬で、目を逸らすと男は冷たい声音でそれだけ言ってするりと身をかわし、行き交う生徒の波にまぎれていった。猫のようにしなやかなその後ろ姿から何故か目が離せずに、視界から消えるまで目で追いかけてしまう。視界から消えても、先ほど感じた得体の知れない感情に戸惑って立ち尽くす。

「恋は、いいよね。チカ」
「うお!!」

急に重くなった肩と耳元で囁かれた言葉に驚いて振り返ると、慶次だった。なかなか来ない自分に痺れを切らしたらしい。何が楽しいのか、にやにやと笑いながらこちらを見ていた。

「何でェ?いきなり恋って。テメェそれしかねェのか」
「いつも言ってるじゃないか。人を恋うる気持ちってのは、何にも勝る強さになるんだって」
「今それが何の関係があるんでェ?」

したり顔で言う親友の言葉は、どうも含みがあるようで尻の据わりが悪い。相変わらずにやにやと笑う慶次が、諭すように言った。

「恋はね、引力でもある」
「……はァ」
「相手に引き寄せられるんだ。どんなに沢山の人がいても、その人だけが浮き上がって見えるとか―――目を離そうと思っても、どうしてもその姿を目で追ってしまうとか」

ようやく慶次の言わんとしていることが分かった。どうやら慶次は、自分とあの男とのやり取りをかなりしっかり見ていたようだ。そして随分と曲解しているらしかった。

「おいおい待てよ、あいつァヒョロくても男だったぜェ?」
「恋に性別なんて小さなことさ。人を恋うる気持ちに変わりはないよ」
「オイ慶次……」
「ま、それは冗談だけど」

そう言って慶次は揶揄かう目線をひとつ寄越して、あっけらかんと言った。思わず肩が落ちる。
そんな俺に、ふと探るような目で慶次が聞いてくる。

「で、毛利がどうかした?」
「毛利ィ?――…あァ、あいつ毛利ってェのか」
「――まあ、チカが生徒会長の名前なんて知ってるワケないかー。結構有名人なんだけどなぁ。友達いないけど」
「へェ。知らねェなァ」
「……そっか」

どこか必要以上に残念そうな慶次の様子を不審に思うが、売り切れ必至の焼きそばパンのことを思い出し、慶次を急かして購買へと走る。
そうして、廊下で出会った男のことは、意識して心の隅へと追いやった。何故だか分からないが、触れない方がいいと、そう思った。関わったら自分の何かが変わる、そしてその変化には痛みを伴う、そんな予感に対しての本能的な恐怖だった。


**********


ある日の放課後、俺は慶次を探していた。
生活指導の教師に捕まって、さっきまで散々絞られていた。同罪なくせに、偶々一緒にいなかったおかげで難を逃れた奴に八つ当たりでもしなけりゃ気が納まらない。カバンはあるが、校内にはいないようだったので外に出た。すれ違った顔見知りに慶次を見かけたか聞いてみると、体育館の方で見たと、やけに怯えた声で言われた。きっと俺が相当不機嫌な顔をしていたからだろう。
出来る限り愛想良く礼を言って、言われた通り体育館の方へ向かった。
すると体育館裏の倉庫の前に、慶次がいた。なるべく怒りが伝わるように低い声を作って声を掛けようとした瞬間、慶次が一人ではないことに気がついた。

「――我はそなたが羨ましいくらいだ。昔も今も、何故そこまでのらりくらりと何も成さずに暮らせるのか教えて欲しい」
「えっと、俺誉められてんの貶されてんの?」
「うつけなのも変わらぬな。『馬鹿は死なねば治らない』と言うが治らなかったようだ」
「……アンタも変わんないや……」

がっくりと肩を落とす慶次の前には、あの男だ。廊下で会った、妙に気になる男。肩につくくらいの少し色素の薄い髪、冷たく見える眼鏡越しの瞳、華奢な身体に纏う制服には一分の隙も無い。
慶次に対して言っていることは酷いものだが、そこに長い付き合いの気安さを感じて何故か苛立つ。
―――あいつら、知り合いだったのか?っつーか『死んでも治らない』って何だ?

「でもさ、あん時俺、アンタのこと嫌いだったけど。今考えるとやっぱ人って話してみなきゃホントのトコってわかんないなぁ、って思うよ。いや、アンタのやったことホント酷かったけど」
「そなたに理解できる次元に我がいると思うな。図々しい」
「そうやって壁作っちゃうからさー、皆それ以上入れないんだって。ぶっ壊せたのは――」
「おい、前田」

言葉と共に、向けられた視線に射抜かれる。自分の身体がビクリと震えたのが分かった。
裏の裏まで読み取ろうとするような、冷たく、苛烈な瞳。そしてもう一度感じる、強烈な既視感。自分はまだ十数年しか生きていないはずなのに、それよりずっと前に見たことがあるように思える。
でも全く記憶にない。もどかしくて思わず右手で頭を掻き毟った。

「えェと……」
「チカ!なんでここに?」
「ではな、前田。我は行く」
「えー!毛利、ちょっと待っ……」

言うことが見つからない自分と、俺に驚いて狼狽える慶次をよそに、毛利はまたするりと身を翻して立ち去った。また、だ。視線と同様、この感覚を自分は覚えている。去り際に背後を全く頓着しない、潔いというよりも徹底的な無関心で相手を遮断するやり方。悔しく、もどかしい感覚だけが、その感情の出所もわからないまま胸の中に凝る。

「オイ、慶次」
「聞きたいことはわかる!でも言えないこともあるかもしれない。けど、何?」
「……まァ、何だ。……もういいや。――それよりお前、逃げやがったなァ?!」

聞きたいことは山程ある気がするが、何から聞いていいのか分からなくて話を逸らした。
何より、慶次から答えを得るのは、何かが違う気がした。慶次が嘘を言うとは思わないが、それはきっと『本当』のことではない。その答えは、自分の中にある。それを俺は半ば確信していた。


**********


いつものように慶次と政宗と夜通し遊んだ帰り、ふらふらと、数時間後にまた来ることになる学校の前を通りがかった。何となしに目をやると、校門の前に人がいた。何をするのかと思えば、些かの躊躇もなく門をひらりと飛び越えた。そのするりと滑る、猫のような姿に見覚えがあった。
向こうは自分に気付いていないようだったので、思わずそっと後を追った。
作品名: 作家名:亜梨子