鍋とお酒と、道化師の奇行
ピーンポーン。
夜の池袋、自動喧嘩人形と称される男の住むマンションにチャイムの音が鳴り響く。
帝人「静雄さん、どなたかいらっしゃったみたいですよ」
静雄「こんな時間に、誰だ」
帝人「まだそんなに遅い時間でもありませんし、出たほうがいいんじゃありませんか?」
上着を脱いだ状態の制服姿の少年、竜ヶ峰帝人はおたまを片手に、ちょうど目の前の鍋に豆腐を投入したところだった。静雄はというと、そういえば帝人は以前友人の家で鍋をしたときにも鍋奉行だった、と思い返していた。
肉はダシ用と味わう用に別々のタイミングで投入する。野菜も根菜はくたくたに、生でも食べられるものは素材の食感を残すていどに、と具材ひとつひとつについてなかなか細かいのだ。当然、豆腐に火が通り過ぎてしまうこともきらいなのだろう。と、ここまではすべて静雄の観察によるもので、それだけじっと帝人の動きを見つめているわけだった。
帝人は他人の食べ方について、口に出してどうこう言うわけではない。帝人自身は、ただできることなら自分が鍋の動向をすべて管理したいと思っているし、それぞれの具材に適したスピードとタイミングを守りたいとも考えている。静雄はその考えを直感で読み取っているのだった。
ピンポーン。
帝人「ほら、鍋はいったん火を止めればいい話ですし」
静雄「お、おう。悪いな」
帝人はカチンとテーブルの上のガスコンロの火を止める。
ピーンポーンピンポンピンポン。
臨也「シズちゃーん、美味しいお酒持ってきたんだけどー。ココ開けてよー」
ピポピポピポピポピンポーン。ガチャ
静雄「うるっせぇな何回も鳴らすんじゃねえ!っつーか、今日は客が来ててテメーの相手してる暇ねぇんだ。さっさと新宿帰れ」
臨也「え、シズちゃんちにお客? 誰誰?・・・あ、これ帝人くんの靴だね」
静雄「変態か、お前・・・なんで靴見ただけでわかんだよ、マジできめぇ。帰れ」
臨也「帝人くんなら俺も知り合いだし、いいじゃん。部屋に上げてよー」
静雄「やだっつってんだろ。いま飯の途中で席外してるだけでも帝人の機嫌損ねてんだ、これ以上面倒ごとはごめんだ。頼むから帰れよ」
臨也「うわ、帝人呼びなんだーあっやしぃ♪ 未成年家に連れ込んじゃって、きゃー、シズちゃんったら破廉恥。未成年淫行で捕まっちゃえ★」
静雄「お前・・・酔ってるだろ。酒くせぇし。タクシーくらい呼んでやるから大人しく」
臨也「おっじゃましま〜す」
静雄がポケットから携帯を取り出そうとした一瞬の隙をついて、臨也は静雄の脇をすり抜け、驚くべき速さで靴を脱ぎ、なにごともなかった様子で部屋へと歩き出した。
静雄「おい、勝手に上がるんじゃねぇよ!」
静雄はぶつぶつと何か言いながら臨也の後ろをついて歩く。臨也はというと、勝手知ったる他人の家といった様子でキッチンと部屋とのあいだの扉を開く。スキップでもしかねないほどの上機嫌である。
扉を開くと、おたまを片手に鍋と格闘中の制服姿の少年、竜ヶ峰帝人の姿があった。
帝人「あれ、臨也さんじゃないですか。珍しいところで」
臨也「帝人君!ほんとに帝人君だ、こんばんは★」
臨也は満面の笑みを浮かべて背後から帝人の首に腕を回すと、耳に息を吹きかけた。
帝人「酒くっさ!ちょっと近寄らないでください。静雄さん、どうしてこの人上げちゃったんですか」
帝人は酔っ払い本人ではなく、酔っ払いを家に上げた家主を責めることにした。臨也のあとから部屋に入ってきた静雄は飼い主に叱られた犬のようにしょんぼりとうなだれ、許しを請うように上目遣いで(明らかに目線が高いのだが)帝人を見つめた。
静雄「わりぃ・・・酔ってるときはこいつ悪だくみしねぇし害もねぇから、つい。タクシー呼んで、そのへんに放っときゃいいと思ってよ。それより飯食おうぜ、な?」
臨也「ずるいよシズちゃん。俺に内緒で帝人君と二人鍋なんて。俺もまぜてよ」
