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鍋とお酒と、道化師の奇行

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帝人「僕の知る"折原臨也"は、天敵である静雄さんに弱みを見せるような人間ではない。ましてや、取り引き相手でもある僕に醜態をさらしたりしない」
臨也「ふーん。まぁ、どうでもいいよ。シズちゃんのお椀借りちゃっていいかな、いいよね。いただきまーす」
帝人「臨也さんなら、今日ここに僕が来ることも知っていたはずですよね」
臨也「うん、知ってたよもちろん。だから来たんじゃないか」
帝人「な・・・なぜ?」

澄んだ瞳でまっすぐ見つめてくる臨也に、帝人は若干ひるんだ。素直な臨也に耐性がないのだ。臨也が知っていたということを素直に認めるとは思わなかった。今ならどうやってその情報を得たのか、その情報源を聞き出すこともできるかもしれない、と考え帝人はごくりと息をのんだ。

臨也「だってさぁ、俺以外の人間がシズちゃんと仲良くするなんて腹がたつじゃない」
帝人「は??」
帝人は頭の中が真っ白になった。その瞬間、情報源のことなどすっぽりと頭から抜け落ちた。臨也は中の具を探るようにおたまで鍋をかきまわしている。

臨也「シズちゃんと殺りあえる人間なんて俺くらいなのに、そういう存在の大切さにシズちゃん馬鹿だから気づいてないんだよねぇ。俺とだけ仲良くしたらいいのに、いっつも周りに誰か連れてさ。首なしだったり田中トムだったりきみだったり、いっつも誰かいるよねぇ」
そんなのムカつくじゃないか、ねぇ?君もそう思うだろ、と真顔で尋ねられ、帝人は反応に困った。いつも殺し合いの喧嘩を繰り広げている二人のうちの片割れから、相手の隣に立ちたい、仲良くしたいなどということばが飛び出したのだから無理もない。後半は静雄に対するただの嫉妬のようにも思えた。

帝人「それがあなたの本音、ですか?」
臨也「それだけじゃないけどね。シズちゃんは俺の特別だからさ。ここに来たのもきみたちの邪魔をするためだよ。あ、でも帝人くんには聞いておきたいことがあるなぁ。ねぇ、どうやってシズちゃんを手なずけたのさ。色仕掛け? ははっ、違うよねぇ。さっきのシズちゃんの眼、あれは飼い主を見る犬のそれだ。かわいかったなぁ」

帝人は静雄の言っていた「酔っ払っているときの臨也は無害」という認識をあとで改めさせようと決意した。正しくは「酔っ払っているときの臨也は、静雄ラブになる」だ。今の臨也は静雄以外の者にとって、普段の臨也とは違った意味でうざい、途方もなくうざい。臨也は静雄のお椀と静雄の箸で肉だけをむさぼっている。

帝人「・・・普段の腹が立つほど抜け目のない折原臨也からは想像もできないことなんですが、お遊びじゃなく本当に酔っ払ってるみたいですね」
臨也「あつっ・・・ん?何が?」
帝人「いえ、今のあなたとはあまり話したくありません」
臨也「ふーん、別にいいけどさ。きみ、まだちゃんとシズちゃんに鎖つけてるわけじゃないよね。これは俺からの忠告なんだけど、あんまり自分の飼い犬でもない犬をかまってると、怪我するよ?」
帝人「それは、ちゃんと鎖をつけろと言っているようにも聞こえますが?」
臨也「どうかな。俺としては、まずきみにあの化け物を飼いならせるのかってことからして疑問だけど。だから・・・ああ、しばらく様子見っていうのもアリかもしれないね。まずはお手並み拝見、ということで。あ、この肉ダシ用に最初に入れたやつでしょ、硬いし、味気ない、マズい」

