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最後に、一つ

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通された部屋は、やけに広かった。
和室は嫌いではないが、自分の借りている1DKの部屋が4つは入ってしまうのではないかという広さが落ち着かない。

かといって、20代を半分以上過ぎたいい歳の男がウロウロとするのもみっともない話だ。
ドカリと中心に座りこんだ静雄は、視界に入った庭を眺める事にした。

元々、こんな時間は嫌いではない。
平穏な時間、緑の濃い空気と、聞こえてくる鳥の囀り。

カコン、と竹が鳴る音がして、あれは一体なんという名前で、なんの為にあるのだろうかなんて大して興味の無い事を考えているとスラリと音を立てて障子が開いた。

「へぇ、君が俺の首の鈴ってわけか」

現われたのは、怖いくらいに整った顔をした子どもだった。
漆黒の髪と同じ色の着物を纏い、ソツの無い仕草で静雄の前に座る様は、先程会った男の風格を少しだけ匂わせている。

紅の瞳には警戒と策略張り巡らされていて、隙というモノが見当たらない。
高校生と聞いたが、どうみても不釣り合いな瞳だ。

「………気にいらねぇ」

「は?」

きょとん、とした顔は確かに年相応だったかもしれない。
静雄が笑うと、その瞳はあっさりと先の警戒心を取り戻してしまったのだけれど。

「…なんなの、君。失礼な事言ってみたと思ったら笑ってみたり…今も、なんか不機嫌だし」

よくわからない。と呟いた子どもの顔は、言葉とは裏腹に楽しそうであった。

「データを貰っているから知ってるよ。君、平和島静雄だろう。池袋最強の、喧嘩人形」

「――別に好きで喧嘩してるわけじゃねーよ。元々暴力は好きじゃねぇし」

「ふぅん。ま、どうでもいいよ。君の事なんて」

挑発するように子どもが笑う。
けれど静雄は、特に何も思わなかった。

「………。なんだ、怒らないの?もっと馬鹿だと思ったのに」

つまらない、とばかりに零された溜息。
確かに静雄が10も若ければ、この分かりやすい挑発に乗ったかもしれない。

けれど、静雄はもう26だ。
いかに短気とはいえそう易々と挑発に乗ったりは――


「だ・れ・が、馬鹿だ?ああ?!」



―――しなければ良かったのに。
そう考える理性すら、今の静雄には残ってはいなかった。


作品名:最後に、一つ 作家名:サキ