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ながさせつや
ながさせつや
novelistID. 1944
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主よ、連れ去りたまえ

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それが恋だと、知っていた。

 様子がおかしいな、とは思っていた。いつもダメダメなことばかり言っていても、それでも優しいカズキの、ダウナーめいた雰囲気はボクの心も沈ませた。見上げるように覗き込むかんばせに落とされた影は、夕焼けのせいだけではないだろう。
「カズキ、お風呂はいろ」
 白い手のひらをとって歩き出し、カズキの部屋へ連れ帰る。カズキは何も言わなかった。歩いている間、誰かとすれ違ったと思うけど、ボクも何も言わなかった。
 沈黙は重い。
 いったい、何がカズキをこんなにしているのだろうか。など、考えなくたって知れている。彼しかいない、けれどそれを声に出し、形なき実体にすることが正解かは分からない。秘め事は秘められたままのほうがうつくしいし、意義があるのかもしれない。ボクとユゥジの睦言が他言されないのと同じように、ヨウスケとタクトの閨言が垣間見えないのと同じように。
 カズキが、好きだと言う、たったそれだけの激情と熱情だけでなにもかも奪い上げるような男ではないことを、ボクは知っている。擬態のなかに、やわらかくてあまったるい、馬鹿みたいな優しさが忍んでいる、そのことをボクは知っている。
 がちゃん。軽い金属の音で鍵をかけ、カズキとボクは部屋にふたりきり。
 窓から差し込む茜色は、カズキの髪の色も染め上げている。逆光が眩しい。シーツに床に、テーブルに、落とされたあかいいろは、けれど別の世界のそれとは違って、とてもいとしい。
「お風呂、入れてくるよ?」
「甲斐甲斐しいね」
「いつもダメダメだけど、今日のカズキはもっとダメダメ、見てらんないよ」
 弱く笑った顔に、こっちが崩れ落ちそうになるだなんて言えやしない。バスタブの栓をして、湯を張るためにコックをひねる。ざあ、という湯の音。湯煙がゆるやかに立ち上る。
「ヒロも一緒に入るのかい?」
 結局、ついてきていたらしいカズキの、声が震えたように反響している。残響はまるで悲鳴めいたアリア。入るよ、強く断言して、カズキの眼鏡に手を伸ばす。視線だけで微笑んで、目の前の男はボクの頭をくしゃりと撫でた。おおきな手のひらなのに、妙にかなしい。