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愛しい物語の終わり

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エピローグ


 セルティは、仕事を請けて粟楠会の事務所に足を運んでいた。臨也が居なくなって以来、セルティの仕事は粟楠会の依頼が中心になっていた。
『確かに、承りました。新しい埋立地の近くですね』
 セルティは、高級そうな革張りのソファに腰を下ろしていた。いつもは仮面企業のオフィスに呼ばれるのだが、粟楠会の事務所に直接呼び付けられていた。いつもと違う応対に身構えたものの仕事内容は大差無く、セルティは内心疑問に思っていた。
「ええ、よろしくお願いします」
 対面に座っていた四木が、慇懃に言った。新羅共々、仕事上顔を合わせる機会が最も多い人物だ。臨也とも関わりがあったようだが、詳しいことは分からない。臨也が最後に追われていた組織のうちの一つが粟楠会だったようだが、そのことについて話したことは無かった。必要も無かったし、余計なことは言わないでおこうと、新羅と相談して決めていた。新羅もセルティも、粟楠の仕事を干されるとがっくり収入が落ちてしまう。そんな現金なことを考えながら、セルティは部屋を辞そうとソファから腰を上げた。
「そうだ、ついでに花でも供えてやったらいかがですか?」
『?』
 四木の唐突な言葉に、セルティは首を傾げた。首の断面から、もわもわと黒い影が流れ出る。以前一度勧められて以来、この男の前ではヘルメットを外すようになっていた。
「折原臨也ですよ。お知り合いだったのでは?」
『そうですけど、臨也の墓ってあの辺りでしたっけ?』
「いいえ」
『……何の話でしょう?』
 セルティは不審に思いながら尋ねた。
「ちょうど時期が良くてね、あそこに埋めたんですよ」
 四木は、何かを探るようにじっとセルティを見つめた。セルティの胸中に、じわりと嫌な影が滲んだ。動いていない心臓が脈打つような錯覚に囚われながら、震える指先でPDAに文字を打つ。
『何を?』
 自分で聞き返しておきながら、セルティは耳を塞ぎたい衝動に駆られた。しかし、やり方が分からなかった。
「あの葬儀は岸谷先生が仕組んだのでしょう? 前々から準備していたのか……すぐに葬儀が出ていて驚きましたよ」
 セルティは、PDAを掲げていた手を下ろした。そして、じっと動かなかった。
「ああ、やはりご存知無かったんですね」
 男が苦笑を漏らした。セルティは呆然と立ち尽くしていた。頭の中は混乱していて、まともな思考が結べない。
 臨也は海外へ渡航したはずだ。新羅も手を貸したし、全て上手く行った。セルティは知っている情報を繋ぎ合せた。そして出来上がった想像は、既に肯定されつつあった。あれ以来、誰も臨也の行方を知らないのだった。
「今日ね、こちらにお通ししたのは、お願い事があるからなんです。セルティ・ストゥルルソンさん」
 何の反応も示さないセルティに、四木は淡々と言葉を紡いだ。
「岸谷先生が、折原臨也に協力していた裏は取れています。長い付き合いなんでこういう事は言いたくないんですが……あまりうちに関わることで勝手な行動はしないよう、岸谷先生に伝えて頂けませんか? ご本人に忠告しようかと思ったんですが、貴方から言って頂いた方が効果があるでしょう。……なんせ、あの人も腹の内が読めない人ですからね。治療中にうっかり手を滑らせたりされちゃ、こちらも困りますから」
 四木は、セルティの顔があるべき部分に鋭い視線を向けた。黒い靄が漂うばかりで、そこには何もなかった。



「随分珍しい忘れ物ですねえ」
 赤林は、ソファの上に置き去りにされているヘルメットを見ながらそう呟いた。
「首なしライダーの首ですよ」
 窓際で煙草を燻らせていた四木は、軽く口の端を上げた。赤林はソファに腰を下ろし、ヘルメットを顔の前に掲げた。
「へえ、都市伝説の首ってのは随分洒落てるんですね。秋葉原なんかじゃ、こういうのが流行ってるらしいじゃないですか」
 くるくると回して造形を確認しながら、赤林が言った。黒いフェイスカバーが、蛍光灯を反射している。
「都市伝説と言っても、ねえ……。ちょっと脅かしたら、血相変えて出て行きましたよ」
 四木は、ゆっくりと白い煙を吐き出した。密閉された空間で、煙は白く揺蕩う。
「そりゃあ、旦那に脅かされたらしゃーないでしょう。可哀そうに」
 ヘルメットを元の位置に戻し、赤林は慰めるようにその額を撫でた。そして、ふと思い出したように口を開く。
「可哀そうと言えば、さっき情報屋の妹達に会いましたよ。いやあ、すっかりしょげちまって、見ていられなかったなあ」
「やることが山積みだって言うのに、子供と遊んでいたんですか?」
 四木が皮肉気に問うと、赤林が苦笑してソファにもたれかかった。
「勘弁してくださいよ。ちょっと休憩に出てただけです」
「まあ、こちらに皺寄せが来なければ構いません」
「元はと言えば、四木の旦那が情報屋を潰したからじゃないですかい? いやあ、なんであいつもうちの管轄の情報ばっかり抱えてたかなあ」
「元はと言えば、そちらが私に情報をリークしたからでしょう。それに、私がどうこうしたと言うよりは、あいつがこうなるように企んでいたんですよ」
 赤林は軽く肩を竦め、色眼鏡のフレームを押し上げながら言った。
「ま、何にせよ、あいつが命乞いする相手がうちで良かったってことで」
「全くです。……そういえば、折原の妹、名前は何て言いましたっけ?」
「ん? 九瑠璃に舞流ですよ」
 双子の名前を聞いて、四木はふっと笑みを漏らした。珍しい様子に、赤林が訝しげに四木を見上げる。
「何ですか? そりゃあヘンテコな名前だけど」
「いや、失礼。思い出し笑いです」
 四木は、煙草の先を灰皿に押しつけた。そして、ぽつりと漏らす。
「電話してたんですよ」
「はい?」
「私が見つけた時にね。変な名前を呼んでたんで、ホステスか風俗の女だと思ってましたが、妹とは……」
「あーあー……そりゃあ、何て言うか、向いてないな」
 赤林は、重たい溜め息を吐いた。
「よほど追い詰められていたんだろうなあ。可哀そうに」
「あいつは同情できるような奴じゃないですよ」
「いやあ、俺はそいつのことは良く知らねえからさ。それに、人間てのは最後の最後に本性が出るからねえ」
「妙にあいつの肩を持ちますね」
 四木が、じろりと赤林を睨んだ。
「おお、怖い怖い。こりゃ都市伝説も裸足で逃げ出すね」
 赤林は飄々と呟き、そして手慰みにヘルメットを取り上げた。
「はは、あんまりしょげてたんでね……ちっとばかし感傷的になってるんですよ。よっぽど口を滑らせそうになりました」
「……どうせ行方も分からないし、あの有様じゃあ死んだも同然でしょうよ」
 四木は冷たく言い捨てると、新しい煙草に火を付けた。赤林は、ヘルメットのフェースカバーを押し上げ、空ろな中身を覗き込んだ。そして、呟く。

「生きてるのと死んでるのは、だいぶ違うと思いますけどねえ……」
 

作品名:愛しい物語の終わり 作家名:窓子