目覚め
ツナシ・タクトは途方にくれていた。
(どうしてこんなことに……)
勢いで一緒に風呂に入ろうと誘ったのはタクト自身だ。この南十字島に囚われ続けてきたスガタの苦悩が、そんなことで少しでも和らげればいいと願う気持ちに嘘はなかった。くだらないと呆れられてもかまわない。彼が笑ってくれさえすればよかったのだ。
けれど、それが、吐息が触れるほどの近い距離で、裸の胸元を凝視されている現状に繋がるなどと予想できる筈がなかった。
同じ目線の筈の顔を見下ろすというのも、何か落ち着かない。意味もなくうろうろとさまよっていた目線が、目の前の伏し目がちな顔に吸い寄せられる。つるりと滑やかな白い顔。切れ長の瞳を縁取る睫が頬に影を落としている。
(うわ! 睫なが!)
学園の生徒達は、タクトとスガタをセットで美少年コンビと呼ぶが、スガタと自分を容姿で一括りにするのは無理があると思う。自分への『美少年』には、生徒に混じっている綺羅星十字団の影響もあるからだとタクトは解釈していた。まさか一般生徒の前でも綺羅星達が銀河美少年などと言っているとまでは思ってはいないが、美少年の部分だけが一人歩きしてしまっている可能性は否定できない。
現に、クラスメートのルリやヒロシは、自分には気軽に話しかけてくるのに、スガタには少し緊張するようだ。その近寄りがたいオーラこそ美少年たる所以ではないだろうか。それどころか、ここまで近距離だと、タクトまで緊張してきてしまうほどの威力だ。
そもそも、ここまでスガタがタクトに近づいているのは、シルシを見る為だった。ザメクとのアプリポワゼを成功させたことで、自らにもシルシを得たスガタは、改めてタクトのシルシを確認したくなったのだそうだ。風呂に入るために脱衣所で上半身裸になったら、呼び止められてしまった。
スガタも脱いでいる途中だったとはいえ、男同士半裸でこんなに接近しているのも変な感じだ。
「ぁ」
不意に傷跡に触れられて、驚きの声が漏れてしまった。そっと触れた指先が躊躇うように引いた。
「すまない、痛かったか?」
「じゃなくて。いきなり触られるとびっくりするって」
傷は既に過去のものだ。痛みを覚えることはない。だが、今触られるとドキドキしていることがバレてしまいそうで少し不安だ。
「そうか。じゃあ、改めて。触ってもいいか?」
みなまで答えず、深呼吸して意識を集中させた。胸元が熱くなり、シルシが光って浮かび上がる。と、同時にスガタの胸元にもシルシが浮かび上がった。
「やはり、色が違うのはワコだけか」
互いのシルシを見比べたスガタがそんな感想を漏らした。再び慎重な手つきで、そっと触れる。
(え?)
次の瞬間、タクトは総毛だっていた。シルシに触れた指が、そのまま胸の内側に入って神経を直に撫で上げたと錯覚したからだ。
勿論、スガタの指はタクトの胸板の表面に軽く触れただけなのだが、誰にも触れたことのないシルシは、その程度の接触でも想像以上の刺激として認識されてしまうようだ。
「ちょっとタンマ!やっぱ──ぁんぅ」
まずいと察して止めようにも遅かった。タクトの異変に気がついていないスガタの指先は、慎重に丁寧にシルシをなぞる。少しの動きは、まるでそのまま腹の奥底をくすぐられたかのようだった。こそばゆくって知らずの内に変な声が出ていた。咄嗟にそんな変な声などなかったことにできやしないかと両方の掌で口を押さえたが、無論、手よりも声が耳に届く方が早い。そして、タクトに聞こえた声がスガタにも聞こえない筈がなかった。
先程の比にもならないほどの素早さで手を引っ込めたスガタは、その切れ長の瞳を見開いた驚きの表情のままこちらを凝視している。両手で口を押さえたままのタクトもまた固まっていた。
(今の声って! 今の声って!)
