最後に、一つ
「こちらになります」
先導していた男が足を止める。
それに倣って歩みを止めれば、ドアの向こうから響いた明るい声に迎えられた。
「おお、来たか。悪いな、わざわざ」
にこやかに笑う男だが、その瞳には鋭い光。
気が抜けないのも困ったものだと、いつかした会話を思い出す。
「どもっす」
静雄が頭を下げると、男はもう一度悪いな、と呟いた。
「本当は今日顔見せのはずだったんだけどな…アイツ、先週から別宅に住むとか言って帰ってこねぇんだ」
「俺、連れてきましょうか?」
「いやー。何人か部下も送ったんだけど、皆巧い具合に丸め込まれちまうんだよなぁ」
「力ずくで良ければ風呂敷にでも包んで持ってきますけど」
真顔で言う静雄に、男は笑った。
くすぶりかけていた静雄を掬ってくれた時に見たような、慈愛に満ちた笑顔だった。
「やっぱお前は面白いな」
「…そっすか?」
どこまでも真面目な提案だった静雄としては、その笑顔の意味がいまいち理解できない。
「ああ、うちの連中はもうアイツを見てそんな事言える元気が残ってないからな」
「―――トムさんは?」
「まぁ、俺がなんとか出来れば一番いいんだ。息子だしな。ただ…俺には、今のアイツに必要なのが父親だとはどうしても思えないんだよ。アイツが欲しいのは…」
「?」
言い淀んだ男は、首を傾げた静雄の髪をぐしゃりとかき混ぜた。
「ちょ…トムさん?!」
「いや、忘れてくれ。俺の憶測でアイツを型にはめるわけにはいかねーしな」
「意味がわからないっすよ」
「そーか?ま、いいんだ。俺はアイツがやりたい事をやるのは別に構わないと思ってる。人様に迷惑かけないで、自分の事は自分で責任が持てる範囲ならな。
…ただ、アイツはその範囲が広すぎるんだ。なんとでもしちまえる才能があって、本人もそれを自覚してる。だから余計タチが悪いってかなー」
「……ますます意味が分からないっす」
不貞腐れたような静雄を見て、男は目を細めた。
男にとって静雄は希望だった。今の自分や、組の者にはない純粋さと強さを、静雄は持っているのだから。
「アイツの事、頼むわ」
真摯な声に、静雄は一つ頷いた。
元々静雄は、限りなく黒に近いグレーの道を歩んでいた。
今度の仕事も黒ではない。静雄の恩人である男に、子守りを頼まれた。それだけの話だ。
例えその恩人が、池袋を牛耳る裏社会のボスと呼ばれる人物であったとしても。
ただの子守り、
そう――思っていた。
先導していた男が足を止める。
それに倣って歩みを止めれば、ドアの向こうから響いた明るい声に迎えられた。
「おお、来たか。悪いな、わざわざ」
にこやかに笑う男だが、その瞳には鋭い光。
気が抜けないのも困ったものだと、いつかした会話を思い出す。
「どもっす」
静雄が頭を下げると、男はもう一度悪いな、と呟いた。
「本当は今日顔見せのはずだったんだけどな…アイツ、先週から別宅に住むとか言って帰ってこねぇんだ」
「俺、連れてきましょうか?」
「いやー。何人か部下も送ったんだけど、皆巧い具合に丸め込まれちまうんだよなぁ」
「力ずくで良ければ風呂敷にでも包んで持ってきますけど」
真顔で言う静雄に、男は笑った。
くすぶりかけていた静雄を掬ってくれた時に見たような、慈愛に満ちた笑顔だった。
「やっぱお前は面白いな」
「…そっすか?」
どこまでも真面目な提案だった静雄としては、その笑顔の意味がいまいち理解できない。
「ああ、うちの連中はもうアイツを見てそんな事言える元気が残ってないからな」
「―――トムさんは?」
「まぁ、俺がなんとか出来れば一番いいんだ。息子だしな。ただ…俺には、今のアイツに必要なのが父親だとはどうしても思えないんだよ。アイツが欲しいのは…」
「?」
言い淀んだ男は、首を傾げた静雄の髪をぐしゃりとかき混ぜた。
「ちょ…トムさん?!」
「いや、忘れてくれ。俺の憶測でアイツを型にはめるわけにはいかねーしな」
「意味がわからないっすよ」
「そーか?ま、いいんだ。俺はアイツがやりたい事をやるのは別に構わないと思ってる。人様に迷惑かけないで、自分の事は自分で責任が持てる範囲ならな。
…ただ、アイツはその範囲が広すぎるんだ。なんとでもしちまえる才能があって、本人もそれを自覚してる。だから余計タチが悪いってかなー」
「……ますます意味が分からないっす」
不貞腐れたような静雄を見て、男は目を細めた。
男にとって静雄は希望だった。今の自分や、組の者にはない純粋さと強さを、静雄は持っているのだから。
「アイツの事、頼むわ」
真摯な声に、静雄は一つ頷いた。
元々静雄は、限りなく黒に近いグレーの道を歩んでいた。
今度の仕事も黒ではない。静雄の恩人である男に、子守りを頼まれた。それだけの話だ。
例えその恩人が、池袋を牛耳る裏社会のボスと呼ばれる人物であったとしても。
ただの子守り、
そう――思っていた。