輝き×惹かれる魂
どこかの教室から吹奏楽の音が聞こえてる。
ルパン三世のテーマは原曲からかけ離れて、ボサノバが夕暮れっぽい。
それがテニス部のかけ声と相まって、まさに放課後の学校らしい演出をしてくれている。
部活動のない生徒はもうほとんどいない。
そこは人の気配を感じながら静寂に浸れる。
切なくも懐かしくもなる。
こういう空気は世界中を歩き回っていて、あるタイミングのあるポイント、
ある気持ちの人間だけが出会うことができる。
タクトはぼんやりと層雲を眺めながら、そんな作り話を考えた。
厚く沈んだ色の雲は、遠く遥かまで続いている。
雲が宇宙を目隠しするのを眺めていると、
自らの思考にもう何千回と問うた疑問が呪文のように浮かんだ。
なんで僕にキスしたの?
□
「私が巫女だって設定覚えてる?」
振り向くとワコが机の横に立っていた。
「せってい?」
頬杖をついたタクトが、目を丸くさせて聞き返した。
いつの間にか現れたことにも、未だ帰らずにいることにも互い触れない。
悪戯に微笑んでみせるワコ。
「そ、私一応巫女なのよ?」
帰りがてらワコにデートに誘われた。
スガタは道場で一般に稽古をつける日だとかで、一緒に帰れないからだ。
「レアだよね!タクトくんとのツーショット!」
「久しぶりだね。今日はなんでもつき合うよぉ!何がお望みですか?お姫様。」
恥ずかしげもなくこういうノリをするのが、タクトのいいトコロだとワコは思う。
顔もスタイルも王子様と言えるレベルだし、その上性格も多少やんちゃだが紳士的ときているから許されるのかも。
「タクトくんてほんと、女の子を喜ばせるのが上手だよね。」
ワコは無意識に言うのだが、男性の視点で見ればいくらでもいやらしい解釈ができる言葉に、タクトは若干頬を赤らめて部活中の男子生徒を気にした。
タクトの心など知りもせず、駆け出したワコは「行こう!」と呼んだ。
タクトはワコが大好きだ。
まだ深く知り合ってもないし、積み重ねて来たものは少ししかない。
けれどそれも含めて、今知っているワコが大好きだ。
二人きりで歩いていると愛しさが込み上げる。
時より体がぶつかると、互いに少し緊張するけど。
そんな初々しい恥じらいも、多分他の女子に感じるものとは違う。
ワコの前ではお互いが、多感な年頃の男女だということが薄れる気がした。
そこには純粋に友情があるからだろう。
「私たちって、知り合ってまだ三ヶ月とちょっとしか経ってないじゃない?」
展望台のある公園のベンチ。
デートスポットだが曇り空だけにほとんど人がいない。
「たった3ヶ月だけど、タクトくんは特別なの。」
タクトはくわえていたアイスティのストローを、ゆっくりと離してワコを振り向いた。
その言葉のニュアンス、海を眺めるデートスポット、そしてワコの慎重な口ぶり。
え、まさか告白??
タクトは素直な喜びと淡い感情を抱いたが、それ以上に困惑した。
えええちょっと待ってよ?!出会ったばかりだし!もっと友達してたい!ああでも!ワコが伝えたいなら・・・・でも!でもスガタは!!!?
「・・・・・・・・・・っぷ!」
ワコが突然吹き出した。
「もうやだ!タクトくんってほんと分かりやすすぎ!告白じゃないってば!」
ケラケラと笑いながらワコがおかしそうに言う。
タクトはバツが悪くなったがそれ以上にほっとする。
「だ・・・・だよね?」
「ふふふ、もう〜!タクトくんのそういう所、ほんと大好き。」
ワコの素直な言葉にタクトは一瞬ドキっとする。
今のも告白じゃない?