静雄「お前は帰れ」
静雄は、臨也のせいで帝人の不評を買ったことに若干キレそうになりながら、それをため息ひとつでやり過ごした。そして、やり過ごせたことに静雄自身がいちばん驚いていた。
理由は簡単だった。静雄は酔っ払った臨也のことは嫌いになれなかったからだ。じゃれついてくる臨也を適当に引きはがしながら、静雄は(こいつ、ずっと酔っ払ってりゃいいのにな)などと不穏なことを考えていた。
臨也「なんでー?俺がいると何かまずいことでもあるの?」
静雄「別にねぇけど」
帝人「臨也さん、何かあったんですか?あなたがこんなに酔っぱらうなんて・・・ああ、面白いですね」
静雄(やべぇ、帝人の非日常センサーにひっかかっちまった・・・!!)
静雄「ノ、ノミ蟲。酒持ってきたんだろ?グラスに注いでやるから、よこせよ」
臨也「シズちゃん甘いのじゃないといっしょに飲んでくれないと思って、カルーアにしてみたんだ♪はい」
手を出している静雄に、臨也は素直にボトルを手渡す。その行動を見た静雄がまたひとつため息をつく。ボトルを片手に再びキッチンへ向かおうとする静雄にだけ聞こえるよう小さな声で帝人がつぶやく。
帝人「ありえない・・・ですね、こんな臨也さん。ちょっと鳥肌がたちました」
静雄「気持ちはわかるが、かわいそうだから適当にそっとしておいてやってくれ・・・」
帝人「ずいぶんやさしいんですね、静雄さん」
帝人の顔は笑っていたが、氷のように冷たい空気をまとっていた。静雄はそれを本能的に感じとって身震いした。
静雄「・・・怒ってるのか?」
帝人「いいえ。何か怒られるようなことをしたんですか?ああ、豆腐は煮えすぎてしまいましたけど、食べられますからいいですよ」
静雄「お、おう」
やはり鍋奉行だ、と静雄はひとりで納得し、あいまいに返事をして台所に続く扉に手をかけた。帝人は怒っている、と静雄は確信した。
静雄(なんでだ・・・よく考えろ、俺)
考えながら静雄は手際よく棚からグラスを2つ出すと、冷凍庫から氷を適当にガラガラと入れる。
静雄(臨也が来やがったせいだってのはわかってんだ。それまでは機嫌、よかったしな・・・ノミ蟲に会って機嫌よくなられてもそれはそれでムカつくっつーか、モヤモヤするっつーか・・・)
ボトルを開け、カルーアを注ぐ。さらに冷蔵庫から牛乳を出してグラスに静かに注ぎいれる。牛乳はいったんグラスの底まで沈み、ふたたびゆっくりと浮かび上がる。黒と白の層がくっきりと分かれる。
静雄(このまんまでも綺麗なんだけどなぁ。あー、マドラーどっかにあったっけ、探すのめんどくせぇ。箸でいいな)
さいばしでグラスの液体を混ぜ合わせる。完成した飲み物を手に部屋に通じる扉のノブに手をかける。そこで、ああそうだ、タクシー呼ばねぇとと思い返し、グラスを冷蔵庫の上に置き、その場で電話をかける。
静雄が台所へ行っている短い間に、部屋に残った二人はどうしていたかというと、あまり穏やかではなかった。
帝人「臨也さん、これは何のマネですか?」
臨也「んー?何のこと?」
臨也は鍋を覗き込み、美味しそうだけど野菜いっぱい嫌だなぁ、うわぁ春菊きらーい、などと勝手なことをつぶやいている。
夜の池袋、自動喧嘩人形と称される男の住むマンションにチャイムの音が鳴り響く。
帝人「静雄さん、どなたかいらっしゃったみたいですよ」
静雄「こんな時間に、誰だ」
帝人「まだそんなに遅い時間でもありませんし、出たほうがいいんじゃありませんか?」
上着を脱いだ状態の制服姿の少年、竜ヶ峰帝人はおたまを片手に、ちょうど目の前の鍋に豆腐を投入したところだった。静雄はというと、そういえば帝人は以前友人の家で鍋をしたときにも鍋奉行だった、と思い返していた。
