狩人日記 ~剥ぎ取り不能な日々~
「――決めました。次からはおふたりはクエストに連れてきません。役立たずならばまだともかく、足を引っ張られたり足元をすくわれたり程度ならばまだともかく、ハンターの足場を破壊しやがるようなオトモは存在自体が罪悪です」
「……そこまで言う?」
臨也は不満そうに口を尖らせた。
対して静雄はこういった場合、素直に謝る。
いつもならば、しょげ返った大型犬の風情でうな垂れながら「すまん」と更に頭を下げる。
しかしこのときは違った。
「……ざけるな」
「え?」
「ふざけるな!! こんな危険な場所にオマエひとりで来させられる訳ねーだろ!! モンスターがうろうろしてんだぞ!?」
「僕をなんだと思ってるんですか!! モンスターハンターですよ!? モンスターがいない場所じゃ仕事になりません!!」
変なキレ方をした静雄に対して帝人もキレ返し掛け、慌てて落ち着きを引きずり戻す。互いに感情的になっては、なにも解決しない。
「――とにかく! 今度からは少なくともひとりは置いていきます。おふたりが揃わなければ、少なくとも現場で戦争を始められることはないでしょうから」
なるべく落ち着いた口調でそう言うと、静雄も少し落ち着きを取り戻したように頷いて見せた。
「――ああ、そうだな。そりゃいいな。つーか、オトモは最初から俺ひとりでいいだろ。害蟲を連れ歩く必要はどこにもねえ」
「なに言ってんのさ! 要らないのはシズちゃんの方だろ? バケモノ狩りに行くのにバケモノ連れてってどうすんのさ! てゆーか、こんなひと気のない場所でシズちゃんとふたりきりになるなんて自殺行為だよ。ま、帝人君にレイプ願望でもあるんなら話は別だけど?」
「なにを馬鹿なことを――」
「ざけんなゴミ蟲。誰がレイプなんかするか。帝人は俺の嫁だ、合意に決まってんだろーが」
「――静雄さんも馬鹿仲間ですか。おふたりとも――」
「そうそう、妄想も程々にしないと人間の村から完全に追放されちゃうよ? そもそもシズちゃん、出入り禁止になってる村と街がいくつもあるよね?」
「臨也さんも――」
「ルセエ!! それもこれもテメエが裏で手ェまわして騒ぎを起こさせたんだろーがッ!! 今度も俺を陥れようとして帝人に近づいたんだろうがよ、コイツだけは譲らねえからな……!!」
「―――」
「なにそれ、自意識過剰すぎ! なんでシズちゃんなんかの為にこの俺が態々手をまわすとかそんな真似しなきゃなんないのさ。俺は唯帝人君を愛してるから帝人君のオトモになっただけさ! 他意なんてこれっぽっちもないし、シズちゃんなんかの為に割く労力も欠片もないよ」
「ぁあ!?」
「――もう、いいです」
地獄の底から響くような少年の声に、静雄と臨也はぴたりと動きを止めた。互いに正座から立ち上がりかけた不安定な姿勢だったが、それ以上立ち上がることも座り直すことも出来ずに中途半端な位置で静止する。
「――あー……」
「――帝人、君……?」
ぎこちなく首だけ動かしてご主人を伺えば、どす黒い表情で右手を腰の後ろにまわしている。丁度剥ぎ取り用のナイフが装備されている位置だ。
「――言葉でどれだけ言っても、理解して貰えないようですので――」
するり、と引き戻された手には、ナイフはなかった。
「――僕の怒りを受け止めていただきます」
代わりに一本の筆記用具が握られており、鋭い先端が陽光を弾いていた。
「えっ、ちょっ……!」
「――決してそんなことにならなければと願ってはいましたが、もしも今回も目標から剥ぎ取ることができなかったら――と考えまして、剥ぎ取りナイフの代わりにこれを持参しました。ちなみに無事に狩りが終了した場合には、相応のお礼と引き換えに臨也さんからナイフをお借りするつもりだったんですが――」
「えっ!? 帝人君のお礼!? なにそれもったいないことした!! ちょっとそれやり直しを要求するよ!!」
「黙りなさい、ポポ以下の癖に言葉を喋らないで下さい」
「だって――え?」
筆記用具を構えたまま、じり、と距離を詰める帝人の瞳に本気を見て、臨也は今更ながら本当に身の危険を実感した。
しかし動けない。今逃げたり避けたりしたら確実に捨てられる。
「ねえ、ちょっ、待っ……とにかく落ち着いて帝人君!!」
「なんだ? 帝人が刺してくれんのか? だったら目立つ場所がいいな、手の甲とかどうだ?」
「いや、顔狙うのやめて! これ結構自慢なんだから!!」
「顔か。それもいいな。おい帝人、ノミ蟲なんか放っておいて、俺を先に刺してくれよ。つーかそれが蟲の体液で汚れる前に刺してくれ」
ひとりと二頭の喧騒は、迎えの船が到着して部外者が現れることによって正気づくまで続けられた。
本日のギルドからの討伐報酬―――大半が生肉。
次回 ユクモ村の惨劇!! 帝人が招かれた温泉郷で巻き起こる悲劇!!
『狩人日記 ~湯煙殺人事件~』に続く!! (嘘)
作品名:狩人日記 ~剥ぎ取り不能な日々~ 作家名:神月みさか