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恋しても恋せども

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自分の中に持て余す、この厄介な感情を素直に吐き出すには、自分は歳を取り過ぎた。



真っ赤になりながら、つっかえて、それでも言葉を紡ぐ貴方を見れば見るほど、自分との歳の差を思い出してしまう。
自分にもこんな風に誰かを思って必死になった時期があったのだろうか、そう、自嘲気味に笑った。

「日本、」
呼ばれて振り返ると、イギリスさんが大きな薔薇の花束を抱えていた。
「こんにちは。」
私が微笑むとイギリスさんはずいっと、花束を私へ差し出す。
「…あの、これは?」
差し出したまま何も言わないイギリスさんは顔を真っ赤にして若干震えながら「余りものだ、捨てるのも勿体ないから日本にやる。」
そう、ぶっきらぼうにおっしゃられた。

余りもの、にしては随分と立派な薔薇の花束を受け取って「ありがとうございます。」と一礼をした。

イギリスさんは、そんな私をぼんやりと見た。
そのまま中々動かないイギリスさんに私は苦笑しつつ声をかける。
「どうか、されましたか?」
ハッと目を瞬かせたイギリスさんは「べ、別に見惚れてなんか、ないからな!」と慌てた様に言った。
「見惚れて、しまいますよね。」
「え?」
「こんな立派な花束なんですから。」
私があえてそう言うと、
「あ、ああ、そうだな!俺の庭の薔薇だからな、見惚れるほど美しいだろう!」
と、自慢げにおっしゃられる。

さっきまで「余りもの」だったはずの美しい薔薇はやはりイギリスさんが丹精込めて育てた薔薇だったようだ。

「どうりで、美しいと思いました。」
イギリスさんは鼻高々に笑う。
本当に美しい薔薇だ、貴方のように、と、私は心の中で呟いた。


真っすぐに向けられた熱情を、真正面からそれを受け止めるほど、私は若くない。
今はやんわりとかわし続けているが、イギリスさんがそのことに気が付き、真っ向勝負に出た時、私はどうなってしまうのだろう。
強すぎるイギリスさんの感情に触れてしまえば、その熱さにきっと火傷をしてしまう。

いっそ、そのまま溶かされてしまおうか。
私らしくも無く、そんなことを思った。


「日本。」
もう馴染み深くなった声に私は頬が緩むのを止められないまま振り返る。
イギリスさんは、ガシガシと頭を掻きつつ「よう。」と挨拶された。
「こんにちは。」
「…上がっても、良いか?」
いつもよりも控えめなその態度を少し不思議に思ったが、断る理由も無い。
私は「どうぞ。」と、イギリスさんを招き入れた。

客間に入ってすぐ、イギリスさんの視線を追って、私は声をかけた。
「綺麗でしょう?」
そこには、こないだ頂いた薔薇の花。
さすがに花束全てとはいかなかったので、数本を花瓶にさし客間に飾った。
和室の部屋にそこだけ洋風であるにもかかわらず、お互いが調和して美しいバランスを保っている。
「ああ。綺麗だ。」
イギリスさんが真剣な顔で私を見ながら言うので、思わずドキリとした。

客間に座ったイギリスさんはいつもの胡坐では無く、正座をしている。
いつもとは違う雰囲気をまとったままのイギリスさんに、私は声をかけた。
「どう、されたんですか?」
「・・・。」
イギリスさんは少しの間何も言わず頭を上げたり下げたりしていたが、突如思い切った様に顔を上げて口を開いた。

「っ、日本、正直に答えて欲しいんだ。」
一瞬瞠目したものの、私は微笑んだ。
「はい、わかりました。」
私の態度にイギリスさんは一呼吸置いて、そして

「に、日本は、お、俺が…お前のことを好きだということを知っているのか?」

「・・・は。」

さすがに、言葉を失う。

「フランスの奴に聞いたんだ。『お前の気持ちなんてとうに日本にばれてる、それなのに毎回日本に相手にされてないことにいい加減気付け』て。」

フランスさん、恨みますよ。
私はすぐに苦笑の表情を作って言葉を濁そうとした。

「日本、正直に答えてくれ。日本は、俺のことをどう思ってるんだ?」
その矢先に泣きそうな顔で真剣にそう言われては、私は口を噤むしかなかった。

「・・・。」
「・・・。」
気まずい沈黙が私たちを包む。

「・・・悪かった。」
突然、イギリスさんがそう言った。

「急に、こんな…迷惑だったな。」
そんなことは、ない。
ただ、もう少し心の準備をする期間があると思っていたから。

「最後に、もう一回だけ、聞かせてくれ。・・・俺のこと、嫌ってはないよな?」
「当り前です!」
自分でも思って以上に大きな声を出してしまい、慌てて口元を押さえる。

嫌ってなど・・・嫌えるはずもない。
だって、私は

「嫌ってなんかいません、ただ、きっとイギリスさんにはもっと素敵な相手のが合うかと…。」



「日本。」
堅い声で呼ばれる。
俯いていた顔を上げると、イギリスさんは険しい表情で私を見ていた。

「…そう言う優しさは、今の俺には・・・残酷だな。」

ああ、傷つけてしまった。
どうして、素直に言えないのだろう。

こんなにも、思っているのに。

怖いのだ。
歳をとると人は弱くなると、誰かが言っていたがまさにそう。
今、素直にイギリスさんを受け入れて、いずれ捨てられでもしたら私はもう、立ち直れないだろう。

「今日はもう帰るよ。」
「え?」
「次来るときは、ちゃんと用事がある時にする。」
それは、つまり、今までみたいに用事が無くても来てくださることは無くなるということだ。
この、甘い甘い穏やかな時間はもう来なくなってしまう。

ぼんやりとショックを受ける私を尻目に、イギリスさんは立ち上がり「邪魔したな」と部屋を出て行く。

追いかけなければ、引きとめなければ、と、心が叫ぶのに身体が動かない。
私はヨロヨロと立ち上がり、玄関に向かったが、すでにイギリスさんの姿は無かった。
最後の見送りさえまともに出来ない。
自分のふがいなさに私は玄関でへたりと座り込んだ。

ちゃんと、言えば良かった。
『私も貴方が好きです』と、イギリスさんのような素敵な人が私のような老いぼれにそう長くお付き合いしてくれるとは思えないが、どっちにしろ失うことになるくらいなら一瞬でも甘い夢をみれば良かった。
計算高く、そんなことを考える自分は醜い。

ただ、この瞬間に思っている自分の気持ちくらい、ちゃんと素直に吐き出せばよかったのだ。

「行かないで、」

涙が出た。
良い歳して情けない。
恋をして泣くなど、乙女の様だ。

「行かないで、下さい。」

日本男児にあるまじき姿。

「イギリスさん、行かないでっ。」

ガラッとドアが開いた。
そこには驚いたようなイギリスさんの表情。
でも、私の方がもっと驚いて目を見開く。その拍子にボロボロと涙が落ちた。

「あっ…。」私はそう言ったまま固まる。
もう、なんの言い訳もしようもない。
玄関先で座り込んで泣く姿を見られるなんて…ああ、もう死んでしまいたい。

「ど、どうしたんだ、日本?」
イギリスさんが慌てふためく。
「イ、イギリスさんこそ、お忘れ物でも?」
「え、あ、ああ…俺は、その…。」
言いにくそうに口ごもってからもごもごとイギリスさんは話した。
「お、俺は潔く帰ろうとしたんだぞ。ただ、こいつらが…今戻らないと後悔するって…。」
作品名:恋しても恋せども 作家名:阿古屋珠