「そうじゃなくて、スガタくんのこと。」
ワコは慎重に言い直した。
「スガタ」の名前にタクトの表情が真剣になる。
「出会って僅かだけど、二人の関係とか、様子がおかしいことくらい分かる。」
「二人の関係」その言葉にタクトは心臓が凍るような感覚がした。
「おかしい、かな?」
様子をみるように聞き返す。
「私の前で『普通に振る舞おう』としてることくらいは、分かるよ。」
言葉を強調しながら、ワコはわざとムっとして見せた。
大好きな友人を守りたくて、逆に傷つけていたことに気付く。
心底申し訳なさそうにタクトは眉を下げた。心無しか元気印の赤い髪も項垂れて見える。
ワコの言う通り、最近スガタとはうまくつき合えてない。
そんなタクトに、ワコは優しく微笑んだ。
ベンチから弾けるように立ち上がると、広がる層雲を仰いで言葉を続けた。
「私ね、御祓をしているからか分からないけど、勘が鋭いんだ。」
雨空を抱きしめるように両手を広げる。
「みんなの心の流れが、言葉で表せないけど、感じるの。」
そういうワコの後ろ姿は、たしかにタクトに見えないものを確かめているように見えた。
それはタクトやスガタには一生共有できない感覚で、どこか遠く、彼女が自分達が知り得ない何かにのみ込まれてしまいそうにも思えた。
ワコの儚さに気付く時、この子の気高さと強さが見える気がする。
大気を受け止めるようにその手を自らの胸に重ねる。
「スガタくんの心は、ずっと深いところで眠っていて、ほとんど動かない。」
「固い固い決意があって、信念があって、あの人の心はずっと、同じ場所にとどまってるの。」
ワコは振り向いた。
痛切な表情を浮かべている。
「スガタくんを助けて。タクトくんに出会って、スガタくんの心がやっと動き出したの。あの人をあんな風にしちゃったのは、きっと私なの。」
気付くとタクトが持っていたアイスティーは地面に転がっていた。
「ワコのせいじゃないよ。」
腕の中に包み込むと、思っていた以上にその体が小さいと知った。
「私ね、巫女だって言ったでしょ?」
腕の中でくぐもった声でワコが呟く。
「二人のことは、そんなんじゃなくても分かるよ。友達だもん。」
小さな手がタクトの胸に添えられ、そっと体を離した。
間近に見るワコの大きな瞳は、タクトの赤い髪を移しながら輝いている。
まるでそこではタクトの背後に、銀河があるようだ。
「あなたが来るのを知ってた気がする。」
ねぇワコ、感動的だけど、これは告白じゃないんだね?
「私も、スガタくんも、本当は綺羅星も、タクトくんが現れるのをずっと待ってた。」
タクトはそこに恋愛感情がないことを、少し残念に思いながら嬉しくも思う。
「タクトくんに出会って、これからはじまるんだって、分かったんだ。」
その微笑みは心の底から、タクトに出会えて感謝している。
大好き。
大切。
愛しい。
ワコがあまりにかわいいから、タクトはキスをしたくなった。
けれど衝動で口づけたら、別の感情に傷がつくから。
タクトはその両手を握った。
「ワコは僕が守る。」
「スガタも、僕が助ける。」
ワコは僕が守る。
その言葉に自信はない。
守られてるのは自分の方かも。
「手、つないでてもいい?」
タクトの言葉に、ワコはちょっとドキドキする。
「嬉しい。子供の時以来だ。」
照れくさそうにワコが言う。
「スガタとつないだ?」
「うん、だけどいつの間にか、つないでくれなくなっちゃった。」
二人は公園を後にして、階段へ向かう。
「分かるな〜!僕も手をつなぐの好きだったけど、男はそういうの許されなくなる時がくるんだよ。」
「え〜?」
ルパン三世のテーマは原曲からかけ離れて、ボサノバが夕暮れっぽい。
それがテニス部のかけ声と相まって、まさに放課後の学校らしい演出をしてくれている。
部活動のない生徒はもうほとんどいない。
そこは人の気配を感じながら静寂に浸れる。
切なくも懐かしくもなる。
こういう空気は世界中を歩き回っていて、あるタイミングのあるポイント、
ある気持ちの人間だけが出会うことができる。
タクトはぼんやりと層雲を眺めながら、そんな作り話を考えた。
厚く沈んだ色の雲は、遠く遥かまで続いている。
雲が宇宙を目隠しするのを眺めていると、
自らの思考にもう何千回と問うた疑問が呪文のように浮かんだ。
なんで僕にキスしたの?
□
「私が巫女だって設定覚えてる?」
振り向くとワコが机の横に立っていた。
「せってい?」
頬杖をついたタクトが、目を丸くさせて聞き返した。
いつの間にか現れたことにも、未だ帰らずにいることにも互い触れない。
悪戯に微笑んでみせるワコ。
「そ、私一応巫女なのよ?」
帰りがてらワコにデートに誘われた。
スガタは道場で一般に稽古をつける日だとかで、一緒に帰れないからだ。
「レアだよね!タクトくんとのツーショット!」
「久しぶりだね。今日はなんでもつき合うよぉ!何がお望みですか?お姫様。」
恥ずかしげもなくこういうノリをするのが、タクトのいいトコロだとワコは思う。
顔もスタイルも王子様と言えるレベルだし、その上性格も多少やんちゃだが紳士的ときているから許されるのかも。
「タクトくんてほんと、女の子を喜ばせるのが上手だよね。」
ワコは無意識に言うのだが、男性の視点で見ればいくらでもいやらしい解釈ができる言葉に、タクトは若干頬を赤らめて部活中の男子生徒を気にした。
タクトの心など知りもせず、駆け出したワコは「行こう!」と呼んだ。
タクトはワコが大好きだ。
まだ深く知り合ってもないし、積み重ねて来たものは少ししかない。
けれどそれも含めて、今知っているワコが大好きだ。
二人きりで歩いていると愛しさが込み上げる。
時より体がぶつかると、互いに少し緊張するけど。
そんな初々しい恥じらいも、多分他の女子に感じるものとは違う。
ワコの前ではお互いが、多感な年頃の男女だということが薄れる気がした。
そこには純粋に友情があるからだろう。
「私たちって、知り合ってまだ三ヶ月とちょっとしか経ってないじゃない?」
展望台のある公園のベンチ。
デートスポットだが曇り空だけにほとんど人がいない。
「たった3ヶ月だけど、タクトくんは特別なの。」
タクトはくわえていたアイスティのストローを、ゆっくりと離してワコを振り向いた。
その言葉のニュアンス、海を眺めるデートスポット、そしてワコの慎重な口ぶり。
え、まさか告白??
