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through the looking glass

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 髪はわざともとのカールを生かすような形に整えられており、頭のてっぺんからゆるやかにカーブを描いていった先、うなじの辺りで小さな巻き毛が現れている。なめらかな白い頬に紅の赤みがかすかに差されたのは、あまりにも青白くて透き通ってしまいそうな肌を月明かりの下でも親しみやすくみせるためらしかった。一方で唇には油を塗るだけで驚くほど血の色がくっきりと浮かび上がった。細い首筋を辿ればそのまま鎖骨と胸郭にたどり着く。赤い絹地に意向を凝らした刺繍が金糸で惜しげもなく施されたキモノは今にも薄い肩からこぼれ落ちそうに危うく帯で止められていたから、少年はまるで今まさに開けられたばかりの贈り物みたいに見えた。けばけばしい包装紙を拒む銀の器みたいに。
「脱げちゃったらもうひとりで着られそうにないんだけど」
 と少年が言った。
「いや、脱げることなどありえない」
「そう?」
「そういう風にできている」
「へえ……」
 何かとても大切なことでもあるかのように背後の悪魔が重々しく頷いたので少年は苦笑した。悪魔の姿は今は鏡に映っているけれど、これも趣味の悪い色使いの派手な軍服に似た何かを着ていたものだから、おれのほうがよっぽど淫魔かなにかみたいだ、と少年は思った。実際に今から淫魔じみたことをしに行くのだから、それはとても望ましいことだとも思った。
 もっとも今は悪魔とふたりでいたから、どう見られるかを気にすることは一旦忘れて寝椅子に勢いを付けて倒れこむと、かすかに、だがわざとらしく眉がつりあげられた。だから、見せつけるようにこのごろ産毛の生えはじめた足をぶらぶらさせてみる。
「行かなくていいのか」
「あのクソじじぃ、今ごろはどうせ湯船の中で癇癪でも起こしてるんだろう。……すこしは焦らしてやらなくっちゃ」
「ふむ」
 金色の縁取りがなされた鏡から目を逸らしたくて瞼をおろす。そうしていると、少年にとってはこの上なくここちよい悪魔の視線がいっそう強く感じられるのだ。いやらしいほどぴかぴかに磨きたてられた硝子は外面をしか晒さないけれど、こちらを見透かそうと貪欲に踏み込んでくる赤い目はそのまま悪魔の欲望をも少年に伝えてしまう。今もまさに少年が楽しんでいる感触である。とはいえ、焦らすのが好きだというだけでもなかった。
「クロードにはおれのしてること、まどろっこしく見えるかもしれないけど」
「実際、貴殿のしていることはとんでもない時間の無駄でしかない。契約をすれば直ぐにでもーー」
「やめてよ、押し売りみたいな言い方」
 おれと契約したいってそのまま言ってくれればいいのに、思ったものの少年は口には出さなかった。代わりにわざとらしいため息を吐いたあと、目を開けて悪魔のほうを見やった。餌を目前にして焦る言葉とは裏腹、黒い影は涼しい表情のままで少年を見下ろしていた。
「……つまんないの」
 小さく呟く。
「何が」
「何も?それよりクロード、おれがいつも言ってることもう忘れたの」
 勿論この悪魔が何かを忘れるわけもない。つまりそれはただのポーズであり宣言でしかなかった。少年が口を開く前、心なしか悪魔は不服そうに身じろぎをしたようにも思えた。言うまでもなく少年はわざとらしい無関心を装って、
「あんなじじぃ、わざわざ誰が手を下すまでもなくすぐにくたばっちまうよ。でもそれじゃあ意味がないでしょ?おれはアロイス・トランシーにならないといけないんだから。まあ見ててよクロード、おれひとりでもちゃあんと出来るって。代わりになるのは昔から得意なんだ」
 決まり切った台詞を口にしながら鏡の前に立った少年の隣に悪魔が忍び寄った。しかしあくまでも付かず離れずの距離をたもってそれ以上近づこうとはしなかったから、しばらくすると少年は不興げに顔を上げ、ずいぶん高い場所にあるように思える悪魔と視線を交わらせた。赤目に宿った炎が確かに見えた瞬間、少年の肩からはらりとキモノの襟が落ちた。
「……脱げないって言ったのに」
「帯で留められているだろう」
「でもこれじゃあ上半身が裸なのと変わらないんだけど。せっかくキモノを選んだ意味がないよ」
「ならば、」
 そうされることを望んでいたくせに、鏡の中で近づく腕を見た少年は自分でも気づかないうちに身を固くしていた。
 と、なにを隔てていても分かる、どこまでも冷たくて血の通っていない指先が近づいて、触れる手の感触が想像される前に、重い扉から案外軽やかなノックが聞こえざま押し開けられた。
「用意はいいか」
 呼ばわってきた召使のほうを見やってうなずいてやると、息を飲む音がはっきり聞こえてアロイスは表情を引き締めた。下々のものにまで甘い顔をしてやる必要はない。もうすぐ自分はアロイス・トランシーになるのだということは少年の中ではもう確信を越えて信仰のようになっていた。
 けれどいまは。
(あいつには、おれは綺麗になんか見えていないはず)
 裾を踏まぬよう気を付けながら廊下を裸足で進んでいく間、不意に肩が再び赤い衣に覆われていることに気づいて、少年はかすかに笑みを浮かべてそこに触れた。
作品名:through the looking glass 作家名:しもてぃ