鼻にかかった、まるで甘えたような声だった。そんな声を出してしまった恥ずかしさと、出てしまった驚きと、なによりシルシに触れられた時の未知の感触に心臓がばくんばくんと騒いでいる。
また驚いてしまった声だなんて、都合のよい解釈はしてくれないだろう。見る間にスガタの驚きの表情に紅潮が増していく。そして、多分。タクトもまた、己の顔が赤くなっているであろうことを自覚していた。
居た堪れなくて思わずスガタを押しのけるようにその胸板を押して距離を作ろうとしたが、その指先にスガタのシルシが未だ輝いていることに気がつく。それにまたうろたえてしまって、自分の方が後ずさっていた。
「ぼ、僕、先に入ってる!」
しかし、じたじたとぎこちなくとも、僅かながらも動き出せたことで硬直から逃れられた。よろめきながら、タクトは浴室に逃げ込んでいた。
「わぁ……」
さすがに浴室も広かった。寮のものほどでないにしろ、個人所有であり、左右の壁にそれぞれ一基ずつしかシャワーがなく少人数使用を想定されてこの造りだということを考えると贅沢感は比ではない。ライオンを模した噴水口がまず目に付いた。本当にホテルみたいだ。
身体に纏わりつく湯気の生暖かさが、湯船が適温であることを期待させる。
このまま、身体を洗って入れてしまえばどんなにいいだろうか。タクトは、湯気と共に纏わりつく下半身の布を見下ろした。上は脱いでいたが、急いで浴室に飛び込んだ為に下はそのままだったからだ。
(また戻るのは……ナシだよね)
とはいえ、このままというわけにもいかない。とりあえず、その場で残りを全部脱ぎ、タオルを巻いて隠す。そして、脱衣所への戸を少し開け、押し込むように出入り口付近に置いた。
(うう…僕なにやってんだろ……)
一々動揺して間抜けなことばかりしているような気がして溜息。彼が笑ってくれるのなら呆れられてもかまわないが、それ以外は勘弁願いたい。
そっと戸を閉め、洗い場の鏡の前に移動する。浴用の小さな椅子に座って、シャワーの湯を浴びた。それで少しだけ動悸が治まった気がする。
その時。背後でカラカラと再び戸が開く音が聞こえた。スガタも入ってきたのだと察した途端、納まった筈の心臓がどきんとまた跳ねた。さっき妙な失態を晒してしまった所為で、どうにも意識してしまう。
好奇心に負けて身体を洗いながらちらりと背後を窺うと、湯気に溶け出してしまいそうに白い背中が見えた。先程の妙な空気は流してくれているのだろう。大人びているスガタらしい落ち着き具合だ。
(ていうか。僕が意識しすぎ?)
自問自答に自己嫌悪している心とは裏腹に。目は、スガタの後姿から離せなくなっていた。
(本当……色白いな…スガタの奴)
スガタが腕を上げたりする度に、ぴんと張った背筋に隆起が生まれる。そして腕の動きに合わせて、背中の筋肉が引き絞られたり押し出されたり蠢きを見せる。
古武術をやっているというだけあって、姿勢の美しさもさることながら、肉付きに無駄がない。バネと瞬発のスピードタイプの戦いを得意とする自分とは違う、どしりと構え相手を捌き確実に取っていく技能タイプらしいバランスの良い身体だ。
すっかり見惚れてしまっていたタクトは、スガタが背中越しに話しかけてきていたことに気づくのが遅れたほどだった。
「タクト?」
「え!? な、なに!?」
(どうしてこんなことに……)
勢いで一緒に風呂に入ろうと誘ったのはタクト自身だ。この南十字島に囚われ続けてきたスガタの苦悩が、そんなことで少しでも和らげればいいと願う気持ちに嘘はなかった。くだらないと呆れられてもかまわない。彼が笑ってくれさえすればよかったのだ。
けれど、それが、吐息が触れるほどの近い距離で、裸の胸元を凝視されている現状に繋がるなどと予想できる筈がなかった。
同じ目線の筈の顔を見下ろすというのも、何か落ち着かない。意味もなくうろうろとさまよっていた目線が、目の前の伏し目がちな顔に吸い寄せられる。つるりと滑やかな白い顔。切れ長の瞳を縁取る睫が頬に影を落としている。
(うわ! 睫なが!)
学園の生徒達は、タクトとスガタをセットで美少年コンビと呼ぶが、スガタと自分を容姿で一括りにするのは無理があると思う。自分への『美少年』には、生徒に混じっている綺羅星十字団の影響もあるからだとタクトは解釈していた。まさか一般生徒の前でも綺羅星達が銀河美少年などと言っているとまでは思ってはいないが、美少年の部分だけが一人歩きしてしまっている可能性は否定できない。
現に、クラスメートのルリやヒロシは、自分には気軽に話しかけてくるのに、スガタには少し緊張するようだ。その近寄りがたいオーラこそ美少年たる所以ではないだろうか。それどころか、ここまで近距離だと、タクトまで緊張してきてしまうほどの威力だ。
そもそも、ここまでスガタがタクトに近づいているのは、シルシを見る為だった。ザメクとのアプリポワゼを成功させたことで、自らにもシルシを得たスガタは、改めてタクトのシルシを確認したくなったのだそうだ。風呂に入るために脱衣所で上半身裸になったら、呼び止められてしまった。
スガタも脱いでいる途中だったとはいえ、男同士半裸でこんなに接近しているのも変な感じだ。
「ぁ」
不意に傷跡に触れられて、驚きの声が漏れてしまった。そっと触れた指先が躊躇うように引いた。
「すまない、痛かったか?」
「じゃなくて。いきなり触られるとびっくりするって」
傷は既に過去のものだ。痛みを覚えることはない。だが、今触られるとドキドキしていることがバレてしまいそうで少し不安だ。
「そうか。じゃあ、改めて。触ってもいいか?」
みなまで答えず、深呼吸して意識を集中させた。胸元が熱くなり、シルシが光って浮かび上がる。と、同時にスガタの胸元にもシルシが浮かび上がった。
「やはり、色が違うのはワコだけか」
互いのシルシを見比べたスガタがそんな感想を漏らした。再び慎重な手つきで、そっと触れる。
(え?)
