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年下のオトコノコ

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「これが、被疑者から一番大事な人間を聞きつける誘導尋問法よ」
「覚えておくよ」
 ドールは口元だけを笑みの形に緩め、言った。
「私は『あの子』が『レッド』だなんて一言も言っていないのにね…」
 レンは、耐えられないと、大爆笑する。
「あの『クレイジーヒューズ』をここまで掻き乱すなんて、大物だな…レッド君!」
「IRPOにスカウトするかしら?」
「ヒューズの天敵として?」
 ギャハハ! と、今ここに来たコットンを爆笑の渦に巻き込む。
 だが、ドールは内心自らの冗談を悪くはないと思っていた。
 レッドはとても強いが、強いだけじゃないところこそが、正義の番人に相応しい。
 そして――ともすれば自らの命すらブチ切りそうな、ヒューズの安全回路としても。
「キューキュー!」
「…・…―・…」
 いつの間にやら更にメンバーに加わっていたラビットが、コットンと機械語とモンスター語を交えて会話をし、頷きあっていた。
「マジかよ…」
 レッド、恐ろしい子…! と、恐れすら滲ませ出したレンへ、気配なく隣に座るサイレンスが黙って頷く。
 しかし、真の恐怖は、まだこれから。
「さて、この大きな借りを、ヒューズにはどうやって返して貰おうかしらね」
 人形の冷たい笑みに、残りの腕利き捜査官たちが、命の危険を感じたという……。


「久しぶりだな、会いたかったぜ!」
 ――シュライクの発着所に辿り着いたヒューズに、笑顔のレッドが先制パンチをくれる。
 何ら含みもない純粋なセリフなのに、いきなり心臓に大ダメージだ。
 加えて、上る心拍に伴う血流が、ヒューズの頭の芯をふわふわとさせる。
「休みにわざわざ悪ぃな、引越しを手伝ってくれるんだって?」
「へっ?」
 思わず間抜けな返事をしたヒューズに、レッドは訝しげに眉根を寄せる。
「ドールから話を聞いてないのか?」
「そういうことか」
 ……やられた。やっぱりな。
 レッドの表情が一層曇った。キレるか?とでも心配しているのだろう。
「で、何処に引っ越すんだ?リージョンシップの手続きとかは?」
「いや?シュライクからはでないぜ?」
「は…?」
「同じシュライクでも、オレと妹の学校が近い遠方へ引っ越すんだ」
 ここにきてヒューズが幾重にも騙されたと悟ったのだろう。様子を窺うように見つめてくる。
「くそっ!ドールの奴!」
 思い切り空の彼方へ振り仰いで毒づくも――彼女も彼女なりに、らしくないヒューズに気を利かせてくれたには、違いない…。
「……で、俺は何をしたらいいんだ?」
 空から戻ってきたヒューズの、意外と穏やかな視線に、いつキレるかと緊張していたレッドは完全に不意をつかれ、色んな意味でドキリと驚いた。
「あ、ああ…とりあえず、大き目の家具を運ぶのを手伝って欲しい…」
「へいへい」
 ちょっとレトロな感じのレンタルトラックに促され、わざと外股気味で歩きながら、ヒューズは嘆息する。
「おっさん、怒るなよ…うちの母さんの手料理は美味いから、さ」
 共にブラッククロスを追っていた時と何ら変わらない、公然の秘密のヒーローの、ごく日常の姿。
 事件とは違うスリル―――どうやって、共に旅する仲間以上に近くなろう?
「本当だろうな?」
「もちろん!」
 あからさまにホッとしたレッドの笑みに、肩を揺らして笑う。
 ……本当、参った。本気で、参っている。コイツに。
 黙って運転席に着けば、また変な顔をした。
「何か変だぜ…上機嫌だな。さては、バカンス先とやらで見つけた可愛いコでも思い出したんか?」
 果たしてヒューズは、手元でエンジンをかけながら、助手席に座ったレッドに首を巡らせ目を細めた。
「ああ、そうだな」
 ―――カワイイ、年下のオトコノコを。
 思いの外深い男の笑みに、レッドは背筋が伸びるほどビックリしてから、しかめ面。
 何か、面白くない。
 そんなイイ相手がいるなら無理してこっちに来なくても…いや、そんな話を聞かされてしまったら、あのおっさんがオレの事なんて忘れ去り、あんな笑みを可愛いコにだけ向けてイチャイチャするのを想像してしまって、落ち着かない。
「おい、素晴らしい事にカーナビひとつないようだが?」
 レッドのもやもやは、不意にかけられたヒューズの感嘆の声で何処かへ行った。
「ああ、タダで借りたんだ…俺が案内するから、いいだろ?」
 ヒューズは口笛を吹いた。早速、ドライブデートか?
「とりあえず、R-310へ行ってくれ」
「了解。こりゃ、長い旅路になりそうだ」
 それでは、精々、過程を楽しむ事としよう。
 このロマンもクソもない引越し行で、いかに、自分の心の中でデート要素を盛り込むかという世にも詰まらん妄想を交えるのも、乙というものだ。
「出発ー♪」
 そんなヒューズの内情を知りようもないレッドが、まずは前方を指差し出発のときの声を上げる。
「アイアイサー…」
 まだまだ人生楽しむ気満々のガキの指図に従って、ヒューズは上機嫌でアクセルを踏んだ。
 人生は、解らないものである。
 このクソガキがカワイイと思える日が来るぐらい、波乱に満ちている―――上等じゃないか!


 そんなつもりはなかったのに、思わぬ情感が齎した、何もかもが真新しくなるそれぞれの旅立ち。
 その第一歩は、今日この日だった。


「しかも、壊れるかよ、フツー! どんなポンコツだよ!」
「うるせー!!」
「おい、レッド直るんだろうな? お前、機関士だろ!?」
「リージョンシップとトラックを一緒にするなよ!」
 よりによって、メインストリートのど真ん中でエンストを起こし立ち往生するトラックを蹴りながら、往来でギャーギャー喧嘩する男二人に恐怖した一般庶民が、パトロールを呼ぶのは当然のなりゆきで。
 呼ばれたパトロールが、哀れ、クレイジーと鳴り響く中央のパトロールに八つ当たりの恫喝を受け、竦み上がるのは、閑話休題。


 端からみれば、喜劇間違いなしのこの話……今日のところはこれにて終了。

作品名:年下のオトコノコ 作家名:梅鳥