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[ギルとエリザで]なでてもいいのよ?

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俺の朝はホットミルクから始まる。
 ことに冬場は、絶対ホットミルクだ。
 ギリギリまで睡眠を取って、朝起きぬけに冷たい牛乳を飲むと、即トイレに籠ることになる。 そうすると、学校のトイレでそそくさと用を足すのとは違ってかなり本格的に用が済むまでじっくりと腰を据える結果になり、結論として遅刻する。ホットミルクだと、胃に入って効能を及ぼすまでに若干のタイムラグが生まれる。よって籠るのは学校のトイレになる、学校のトイレだと家ほどゆったりはできないから、遅刻しなくなる。
 俺様の明晰な頭脳により導かれた結論は偉大だ。
 というわけで、朝はホットミルクを一杯胃に流し込み、全寮制の癖に自転車か電車でないと不便な距離にある我が母校まで全速力で自転車を漕ぎまくり、購買で朝飯のパンを確保したら速やかにトイレに駆け込むのが俺のスケジュールだった。
 
 そもそも、この学校は寮からの通学経路が、電車で二駅の回り道か、自転車で坂道を必死こいて駆け上がるかの二択しかない。そりゃあ体力自慢の一部生徒は走って上ったりもするが(俺の自慢の弟が、当然のようにここに含まれることは追記しなくていいよな?)、平均的な体力の生徒はだいたいどちらかの経路を選んで、どちらにしても30分の道を通うことになる。俺は体力づくりと節約を兼ねて自転車派だが、節約のためにと自転車にしてみたものの体力が持たないってんで電車派に乗り換えるくそ坊っちゃんのような軟弱者だってもちろんいる。
 
 で、いつものように購買でパンを二つと牛乳(育ち盛りの定番だからであって弟に身長を抜かされたのは関係ない)を買って机に放り込み、朝練の連中がはけて人気のなくなった体育館のトイレに引き籠る。
 ところが今日に限って、腹痛がどうも治まってくれない。
 予鈴が鳴っても一向に治まらないどころか、いつもの一瞬の腹痛じゃないキリキリした痛みがアバラの下あたりで突如湧いたり引っ込んだりし始めた。
 なんだこれ痛ェ、が、もしかして俺ここで死ぬの?いや死ぬような痛みじゃねーと思うけど、助けは呼んだ方がいいんじゃねえの? くらいの軽い混乱に変わって来た。
 誰もいないのをいいことに、うーんうーん、いてぇ、と漫画のように唸ってみる。わりと気が紛れる気がする。このまま痛い痛いと唸って紛らわしておきながら、腹痛の波が引っ込んだら保健室に移動してちょっとベッドを借りようと思った。ついでに症状を伝えて痛みどめでも貰って、一日寝てれば治るだろう。
「痛ぇ」 
 ああ、もしかしてこれ胃痛なのか。
「ってぇ~」
 俺様超繊細なんじゃね? 薄々気づいてたけどやっぱ、神経細やかなんじゃね? ところで体育館のトイレすげー底冷えするけど腹痛的には最悪の環境じゃね?
 脂汗が額をつたい落ちて、その気持ち悪さに顔を上げて深呼吸した。腹痛ごときにまどわされて、随分思考がぐるぐる上滑りのフル回転になってきてる気がする。
 とりあえず、もう出るもんがあるわけじゃなし(下ネタで悪い)、トイレを出てせめて腹を冷やさない場所に移動しようと思って個室を出たら、予想外の顔が外にいた。
「!?」
「うわ、顔色わる」
「!?!?」
「何よ」
「…男子トイレ」
 ここは男子トイレだろ、お前なんでこんなところにいるんだよ、外ならともかく個室のドアの間近なんですけど、どういうことなの、と一気にたたみかける予定が、腹痛の波に発言を遮られて単語のみ押し出す形になった。
 くの字に曲げた背中をさすられる。
 手のひらのあったかみが沁みた。
「今日は絶対遅刻しないだろうと思ってたのにあんたがいないから、どうしたのかと思って見に来ただけよ」
 男子トイレに乗り込んでおきながら顔色の一つも変わらないこの女子高生はエリザベータと言い、俺とこいつはもう振り返るのも悲惨なくらい長いこと腐れ縁である。
「うるせーよスケベ」
「好きで入ってたわけじゃないわよ、あと3分唸りっぱなしだったら先生呼ぶつもりだったんだから」
 老人のように背中を曲げてエリザに付き添われたまま、体育館を出て小講堂に入る。大きめの授業がない限り使われない場所だから、しばらく俺が唸ってたところで問題はないだろう。
 エリザが空調のスイッチを入れて戻ってくる。少なくとも隙間風のない場所に腰を落ちつけたので、冷えによる腹痛は治まってきた。そもそも俺は丈夫な方なので、回復は早い。
 ただ、ちくちくするような痛みはまだアバラの下あたりに残っていた。
「くっそー、はらいてー」
 忌々しく吐き捨てて机に突っ伏す。
「はいはい、保健室行く?」
「めんどい」
「ja」
 エリザの手が伸びて来て、俺の頭をわしゃわしゃ撫でだした。失礼な奴だ。世が世ならお前ごときが撫でられる頭じゃねえんだ。
 俺の頭を撫でられるのは親父くらいと相場が決まって、決まってるんだ。
 思いだしてはいけない単語を思いだして、急激に腹の痛みが鋭くなった。
「…っってぇ…」
 身体を捻じ曲げて腹を抱える俺を、無神経な柔らかい手のひらがさっきと同じリズムでずっと撫でている。馬鹿かお前は。なんかもうちょっと、心配したりとか、驚いたりとか、…したら、容赦なく追い出してやるのに。
 こんな時ばっかり空気読みやがって。
「残念だったわね、授業参観」
 世間話みたいなタイミングでそういうこと抜かしやがって。
 残念ながら俺様は優秀で、親父に全幅の信頼を置かれているからして、授業参観ごときに親父が来られなかったからって残念がるようなことはしないのだが、こいつは分かっていない。
 航海士という職業柄、遠い外国への長期出張が頻繁にある親父が、学校行事に合わせて帰国できるような奇跡がたびたびあるとも思ってない。もとから当てになんかしていなかったのだから、それに傷つくような神経は持ち合わせていない。
 エリザの手のひらは犬猫でも撫でるように無心に俺の後頭部を撫でている。
 いい加減撫でさせ料として幾らか金とってもいいんじゃねえの、と思ったあたりで、もう一度強い差し込みが来た。情けなく呻いて身体を丸める。
 俺様の神経の繊細さったら本当に健気なもんだ。
「あんた、初めて学年一位だったのにね」
 定期テストの結果をエリザが不意に口にする。
 俺のたゆまぬ努力の結果、奪った一位の座を褒め称えるのは良しとしよう。廊下に張り出された順位表のてっぺんに威風堂々刻まれた俺様の名前の前に跪いたっていいんだぜ。けど、今このタイミングだと、親父に見てもらえなくて悔しかったみたいじゃねえかよ。
「ざけんな!淋しくなんかねえ!頭さわんなよっ!ば、バカにすんなよっ」
 顔を上げる気力もなく、そのままの姿勢で怒鳴ったら、アホみたいに間抜けたくぐもり声になった。
「別にしょげてねぇし!変な同情すんな!」
「私は元気づけてるわけじゃなくて、単に髪の撫で心地確かめてるだけよ」
 エリザはそれっきり、俺の発言の一切合財を無視して俺の頭を撫で続けることに決めたようだった。
 そういえば、そもそも朝飯を食う時間がなくなったのは目覚まし代わりにしてたこいつのどなり声がなくなったせいだ。