タクトは素直な喜びと淡い感情を抱いたが、それ以上に困惑した。
えええちょっと待ってよ?!出会ったばかりだし!もっと友達してたい!ああでも!ワコが伝えたいなら・・・・でも!でもスガタは!!!?
「・・・・・・・・・・っぷ!」
ワコが突然吹き出した。
「もうやだ!タクトくんってほんと分かりやすすぎ!告白じゃないってば!」
ケラケラと笑いながらワコがおかしそうに言う。
タクトはバツが悪くなったがそれ以上にほっとする。
「だ・・・・だよね?」
「ふふふ、もう〜!タクトくんのそういう所、ほんと大好き。」
ワコの素直な言葉にタクトは一瞬ドキっとする。
今のも告白じゃない?
「そうじゃなくて、スガタくんのこと。」
ワコは慎重に言い直した。
「スガタ」の名前にタクトの表情が真剣になる。
「出会って僅かだけど、二人の関係とか、様子がおかしいことくらい分かる。」
「二人の関係」その言葉にタクトは心臓が凍るような感覚がした。
「おかしい、かな?」
様子をみるように聞き返す。
「私の前で『普通に振る舞おう』としてることくらいは、分かるよ。」
言葉を強調しながら、ワコはわざとムっとして見せた。
大好きな友人を守りたくて、逆に傷つけていたことに気付く。
心底申し訳なさそうにタクトは眉を下げた。心無しか元気印の赤い髪も項垂れて見える。
ワコの言う通り、最近スガタとはうまくつき合えてない。
そんなタクトに、ワコは優しく微笑んだ。
ベンチから弾けるように立ち上がると、広がる層雲を仰いで言葉を続けた。
「私ね、御祓をしているからか分からないけど、勘が鋭いんだ。」
雨空を抱きしめるように両手を広げる。
「みんなの心の流れが、言葉で表せないけど、感じるの。」
そういうワコの後ろ姿は、たしかにタクトに見えないものを確かめているように見えた。
それはタクトやスガタには一生共有できない感覚で、どこか遠く、彼女が自分達が知り得ない何かにのみ込まれてしまいそうにも思えた。
ワコの儚さに気付く時、この子の気高さと強さが見える気がする。
大気を受け止めるようにその手を自らの胸に重ねる。
「スガタくんの心は、ずっと深いところで眠っていて、ほとんど動かない。」
「固い固い決意があって、信念があって、あの人の心はずっと、同じ場所にとどまってるの。」
ワコは振り向いた。
痛切な表情を浮かべている。
「スガタくんを助けて。タクトくんに出会って、スガタくんの心がやっと動き出したの。あの人をあんな風にしちゃったのは、きっと私なの。」
気付くとタクトが持っていたアイスティーは地面に転がっていた。
「ワコのせいじゃないよ。」
腕の中に包み込むと、思っていた以上にその体が小さいと知った。
「私ね、巫女だって言ったでしょ?」
腕の中でくぐもった声でワコが呟く。
「二人のことは、そんなんじゃなくても分かるよ。友達だもん。」
小さな手がタクトの胸に添えられ、そっと体を離した。
間近に見るワコの大きな瞳は、タクトの赤い髪を移しながら輝いている。
まるでそこではタクトの背後に、銀河があるようだ。
「あなたが来るのを知ってた気がする。」
ねぇワコ、感動的だけど、これは告白じゃないんだね?
「私も、スガタくんも、本当は綺羅星も、タクトくんが現れるのをずっと待ってた。」
タクトはそこに恋愛感情がないことを、少し残念に思いながら嬉しくも思う。
「タクトくんに出会って、これからはじまるんだって、分かったんだ。」
その微笑みは心の底から、タクトに出会えて感謝している。
大好き。
大切。
愛しい。
ワコがあまりにかわいいから、タクトはキスをしたくなった。
けれど衝動で口づけたら、別の感情に傷がつくから。
タクトはその両手を握った。
「ワコは僕が守る。」
「スガタも、僕が助ける。」
ワコは僕が守る。
その言葉に自信はない。
守られてるのは自分の方かも。
「手、つないでてもいい?」
タクトの言葉に、ワコはちょっとドキドキする。
「嬉しい。子供の時以来だ。」
照れくさそうにワコが言う。
「スガタとつないだ?」
「うん、だけどいつの間にか、つないでくれなくなっちゃった。」
二人は公園を後にして、階段へ向かう。
「分かるな〜!僕も手をつなぐの好きだったけど、男はそういうの許されなくなる時がくるんだよ。」
「え〜?」