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長谷川桐子
長谷川桐子
novelistID. 12267
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つかれた……
よろよろとすっかり日が暮れた暗い道を歩きながら、帝人はため息とともにひとりごちる。

今日は『仕事』の日だった。
帝人はネットビジネスの他に、その特技(?)を生かして、いわゆる拝み屋のアルバイトをしている。顧客を斡旋してくれているのは静雄の勤め先の社長だ。

帝人のところに持ってこられる案件といえば厄介なものばかりで、それに比例して報酬はふつうにコンビニでバイトだとかをするよりはずっと高額だ。基本、一つ受ければその月は暮らしていけるくらいの金額だったりする。
大金を落としてくれる「客」は上客であるし……お客様は神様だとは思うけれど……
厄介ごとを持ってくる客は、彼ら自体も厄介…と言うか一癖も二癖もあることが多い。
金蔓―――もとい、お客さんのことをそんなに悪くは言いたくないけど…帝人は深いため息をこぼした。何しろ、今日の客は最悪だったのだ。静雄を連れて行かなくて本当によかったと思う。彼がいたら今日の依頼人と顔を合わせた瞬間にぶん殴っていただろう。
金持ちなのを笠に着る感じなのと、会話の間に自慢話を挟んでくるのはまあいい(うざいけど)口が臭いのも我慢できる範囲だ(歯を磨いてください、とは思うけど)けれどもしきりに顔を近づけて話しかけてくることだとか(呼気を耐えるのに苦労した)、やたらと手とか身体だとかにべたべたと触ってくることだとか。口臭を誤魔化す為なのかやたらめったら香水臭いことだとか……
眉根を寄せてくん、と自分の二の腕あたりのにおいをかいでみて、帝人は眉間の皺を深くした。
(……におい、移ってるし)
このまま布団に入るのは嫌だなあ。そう思いながらポケットから携帯電話を取り出して現在時刻を確認する。

「10時43分かぁ…」
帝人の住まいには風呂がない。そして近所の銭湯の営業時間は午後11時までである。
正直、このまままっすぐに風呂屋に向かいたい。けれども今、タオルや石鹸などの準備はない。もちろん、購入することもできるけれど。

帰って、タオルとか持って走れば……うん、ぎりぎり間に合うよね。

無駄遣いをよしとしない帝人は、いったん帰宅して風呂の準備を取ってくることを選んだ。
しかしながら。少年が、その判断は間違いだであったと知るのは……数分後のことである。


ただいま、と潜めた声で呟きながら薄い玄関扉を開ければ、薄闇の中できんいろの頭がむくりと起き上がるのが見えた。布団は敷いていない。畳で寝るのはよくないですよ、って言ってるのに……と思いながらも靴を脱ぎ、ぱたぱたとさして広くはない室内に足を進めて、押入れの戸を横につい、と引いて中にある小さな箪笥からタオルやら替えの下着やらを取り出す。
そんな帝人の背後で、気配がゆらりと動いた。
「静雄さん、僕ちょっとお風呂に―――」
言い終わるより早く、二本の腕が帝人の腰にするりと回される。そのままずい、と後方に引き寄せられ、帝人は「わ、」と声をあげる。
「静雄さん!」
時間がないんですから離してください。しっかりと腹に回された腕を叩きながら抗議する帝人の声が聞こえているのかいないのか。彼のあやかしは、目の前にある細い首元に鼻先を押し当てるとすん、と息を吸って呟いた。
「臭せぇ……」
「はい、だからお風呂に行ってきますから、」
離してください、ともう一度帝人が告げる前に、這うような低い声が耳朶に落とされた。
「……脱げ」
「………はい?」
何を、と首を傾げる帝人に。不機嫌さを隠しもしない声が同じ言葉を繰り返す。そして男は返ってくる言葉を待つことなく腕の中の小さな身体を反転させる。
「え?あの、」
帝人が状況についていけずに目を白黒させている間に、
忌ま忌ましげに舌を打ちながら、男は首元の蝶ネクタイをぷつりと外すと器用にもそのまま片手でぷつぷつとワイシャツのボタンを外していく。
「ぇ……ちょ、静雄さん…」
圧し掛かってくる大きな身体を帝人は慌てながらも押し返した、けれども―――

作品名:占有 作家名:長谷川桐子