二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

アツヤがちょっと幸せになる話

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 



「えー、カレー? 先週も食べたじゃない」
 買い物かごを片手に携え、人混みのざわめきに紛らせて士郎が言った。
(うるせえな、俺は今日カレーが食いたいんだよ)
「だめだめ、今日は肉じゃがって決めてるの。カレーはまた今度ね」
 夕方のスーパーは混み合っていた。士郎は人の間を縫って歩き、ときどき立ち止まって野菜を手に取ったり肉の値段を見比べたりしながら、次々と買い物かごに食材を入れていった。
「今日は染岡くんが遊びに来る日だから。染岡くん肉じゃが好きなんだってさ、アツヤ」
(……知らねえよ)
 士郎は俺の言葉に苦笑して、それでも何がそんなに嬉しいのか幸せそうに顔をゆるめた。そんなだらしない顔で歩いてたら周りから不審がられるだろうに。周囲の目には、士郎はひとりしか映らないのだから。
(兄貴、顔)
「え、あ、ごめん」
(みっともないからニヤニヤすんなよ。ていうかあの男週に何回来てるんだよ……エロ男)
「え、わ、ちょっ……なんてこと言うのアツヤ!」
 玉葱の袋を取りこぼしそうになりながら、慌てた様子で士郎が言った。本当のことだろ、と俺が更にぼやくと、士郎はたちまち顔を赤くして手に持った玉葱を乱暴に買い物かごに放り込んだ。
「もう! ちがうよ、染岡くんはそういうんじゃないよ!」
(いや、だっていつも家に来るたび……)
「わあ! わあわあ! もう! 見ないでよアツヤのエッチ!」
(同じ身体なんだから仕方ねえだろ! 俺だって見たくねえよエロ兄貴)
「え、えろくないもんっ!」
 士郎が頬を真っ赤にして、むきになって大声を上げた。
 途端、当然のことながら、周囲の視線が一斉に士郎にそそがれる。士郎の大きな、しかも訳の解らない独り言を聞いては、不審がるのも無理はないけど。
「うわ、もー! アツヤの馬鹿」
 ひそひそと小声でつぶやいて、士郎はそそくさとその場を後にした。紅潮した頬をマフラーで隠す士郎を、馬鹿はお前だと小声で罵ると、士郎は暫し黙った後に唐突に足を止めて、何が可笑しかったのかくすりと小さく笑いをこぼして、もう一度「アツヤの馬鹿」と呟いた。そうしてすぐに、士郎の思考は今日来る客人のことへと移っていってしまったのだった。


 吹雪士郎は、ある日突然変わってしまった。
 それは、大人になったとも言えるし、年相応になったとも言える。俺にしかわからない程度の変化とも言えるし、そもそも変化したということ自体が陰鬱な気持ちに取り憑かれた俺の妄想だとも言える。
 だけどよく考えれば当然のことだ。生きている士郎は俺とは違って、常に成長し続けている。
 俺には、ずっと何年も、たったひとつしかないけれど、士郎には大事なものがどんどん増えていくのだから。俺とは違うんだ。どんどん、士郎は前にいく。

 そもそも俺が士郎の中にいるのには訳があって、俺の願いは昔も今も、士郎に幸福な居場所を見つけて欲しい、それだけだった。
俺が俺として最後に見たのは真っ白な無の空間で、そこは息を呑むほど美しい場所だったことを覚えている。今にして思えば埋まっているのに変な話で、確かに不自然なほど明るかった。
 俺は、真っ白な世界で身動き取れないまま、虚ろな意識の中で士郎の声を聞いた。それが本当に士郎の声だったのか今ではわからないけれど、士郎は俺の名を呼んでいて、俺は目を閉じて士郎のことを思った。声がするということは士郎は無事なのだろう。俺はもう声を上げることも出来ない。身体中の体温が自分を包む雪に急激に奪われていくのがわかり、次第に息が苦しくなっていく。
 泣き虫で甘ったれの士郎がひとりで生きていくことなんて、出来っこないと俺は知っていた。だから士郎が生きているということを知り、こんな残酷なことはないと思った。せめて父さんと母さん、どちらかひとりだけでも良いから士郎についててあげて欲しいと思ったけど、それは無理だと何故だか俺は知っていた。士郎も俺たちと一緒に死ねば良い、と思った。そうしたら士郎ひとり置いてけぼりにしなくて済むのに、ああ、士郎、……助かっちまうなんて運のない奴。
 士郎はもともと学校では一目置かれる存在だったし、家の中でも外でも俺とばっかりつるんでいて、その上家族を失ったら、士郎の居場所なんてどこにもないんじゃないかと思った。そしてたぶん、本当に士郎の居場所がこの世のどこにもないのだとしたら、それはきっと俺の所為なんだと思った。だからせめて士郎が士郎にとって幸せな居場所を見つけてくれるまで、俺が傍にいようと決めた。それが俺の望みでもあった。