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アツヤがちょっと幸せになる話

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 日の短くなった12月の東京は、まだ17時だというのにすでに街灯なしでは歩けないほどに暗くなっていて、寒さこそ大したことはないものの、もうすっかり冬なのだということを認識させられる。
 北海道の冬は、もっと凍えるくらいに冷たくて、そして澄んだ空に信じられないほどたくさんの星が光る。俺は、ときどき故郷の冬を思ってひとり感慨に耽ったりするのだが、それを士郎に言ったことは一度もない。東京に越してきて瞬く間に時が過ぎたが、その間、慣れない暮らしに四苦八苦しながら懸命に生活をする士郎を見てきたから。アルバイトをして、学校に通って、家事をして。
 結局、士郎の居場所を見つけてやるのだと言って俺はこうして士郎の中にいるのに、住む場所も傍に置く人間も、士郎はすべてひとりで見つけてしまったのだから、いやになる。俺以外の人間に、「しあわせだ」なんて、ああ……、俺の知らないところで勝手に俺の願い叶えてるんじゃねえよ。なんて。
「ねえ、アツヤ」
 唐突に、士郎が口を開いた。周囲には誰もいなくて、気が付けば家まであと5分という距離だった。
(なに)
「あのさ、ちがうならちがうで良いんだけど、その……」
 士郎は立ち止まって、何度かもごもごと言葉を呑み込んだ後、意を決したように言った。
「アツヤって、染岡くんのこと嫌いなの?」
 あまりに唐突な質問に、暫し呆然と言葉を失ってしまった。
「だって、染岡くんが家に来るとなんか機嫌悪くなるし、染岡くんのことあいつとかあの男とか言うし」
(……なんだよ……俺があいつのこと嫌いだったらなに?)
「やっぱ嫌いなんだ」
 なんだよ、なんなんだよ突然。レジに並んでる間もスーパー出てからここまで歩いてる間もずっと黙ってると思ったら、そんなくだらないことを考えていたのか。
(……そうだよ)
 そんなこと聞いて一番悲しいのは士郎自身だろうに、馬鹿だな。
(だってあいつ、最初の頃なんて兄貴のことめちゃくちゃ嫌ってたくせに、急に認めただのなんだの言い出して何様だよ。頭かてえし、うるせえし、面倒くせえし、顔こわいし、俺より背高いし……)
 恋愛事となると奥手だし、士郎はこんだけあいつのこと好きなのに、なんで返してやらないんだよ。言葉で言えよ、行動で示せよ、士郎はお前のことをまじで大好きなんだよ察しろよ。本当に焦れったくなる、いらいらする。……なのにいつだって士郎のこと一番幸せにしちまうのもあいつで、ああ、ちくしょうむかつく。むかつく、けど。
(……ちがう、そうじゃないんだ)
 そうじゃないんだよ、士郎。
 俺があの男を嫌いでも、そんなのはどうだって良いことなんだ。俺が欲しいのは、士郎が幸せであるという事実だけで、だから、でも、それなのに。
(兄貴は、それで幸せなんだろ?)
 心臓なんて、あの雪山の中に置いてきたはずなのに。
 なぜだか今、すごく寒いんだ。俺の心臓が半分落っこちて、そこを北風がひゅうひゅう通るみたいに。
 あの男を嫌いだからじゃない。だけど、だったらどうしてこんなに寂しいのかというと、その理由を俺は知らない。
 士郎はしばらく黙っていて、そうしてゆっくり、「うん」と小さく頷いた。それからそっと手袋をしていない手でマフラーに触れた。
「うん。大丈夫、幸せだよ。……でも、僕が幸せなのはね、アツヤ」
 士郎はそこで、言うのをやめた。二人して暫く沈黙した後、士郎は、
「……やっぱやめた。なんでもない」
 と言って、歩き始めた。俺は、ちっと一回舌打ちをした。
 馬鹿だな士郎と、俺は思った。
(一緒の身体なんだから、兄貴の考えてること全部駄々漏れなんだけど……)
「ふふ、うん。知ってる」
(……くそっ)
 俺の心臓に取り憑いた寂しさの正体を俺は知った。死んだ俺が士郎の心に取り憑いたことと、きっと同じことだった。本当はずっと前から知っていたのかもしれない。
 士郎は楽しそうに鼻歌なんて歌いながら、暮れていく東京の町をリズムを取りながら歩いた。それは小さい頃によく歌った歌だった。なんだか俺はたまらなくなって、「うるせえ兄貴」と悪態をついたら、士郎はけらけらと声に出して笑った。
「今日は気合い入れて作るよ、完璧においしい肉じゃが3人分」
(仕方ねえな、肉じゃがで勘弁してやるよ)
 士郎は笑って、幸福そうに頷いた。