ディストーション
「まったく・・・慣れない癖に無茶するなよ。」
呆れたように呟きながら、酔い潰れたネロに肩を貸してやる。一瞬、ネロは何か言いたげな瞳をこちらに向けたが、何も言わず俺の肩に体重を預けた。彼と酒を飲んだのはこれが初めてという訳ではないが、それにしても彼の今晩の酒量は相当のもので、おそらくこれほどに飲んだ経験など無いのではないだろうか。
結局互いが口をきいたのはあれきりだった。俺の質問にネロは答えようとしないし、俺もまたそれ以上に尋ねてやる気にならなかった。この場に無理やり俺を呼び出したのにもそれなりの理由があったのだろうし、それを語らないことにもまたそれなりの理由があるのだろう。そもそもが厄介なものなのだ、ヒトの感情というものは。
明け方の近い夜の街を、その重みを背負って歩いていく。
「・・・聞かないんだな。」
ぼそりとネロが呟いた。どうしたものか、と暫し逡巡してから、口元に少し笑みを浮かべて、わざとらしく言ってのける。
「ま、いろいろあるんだろ?おまえにも。」
分かったように口をきいてやると、ネロもまた同じように口元に笑みを浮かべてぼそぼそと何かを呟いたが、俺には意味のある言葉として受け取ることはできなかった。
月が綺麗な夜だ。空はそろそろ白んできているが、月はまだその明るさを空に残している。冬の朝の独特の冷たい空気を肌に感じながら、こういうのも悪くないな、などとぼんやり考えていると、不意にネロが足を止める。何だよ、歩けないほどひどいのか、とからかうように尋ねると、思いに反してネロは困ったような顔をする。
「違う、違うんだ、そういうんじゃない・・・ダンテ、俺は・・・」
先刻までの態度とはまったく違う、縋るようなネロの言葉、表情に、俺は何も言わず次の言葉を待つ。ネロは一瞬躊躇してから、思い切ったように、そしてその切迫した様子はそのままに、言葉を繋げる。
「俺は、もっと・・・強くなりたい。」
唐突なネロの言葉に、一瞬声を失う。強くなりたいという言葉をネロの口から聞いたのは、これが初めてというわけじゃない。ただ、こんなに切羽詰まったような、悲痛なまでに必死な言い様は初めてで、それが俺を戸惑わせた。
体重を崩しかけたネロを慌てて両手で支えながら、尋ねる。
「・・・お前は十分強いだろう?」
「強くなんかない!・・・俺はきっと、大事なものを守れない・・・」
唇を噛んでうつむくネロにかけてやる言葉が見つからない。ネロはそれ以上何も言うつもりはないようで、黙ったまままた再び歩き始めた。支えていた片腕を離してから、もうまともにネロのことを見ることができなかった。
『何か』が不安で不安で、仕方ないのだろう。守るべきモノを持つということは、まぁそういうことだ。漠然とした不安をぶつけずにはいられない時だってあるのだ。そんなネロに対して俺ができることは、彼が道を過たないようにこうして隣を歩いてやることくらいだ。何と無力なことだろう。
「お前は十分強い、ネロ・・・」
再び呟いた言葉は、項垂れるネロに届いただろうか。
月がようやく光を顰めたその後を引き継ぐように、空はますます白みを増している。もうすぐ、夜が明ける。
-了-