目覚め
こっそり見ていたのがバレたのかとたじろぐタクトの焦りを助長するように。タオルを片手に持ったスガタが背後へと歩み寄ってきていた。遅いと解っていながら一度前に戻した視線を、再び、スガタへと戻す。
予想に反して、スガタはタクトに微笑みかけてきていた。
「だから。こういう時は背中を流し合って、裸の付き合いをするもの──なんだろ?」
どうやら、いきおいで言ったタクトの提案に乗ってきてくれているようだ。しかも、その案はタクトが考え付かなかっただけで、確かに一理あるものだった。
他愛ないことかもしれないが、スガタが前向きに受け入れてくれているのだと解って嬉しくなる。
「うん、そういうの、アリ! おっねがいします♪」
おどけて頷いて、スガタの方へ椅子をずらす。快く引き受けてくれたスガタが、丁寧に背中を洗ってくれる。ちょっとくすぐったくて肩を竦めると、「動かないで」と窘められる。なにもおかしくないのに、タクトはクスクス笑っていた。
そうっと湯を掛けられ、泡を流したら次はタクトの番だ。タオルに液体ソープを押し出し泡立て後ろを振り返る。
「今度はスガタな。ほら、交代、交代」
「よろしくおねがいします」
スガタものってくれて、先程のタクトをまねるようにおどけた口調でその場で背を向けた。その背に、揚々とタオルを滑らせたのだが。かえってそれが裏目に出てしまった。
「ごめん、タクト。ちょっと痛い」
ガサツな自分の力では、お坊ちゃまのスガタには強かったようだ。控えめに申告されてしまった。
「わ、ご、ごめん!」
別にタオル自体に罪はないのだが、思わずタオルをどけて強く擦ったであろう部分を撫でてしまう。スガタは気にしないという風だが、タクトは反省である。
(スガタこんな色白いんだもんな……。すべすべしてるし、僕なんかより繊細なんだ)
大丈夫かなと探る指先が、強すぎたことを物語ってその一筋が赤くなっているのを発見する。罪悪感を呼ぶはずのそれは、しかし、その白い背中においては妙になまめかしくタクトの目に映った。
どきんと。無理矢理治めた筈の鼓動が、再び騒ぎ出す。
友達相手に間違った反応だろうと、再び沈めようと試みている間に。怪訝に思ったのかスガタがちらりと見返してきた。切れ長のスガタの瞳でそう見られると、まるで流し目のようで、タクトはすっかり見惚れてしまう。
(わ! わ!)
そうなると、どきどき程度で納まらないのが男の困ったところだ。友情形成には不必要であろう事態の気配を感じて、タクトは軽いパニックに陥った。効果的な方法など思い浮かぶ筈もなく。咄嗟に一番手近にあった桶をひっくり返し、全部をうやむやに流すという強攻策に出てしまう。
(ごめん!スガタ!)
「うわ!」
突然のお湯に驚いているスガタの横をすり抜け、湯船に避難する。当然のことながら、何事かと問いただしてくるスガタを言葉を濁して誤魔化し、タクトは必死に邪な気配を振り払いにかかっていた。
しかし、二人並んで湯船に浸かっていてはそれもままならない。お湯が邪魔してはっきり見えないとはいえ、無色透明の湯では、少し視線をやると、意識し始めてしまったスガタの裸体が見えてしまうのだ。落ち着くどころの話ではない。それどころか、もう足先でもまともにスガタが見られなくなっていた。
しかも、この後は枕投げと言ってしまったから、スガタと一緒に同じ部屋で寝ることが待っているのだ。まさか自分がこんな状態になるとは予想もしていなかったとはいえ、いきおいで言ってしまった自分をタクトは既に後悔していた。
(イッツァピーンチ……)
ああ、神様。僕、どうなってしまうのでしょう?