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最後に、一つ

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「シズちゃんの家、せっまいね…」

このガキ、縊り殺してやろうかと静雄が考えている横で、子ども――臨也は、きょろきょろと物珍しそうに物色をし始めた。

「おい。あんま触んな」

「ねぇねぇ、なんでこのメモ帳裏に文字があるの?しかもバラバラな柄。わざわざこうゆうのを選ぶのが流行りなの?それとも、シズちゃんの中でブームなわけ??」

電話の脇にあるメモの束を、まじまじと見る臨也。その顔が真剣過ぎて、思わず笑いが零れた。

「ちげぇよ。元々は、新聞とかに入ってくるチラシ。裏が白いのにそのまま捨てるの勿体ねーだろ」

「……シズちゃんって、ひょっとして貧乏なの」

疑問形では無かった所が、また頭にくる。
しかし先日、出会い頭に殺しかけた事を思い出しグっと留まる。

恩人の息子である事実を頭の中で数度繰り返し、絞り出すような溜息を付く。

「もういいだろ。俺の家が見たいとか変な事言いやがって…」

「えっ…ここで終わり?まだ部屋沢山あるじゃんか」

「はぁ?」

「隣の部屋も、一階もまだ見てないよ。てゆーか、なんでわざわざ一個ずつ入口があるの?繋げた方が便利じゃないか」

「おまっ…アパートくらい知っとけよ!!」

「ヤダなぁ。流石の俺もアパートくらい知ってるって」

「は…?」

「だからぁ、知っててバカにしてみました」

にこっと微笑まれて、静雄はココアでも出してやろうかと手に取っていたマグカップを捻り潰す事になった。
いや、結果的に悪くはなかったのかもしれない。コイツには水の一杯でも出してやるものかと今、心に決めたのだから。

「それにしても良かったよ。シズちゃんが布団派でさー」

「あ?それがなんか関係あんのか?」

「俺、ベッドで寝るのって落ち着かないんだよね。ところで、まさかこのうすっぺらい蒲団の上で寝ろとか言わないよね?マットレス的な何かだよね、これ?」

勝手にゴロゴロと寛ぎ出した臨也に、静雄の手の中の破片がさらに細かくなっていく。
枕に顔を擦りつけている様子が、ちょっと猫みたいだとかは思っていない。ましてや、ちょっと可愛いだとかも。

「てか、なんでテメェが俺の家で寝る前提になってんだよ!?」

「だって、俺の部屋シズちゃんに壊されちゃったじゃない?」

「自業自得だろ」

「いやいやいやいや。一言で部屋全壊とか聞いた事無いから、そんなわりに合わない事!」

「世の中わりが合わないように出来てんだよ」

「開き直った!この人開き直りましたよ、おまわりさーん!」

「ばっ…何時だと思ってる!黙れ馬鹿!!」

今日一日、買い物がしたいという臨也に付き合って、その帰りに何故か夕食を奢られて、その恩もあってか部屋が見たいという要求を無碍に出来なかった。なので現在の時刻は、わりと遅い。そんな時間に物騒な事を騒がれて、ただでさえ先週勢い余ってドアを壊して居心地が良くない現状をさらに悪化させるのは御免だった。

「いやでーす。おっまわりさー…っん!」

寝転がっている臨也の口を塞いで、暴れる手足を押さえつける。
それでも首を振って逃れようとするので、開いている口で鼻先にでも噛みついてやろうかと考えた所で、ふと静雄は我に返った。

「んー!んんーーー!!!」

自分の下には、呼吸があまり出来ない所為か顔を赤らめ身を捩る臨也の姿。
暴れるのを抑える為とはいえ、細い両手首を左手でまとめ、蹴りを繰り出してこようとした右膝の上には自分の左足が乗っている。

場所は、狭い布団の上。
加えて黙らせる為噛みつこうとしていたとはいえ、近過ぎる、顔。

(…なんかこれ、襲ってるみたいじゃねぇ?)

毒気を抜かれて、臨也を拘束から解放する。
しばらく肩で息をしていた臨也は、息が収まらないうちにケロリと言ってのける。

「なんだ、しないの?結構興奮したのに俺」

「はぁ?テメ、何言って…」

初めはただの子守り、
そう――思っていた。

「じゃあ、次は俺がヤロっか?」

しかし、にこにこと微笑みながらにじり寄る臨也を見ていると、どう考えてもそんな可愛い言葉は当てはまらない。
まずはそのニヤけた顔を退かそうと腕を伸ばせば、あろうことかキスをされた。

恭しく手を取られ、人差し指に。
それから赤い舌が、クチュリと音を立てて静雄の指を口内へと運んでいく。

「ちょ…おま、何やって…」

慌ててその手を引くが、妖艶に笑う紅い瞳は逃がしてはくれなかった。

「んっ…」

甘い声を洩らしながら、指を根元まで丁寧に舐め上げる。
時に甘く噛まれ、眉を潜める静雄の顔を、臨也はじっと見つめていた。

(そろそろ…かな?)

きっともうすぐ、これは自分のモノになる。
言いようの無い高揚が臨也の中に膨らんでいく。

今までにはない、ゾクゾクするような生き物が、自分のモノになったらどれだけ楽しいだろうか。
静雄と出会った時から、臨也はずっとそれだけを考えていた。

「……も、いいだろ」

「んぁ…」

だから、静雄が溜息と言うには熱が籠ったそれを付いた時
臨也の心を占めたのは、高揚だった。

怒りではない感情で染め上げて、そして自分だけを見てくれたなら――









だから、


「も…寝る……」

「はぁ?!」

心底眠そうな声でそう言われ、臨也は素で叫んだ。

「ちょ…え?嘘だよね、シズちゃん?このムードで普通寝る?!」

「………だって、もう12時過ぎてんじゃねぇか…無理……ね、る…」

会話の途中から寝始めている。
先程の熱い吐息は、睡魔を我慢しきれなかったからだとでも言うのだろうか。

「おい!ありえないだろ?!」

思わず乱雑な口調でゆさゆさと揺すってみるが、ポスリと布団に身を横たえた男が起きる事はなかった。

「くっそ…俺にここまでさせて寝るとか…ホント、ありえないし…」

すやすやと眠る男の唇に噛みつくと、煙草と、それからアルコールの味がした。
判断力が鈍ればいいと、夕食の席で勧めたそれが仇となったらしい。

「なにこの大人…最悪なんだけど」

悔し紛れに腹の上に身を倒すが、気持ち良さそうに眠る男の安眠を阻害する事にはなれなさそうだ。

「ホント、シズちゃんの最悪男…。バカ。なんか可愛いとか思った俺も…ホント、バカ…」

ぽつりと、最後に一つだけ本音を零して。
臨也は放り投げられていた毛布を手繰り寄せて身の上に広げる。

ついでに毛布からはみ出した静雄の腕も手繰り寄せた事に、他意などない。あるはずが、なかった。








最後に、一つ/end

作品名:最後に、一つ 作家名:サキ