肉はダシ用と味わう用に別々のタイミングで投入する。野菜も根菜はくたくたに、生でも食べられるものは素材の食感を残すていどに、と具材ひとつひとつについてなかなか細かいのだ。当然、豆腐に火が通り過ぎてしまうこともきらいなのだろう。と、ここまではすべて静雄の観察によるもので、それだけじっと帝人の動きを見つめているわけだった。
帝人は他人の食べ方について、口に出してどうこう言うわけではない。帝人自身は、ただできることなら自分が鍋の動向をすべて管理したいと思っているし、それぞれの具材に適したスピードとタイミングを守りたいとも考えている。静雄はその考えを直感で読み取っているのだった。
ピンポーン。
帝人「ほら、鍋はいったん火を止めればいい話ですし」
静雄「お、おう。悪いな」
帝人はカチンとテーブルの上のガスコンロの火を止める。
ピーンポーンピンポンピンポン。
臨也「シズちゃーん、美味しいお酒持ってきたんだけどー。ココ開けてよー」
ピポピポピポピポピンポーン。ガチャ
静雄「うるっせぇな何回も鳴らすんじゃねえ!っつーか、今日は客が来ててテメーの相手してる暇ねぇんだ。さっさと新宿帰れ」
臨也「え、シズちゃんちにお客? 誰誰?・・・あ、これ帝人くんの靴だね」
静雄「変態か、お前・・・なんで靴見ただけでわかんだよ、マジできめぇ。帰れ」
臨也「帝人くんなら俺も知り合いだし、いいじゃん。部屋に上げてよー」
静雄「やだっつってんだろ。いま飯の途中で席外してるだけでも帝人の機嫌損ねてんだ、これ以上面倒ごとはごめんだ。頼むから帰れよ」
臨也「うわ、帝人呼びなんだーあっやしぃ♪ 未成年家に連れ込んじゃって、きゃー、シズちゃんったら破廉恥。未成年淫行で捕まっちゃえ★」
静雄「お前・・・酔ってるだろ。酒くせぇし。タクシーくらい呼んでやるから大人しく」
臨也「おっじゃましま〜す」
静雄がポケットから携帯を取り出そうとした一瞬の隙をついて、臨也は静雄の脇をすり抜け、驚くべき速さで靴を脱ぎ、なにごともなかった様子で部屋へと歩き出した。
静雄「おい、勝手に上がるんじゃねぇよ!」
静雄はぶつぶつと何か言いながら臨也の後ろをついて歩く。臨也はというと、勝手知ったる他人の家といった様子でキッチンと部屋とのあいだの扉を開く。スキップでもしかねないほどの上機嫌である。
扉を開くと、おたまを片手に鍋と格闘中の制服姿の少年、竜ヶ峰帝人の姿があった。
帝人「あれ、臨也さんじゃないですか。珍しいところで」
臨也「帝人君!ほんとに帝人君だ、こんばんは★」
臨也は満面の笑みを浮かべて背後から帝人の首に腕を回すと、耳に息を吹きかけた。
帝人「酒くっさ!ちょっと近寄らないでください。静雄さん、どうしてこの人上げちゃったんですか」
帝人は酔っ払い本人ではなく、酔っ払いを家に上げた家主を責めることにした。臨也のあとから部屋に入ってきた静雄は飼い主に叱られた犬のようにしょんぼりとうなだれ、許しを請うように上目遣いで(明らかに目線が高いのだが)帝人を見つめた。
静雄「わりぃ・・・酔ってるときはこいつ悪だくみしねぇし害もねぇから、つい。タクシー呼んで、そのへんに放っときゃいいと思ってよ。それより飯食おうぜ、な?」
臨也「ずるいよシズちゃん。俺に内緒で帝人君と二人鍋なんて。俺もまぜてよ」
静雄「お前は帰れ」
静雄は、臨也のせいで帝人の不評を買ったことに若干キレそうになりながら、それをため息ひとつでやり過ごした。そして、やり過ごせたことに静雄自身がいちばん驚いていた。
理由は簡単だった。静雄は酔っ払った臨也のことは嫌いになれなかったからだ。じゃれついてくる臨也を適当に引きはがしながら、静雄は(こいつ、ずっと酔っ払ってりゃいいのにな)などと不穏なことを考えていた。
臨也「なんでー?俺がいると何かまずいことでもあるの?」
静雄「別にねぇけど」
帝人「臨也さん、何かあったんですか?あなたがこんなに酔っぱらうなんて・・・ああ、面白いですね」
静雄(やべぇ、帝人の非日常センサーにひっかかっちまった・・・!!)
