愛しい物語の終わり
遺言
四月の末。その日は、生憎の曇天だった。雨こそ降りはしなかったが、分厚い雲が垂れこめてどことなく不安感を煽る。
いや、むしろ、お誂え向きな天候だったのかもしれない。晴天なんて、あまりにも彼に不似合いだった。
彼、――折原臨也には。
その訃報が彼の知人達に届いたのは、つい昨日のことだった。
あいつが死んだって悲しむ奴などいやしない。誰もがそう思っていたが、彼の葬儀には予想外に人が集まった。彼に対する感情は様々だが、単純に彼の知人は多かった。それぞれが人の多さに驚き、悲しんでいる人間を探した。そうして辿り着いた視線の先は、嗚咽を漏らす双子の少女だった。
あいつの死に顔を一目見てやろう。噂を聞きつけて、そんなふうに思った人間も多かったかもしれない。しかし、それは叶わなかった。遺体の損傷が酷く、それが彼であることが判明した時には、かなりの時間が経っていた。早く焼いてしまわなければ。残酷な言葉が、誰かの口から零れ落ちた。
黒い集団の中に、ぽつりぽつりと青い制服が浮いていた。来良高校の制服だ。竜ヶ峰帝人、園原杏里、そして黒沼青葉の三人だ。三者三様に複雑な表情を浮かべて、真っ黒な大人達に混じっていた。
「憎まれっ子世に憚る、とはいかないものだね……」
彼らの斜め後ろで、年配の男性が呟いた。彼の妹が来良高校に所属していたので、教師達にもこの訃報は伝わった。彼を知る美術教師が、学園の代表として参列していた。
「自業自得ですよ」
青葉が、固い口調で答えた。教師は軽く目を瞠り、それから重い溜め息を吐いた。
「あの、ごめんね園原さん。付き合わせちゃって」
帝人が、小声で申し訳無さそうに囁いた。杏里は緩く首を振った。
「いいんです。私も、少しだけ知っている人ですから」
「……そうだっけ?」
帝人が不思議そうな表情を浮かべると、杏里は眼鏡の奥の瞳を伏せ、頷いた。
「あの、一年生の時、路地で助けてもらって……」
帝人は、ゆっくりと目を瞠った。
「……ああ、そうだった。思い出したよ。もう、そんなに前だったんだね」
懐かしむように、帝人は呟いた。棺のある方に視線を向けると、見覚えのある双子の少女達が泣いている。二人は奇異の視線を浴びていた。それは仕方の無いことだったが、帝人は気の毒そうに彼女達を見つめた。
紀田正臣と三ヶ島沙樹は、敷地の外から葬儀の様子を眺めていた。彼らは、ごく普通の私服に身を包んでいた。
不意に、沙樹が繋いでいた正臣の手を引いた。
「どうした? 沙樹」
正臣が、気遣うように沙樹を見つめた。
「……取り巻きの女の子、誰も居ないね」
沙樹は会場を見渡しながら、不安そうに呟いた。彼女の言うとおり、若い世代の女の子は、沙樹と杏里、そして彼の妹達くらいしか居なかった。正臣は一瞬口ごもり、それから言い聞かせるように言った。
「沙樹は特別だから」
二人は、会場の中に入ることは決して無かった。ただ、遠くからじっと様子を見守っていた。
門田京平も、彼と面識のある仲間を連れて参列していた。いつもは騒がしい面々も、今日ばかりは場を弁えて大人しかった。
「見てよ、ほら、静雄が来てるよ」
狩沢絵里華が、あっけらかんとした様子で言った。会場の隅を指差している。門田はその先に視線を向け、長身の同窓生の姿を見つけた。
「そうか、……あいつも、案外義理堅い奴だからな」
門田は、ぐるりと周囲を見渡した。見知った顔をいくらか見つけ、感慨深げに呟く。
「意外と人が集まるもんだな」
「そりゃあ、有名人っすからねぇ」
遊馬崎ウォーカーが、どこか暢気に言った。同様に周囲を見回し、一箇所に目を留める。
「ああ、ほら、都市伝説も来ましたよ」
真っ黒のロングドレスに身を包み、つば広の帽子を深く被って顔を隠した女性が、会場の入り口付近に佇んでいた。その隣には、珍しく黒いスーツを身に付けた新羅が立っている。門田は、ぼんやりとその姿を視界に収めた。新羅が黒を着ているのを見たのは、学生服以来だった。
不意に、静雄がその二人に歩み寄った。静雄が声をかける前に、新羅がその姿を見つけて先に口を開いた。
「やあ、静雄。君が来ているなんて、驚いたよ」
新羅は口元を綻ばせたが、静雄は固い表情だった。
「ここに来れば、お前も来るだろうと思ってな」
「僕?」
新羅は、ことりと首を傾げた。セルティはじっと押し黙り、二人のやり取りを見守っている。
「お前、何か知ってるのか」
静雄は、不機嫌を隠さない口振りで言った。新羅は緩く首を振る。
「いや。残念ながら、僕の出る幕は無かったよ」
静雄は、じっと新羅を見つめた。何か探り出そうとするその視線に、新羅は黙って耐えた。
「……そうか」
静雄はそう言うと、くるりと踵を返した。片手を上げて去ろうとする静雄の背に、新羅が声をかけた。
「帰っちゃうの? 線香ぐらい上げてやりなよ」
「いや、いい。用事は済んだ」
静雄は、結局そのまま会場を後にした。それを見送ってから、セルティが新羅の袖を引く。新羅は困ったように微笑んだ。
「ああ、驚いた。やっぱり静雄は勘が良いや」
セルティにだけ聞こえる声量で、新羅がそっと囁いた。