次の瞬間、タクトは総毛だっていた。シルシに触れた指が、そのまま胸の内側に入って神経を直に撫で上げたと錯覚したからだ。
勿論、スガタの指はタクトの胸板の表面に軽く触れただけなのだが、誰にも触れたことのないシルシは、その程度の接触でも想像以上の刺激として認識されてしまうようだ。
「ちょっとタンマ!やっぱ──ぁんぅ」
まずいと察して止めようにも遅かった。タクトの異変に気がついていないスガタの指先は、慎重に丁寧にシルシをなぞる。少しの動きは、まるでそのまま腹の奥底をくすぐられたかのようだった。こそばゆくって知らずの内に変な声が出ていた。咄嗟にそんな変な声などなかったことにできやしないかと両方の掌で口を押さえたが、無論、手よりも声が耳に届く方が早い。そして、タクトに聞こえた声がスガタにも聞こえない筈がなかった。
先程の比にもならないほどの素早さで手を引っ込めたスガタは、その切れ長の瞳を見開いた驚きの表情のままこちらを凝視している。両手で口を押さえたままのタクトもまた固まっていた。
(今の声って! 今の声って!)
鼻にかかった、まるで甘えたような声だった。そんな声を出してしまった恥ずかしさと、出てしまった驚きと、なによりシルシに触れられた時の未知の感触に心臓がばくんばくんと騒いでいる。
また驚いてしまった声だなんて、都合のよい解釈はしてくれないだろう。見る間にスガタの驚きの表情に紅潮が増していく。そして、多分。タクトもまた、己の顔が赤くなっているであろうことを自覚していた。
居た堪れなくて思わずスガタを押しのけるようにその胸板を押して距離を作ろうとしたが、その指先にスガタのシルシが未だ輝いていることに気がつく。それにまたうろたえてしまって、自分の方が後ずさっていた。
「ぼ、僕、先に入ってる!」
しかし、じたじたとぎこちなくとも、僅かながらも動き出せたことで硬直から逃れられた。よろめきながら、タクトは浴室に逃げ込んでいた。
「わぁ……」
さすがに浴室も広かった。寮のものほどでないにしろ、個人所有であり、左右の壁にそれぞれ一基ずつしかシャワーがなく少人数使用を想定されてこの造りだということを考えると贅沢感は比ではない。ライオンを模した噴水口がまず目に付いた。本当にホテルみたいだ。
身体に纏わりつく湯気の生暖かさが、湯船が適温であることを期待させる。
このまま、身体を洗って入れてしまえばどんなにいいだろうか。タクトは、湯気と共に纏わりつく下半身の布を見下ろした。上は脱いでいたが、急いで浴室に飛び込んだ為に下はそのままだったからだ。
(また戻るのは……ナシだよね)
とはいえ、このままというわけにもいかない。とりあえず、その場で残りを全部脱ぎ、タオルを巻いて隠す。そして、脱衣所への戸を少し開け、押し込むように出入り口付近に置いた。
(うう…僕なにやってんだろ……)
一々動揺して間抜けなことばかりしているような気がして溜息。彼が笑ってくれるのなら呆れられてもかまわないが、それ以外は勘弁願いたい。
そっと戸を閉め、洗い場の鏡の前に移動する。浴用の小さな椅子に座って、シャワーの湯を浴びた。それで少しだけ動悸が治まった気がする。
その時。背後でカラカラと再び戸が開く音が聞こえた。スガタも入ってきたのだと察した途端、納まった筈の心臓がどきんとまた跳ねた。さっき妙な失態を晒してしまった所為で、どうにも意識してしまう。
好奇心に負けて身体を洗いながらちらりと背後を窺うと、湯気に溶け出してしまいそうに白い背中が見えた。先程の妙な空気は流してくれているのだろう。大人びているスガタらしい落ち着き具合だ。
(ていうか。僕が意識しすぎ?)
自問自答に自己嫌悪している心とは裏腹に。目は、スガタの後姿から離せなくなっていた。
(本当……色白いな…スガタの奴)
スガタが腕を上げたりする度に、ぴんと張った背筋に隆起が生まれる。そして腕の動きに合わせて、背中の筋肉が引き絞られたり押し出されたり蠢きを見せる。
古武術をやっているというだけあって、姿勢の美しさもさることながら、肉付きに無駄がない。バネと瞬発のスピードタイプの戦いを得意とする自分とは違う、どしりと構え相手を捌き確実に取っていく技能タイプらしいバランスの良い身体だ。
すっかり見惚れてしまっていたタクトは、スガタが背中越しに話しかけてきていたことに気づくのが遅れたほどだった。
「タクト?」
「え!? な、なに!?」