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ディストーション

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‐ディストーション‐


 「明日の××時に、例の店で。」
 昨夜一方的に電話を切った相手に少々の苛立ちを感じつつ、いつもの店の扉を開け、見慣れた銀色を探した。ガラの悪い連中の最中にあってもなお目立つその銀色・・・否、それ以上に彼を目立たせるその不機嫌なオーラは、店の隅で1人でいるにも関わらず、彼を見つけるのを容易くさせている。
 「ネロ!」
 遅くなって悪かった、と声をかけると、ネロは不機嫌の色を隠さず一瞥をくれてから、グラスに残っていた酒を呷った。もう既にかなり飲んでいるのだろう。あまりこういうくだらないところで無茶をするタイプではないと思っていたのだが、どうやら見込み違いだったようだ。
 「・・・座れよ。」
 予想外だったが、遅刻を咎めることもなく彼は顎で向かい側の席を示した。ちいさなテーブルを挟んだ壁際の椅子に、慣れた様子で腰を下ろすのを見計らったように、店の若い女がやってくる。ネロはそんな彼女に目を向けず、半ば押しつけるように彼女にグラスを渡した。やれやれ、と俺と彼女はちらりと目配せをする。酔った人間を相手にするのは慣れっこの彼女にしたも、こういう客はどうにも扱いづらいらしい。俺は彼女に向かってちょっと眉根を寄せながら、いつものやつを、と頼む。
 「お前は?」
 「同じのでいい。」
 「まだ飲むつもりなのか。相当飲んでるんじゃないのか?」
 「・・・うるせぇな」
 子ども扱いをされるのが未だに気に入らないらしい。彼女がカウンターに戻ったのを確認し、先に口火を切ろうという気もなさそうな彼に溜息をついてから、こちらから声をかけてやる。こいつと知り合ってからというもの、どうにも溜息が増えて仕方ない。
 「何をそんなにむくれてるんだ。そんなに遅れたのが気に入らなかったか?」
 「・・・別に。」
 「もともとお前が一方的に来いって言ったんだろう。こっちにだって都合がある。」
 「だから、別に気にしてねぇって!」
 苛立ちのすべてをぶつけるように、力いっぱいテーブルを叩いてから、キッとこちらを見据える。酔って焦点の定まらない瞳で凄まれたところで、何の迫力も感じやしない。本人もそれに気付いたのだろう、舌打ちをしてから、小さく溜息をついた。先刻の彼女が、気まずそうにグラスを二つ、差し出した。可能な限り愛想のいい笑顔でグラスの片割れを受け取って、一息に中身を飲み干した。もう片方はネロの前にそっと置かれたが、手をつける様子もない。
 重苦しい沈黙が、互いを支配する。相変わらずネロはだんまりを決め込んでいる。やれやれ、何だって俺は一方的に呼び出された挙げ句、こんなガキの面倒まで見ないといけないのだろうか。とはいえこのままでは埒が明かないのは明白だ。時にはこちらが寛大な態度を見せてやらなければならないのだろう。
 「で、突然呼び出して何の用だってんだ・・・ボウヤ?」

作品名:ディストーション 作家名:柳田吟