そこで静雄がグラスを持って部屋に入ってきた。

静雄「おいノミ蟲、飲み物できたぞ。・・・って何勝手に食ってんだ。しかもそれ俺んじゃねえか」
臨也「かたいこと言わないでよ、俺とシズちゃんの仲だろ?」
静雄「どんな仲だよ・・・。タクシー呼んであるから、ほら、これ飲んだら帰れ、な?」
臨也「やったぁ、お手製のカルーアミルクだ。甘ったるいけど俺コレ好きなんだよねぇ。シズちゃんちはさぁ、いつ来ても牛乳あるよね。言っておくけど俺の家にはないよ、ビールか紅茶くらいだ」
静雄「お前、あんな苦いもんよく飲むな」
静雄が臨也に苦笑いしたところで、帝人がこほんっとひとつ咳払いをする。
静雄「わっ・・・わりぃ、帝人。お前も何か飲むか?・・・牛乳か茶ぐらいしかねぇけど」
帝人「お茶いただけますか?」
臨也「うわぁ、おとなげないよ、帝人くん」
帝人「あなたにだけは言われたくありません」

プップーッと外でクラクションの音がする。

静雄「ああ、タクシー来たな」
臨也「えー、まだお酒残ってるのにぃ」
静雄「グラスごと持ってきゃいいだろ、いいからもう帰れ」
臨也「ちぇー。じゃあ帝人くん、またね。健闘を祈ってるよ」
静雄「?」
帝人「さようなら、臨也さん。大きなお世話です」

静雄はひきずるようにして臨也を運びタクシーに押しこんだ。しばらくしてタクシーのエンジン音も遠ざかっていった。静雄が一仕事終えた顔で帰ってくる。テーブルに戻り二人でふたたび鍋をかこむ。鍋が少し冷めていたので、帝人は止めていたガスコンロの火をつける。なんだか少し空気が重い。

静雄「悪かったな、夕飯の途中だったのにバタバタしちまってよ」
帝人「いえ。臨也さん、よく来るんですか?ここに」
静雄「いや、めったにねぇ。なんでか知らねぇが、たまにすげー酔っ払って、うちに不法侵入して来やがる。今日はチャイム鳴らしてたけどな」

帝人はため息をついた。臨也にではない、臨也の行為を不法侵入だとわかりながらそれを許している静雄に対するため息だった。あの情報屋相手では通報なども意味をなさないのだろうが、それでも寛容すぎると帝人は思った。

静雄「んで、さらにムカつくことに、あの野郎次の日にはきれいさっぱり忘れていやがるんだ」
帝人「え、ここに来てたことも?あんなに普通にろれつもまわってるのに?」
静雄「ああ、なーんも覚えてねぇんだとよ。外で飲んでたのに、気づいたらいつも通り着替えてベッドで寝てた俺ってすごくない?とか何とか言ってやがった」
帝人「手に負えませんね」
静雄「まったくだ」

鍋がぐつぐつと音をたて始めた。帝人がコンロの火を弱める。もう野菜はくたくたに煮えていた。帝人がお椀に野菜と肉をバランスよくよそう。

静雄「そういや、お前なんで怒ってたんだ?」
静雄は電気ポットから急須に湯を注ぐ。部屋のなかに玄米茶の香ばしい香りがひろがる。
帝人「怒っていた、というのとは少し違う気がします」
静雄「じゃあ、何だ?」
静雄は真剣な顔でこぽこぽと二つの湯のみに茶を注ぎ、ひとつを帝人の前に置いた。
帝人「ありがとうございます。・・・そうですね、ひとことで言うと嫉妬に近いものでしょうか」

静雄はぶっと噴き出し、そのままゴホゴホとむせる。
帝人「拾った犬がせっかく僕になついてくれていたのに、もとの飼い主が現れてかっさらわれたみたいな・・・」
静雄「それって、犬が俺なのか。言っておくが、ノミ蟲は俺の飼い主でも何でもねえぞ」
帝人「でも、特別な唯一の存在なんですよね。そういう存在があることを、僕は心の狭い人間なので許せないんです。だから・・・」

帝人「だから、もう静雄さんは僕だけのものになるべきなんです。僕にはあなたが必要です。僕のことだけを考え、動いてくれる僕だけの番犬としてあなたが欲しいんです」