静雄「ノ、ノミ蟲。酒持ってきたんだろ?グラスに注いでやるから、よこせよ」
臨也「シズちゃん甘いのじゃないといっしょに飲んでくれないと思って、カルーアにしてみたんだ♪はい」
手を出している静雄に、臨也は素直にボトルを手渡す。その行動を見た静雄がまたひとつため息をつく。ボトルを片手に再びキッチンへ向かおうとする静雄にだけ聞こえるよう小さな声で帝人がつぶやく。
帝人「ありえない・・・ですね、こんな臨也さん。ちょっと鳥肌がたちました」
静雄「気持ちはわかるが、かわいそうだから適当にそっとしておいてやってくれ・・・」
帝人「ずいぶんやさしいんですね、静雄さん」
帝人の顔は笑っていたが、氷のように冷たい空気をまとっていた。静雄はそれを本能的に感じとって身震いした。
静雄「・・・怒ってるのか?」
帝人「いいえ。何か怒られるようなことをしたんですか?ああ、豆腐は煮えすぎてしまいましたけど、食べられますからいいですよ」
静雄「お、おう」
やはり鍋奉行だ、と静雄はひとりで納得し、あいまいに返事をして台所に続く扉に手をかけた。帝人は怒っている、と静雄は確信した。
静雄(なんでだ・・・よく考えろ、俺)
考えながら静雄は手際よく棚からグラスを2つ出すと、冷凍庫から氷を適当にガラガラと入れる。
静雄(臨也が来やがったせいだってのはわかってんだ。それまでは機嫌、よかったしな・・・ノミ蟲に会って機嫌よくなられてもそれはそれでムカつくっつーか、モヤモヤするっつーか・・・)
ボトルを開け、カルーアを注ぐ。さらに冷蔵庫から牛乳を出してグラスに静かに注ぎいれる。牛乳はいったんグラスの底まで沈み、ふたたびゆっくりと浮かび上がる。黒と白の層がくっきりと分かれる。
静雄(このまんまでも綺麗なんだけどなぁ。あー、マドラーどっかにあったっけ、探すのめんどくせぇ。箸でいいな)
さいばしでグラスの液体を混ぜ合わせる。完成した飲み物を手に部屋に通じる扉のノブに手をかける。そこで、ああそうだ、タクシー呼ばねぇとと思い返し、グラスを冷蔵庫の上に置き、その場で電話をかける。
静雄が台所へ行っている短い間に、部屋に残った二人はどうしていたかというと、あまり穏やかではなかった。
帝人「臨也さん、これは何のマネですか?」
臨也「んー?何のこと?」
臨也は鍋を覗き込み、美味しそうだけど野菜いっぱい嫌だなぁ、うわぁ春菊きらーい、などと勝手なことをつぶやいている。
作品名:鍋とお酒と、道化師の奇行 作家名:猫沢こま