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ぶきようなぼくはそれでもきみをあいしたかったのです

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「……軍人、くん!」
 見慣れた緑色の軍服を見たものだから思わず声を掛ければ、あぁ? と挑発にも似た声と共にこちらを向いてきた。相変わらず線の細い男で、薄い緑色をした髪の毛をしていて、深紅の瞳を……どうして眼が赤いのだろう。私の記憶の中では翡翠のような緑色をしているのだが、記憶違いなのだろうか?
 そんな悶々と考えている自分に、もっと理解を苦しめさせる代物が下半身にあった。いつもはお飾り程度に持っているサバイバルナイフを逆手に握り締めて、しかも切っ先は血塗られているのだ。
「どうしたんだい? そのナイフ……」
「アンタこそ俺になんの用だ」
 私を殺さんばかりにこちらを睨みつけてきた。粗雑な言葉に行動、どれをとっても私の知る彼とは程遠かった。
「君がいたから話しかけただけなのだよ」
「気でも狂ってるだろ。俺に話し掛ける? 正気の沙汰とは思えねぇな」
 ナイフに付着した血液をべろり、と舐め削って、金属そのものの輝きを取り戻した刃物に指を這わせながら彼は笑った。血が口の端についたままの笑みは酷く不気味である。
「私には正気などいらないのだよ。必要なのは正義だけだ」
「……はっ、なんて奴。最高じゃねぇか!」
 ざく、と音をたてて得物を地面に落とした彼は、手を芝居のように広げてゲラゲラと笑っていた。目の前にいるのは間違いなく軍人くん、フリッピーなのだが、それを心のどこかで否定しているのだ。
「君は誰だ」
「おいおい、誰かわかったから声をかけたんだろ? 俺だ、って」
 頭を抑えて、堪えきれないように背中を丸めて、噛み締めるようにゆっくりと
言葉を続けた。芝居じみた人である、何もかもがオーバーアクション極まりない。
 実は偽物だったりするのでは、と思って男をじっくり見返すが、矢張り違いらしい違いは指の間から見える赤い瞳だけであった。ならば双子なのだろうか? と考えるものの彼からはそんな話は一度も聞いた事がない。
「では私の名前は知ってるかい?」
「俺は人の名前を覚えんのが苦手だ。なんて言うんだ?」
「私はディド。スプレンディドだよ」
「スプレンディド……英雄、だったか? 思い出した、それならとっとと殺さねぇ程度に監禁しねぇと」
 緩慢な動作でしゃがんでナイフを掴んだ彼は、酷く尖った犬歯を剥き出しにしながら刃物を振りかざしてきた。シュ、と空気を切る音が響く。そんな速度のナイフが皮膚に当たったら切り傷どころか、その部位を持って行かれる位の覚悟をしなくてはならないだろう。
「私を監禁して君になんの利益になるんだい?」
「利益? ったくそんな知りてぇなら教えてやんよ。フリッピーにこれ以上ベタベタして貰わない為だ」
 その発言に納得がいった。この世界には死は生活の一部といった位定着しており、どんなに四肢をバラバラにしたとしても、一日たてば何事もなかったように復活をするのだ。だからどんな風に殺しても、自分の視界に入ってこなくてすむのは一日だけ。無論毎日毎日殺してやればいいのだろうけど、そんな奇怪な事をしようなんて酔狂者など居ると思えない。
 そんな事を踏まえると殺さない程度の監禁は正しいのであろう。それこそ四肢をもぎ取ってから、然るべき処置をし放置をすれば、何日も何日も相手を見なくてすむ。ついでに口も縫いつけてしまえば完璧かもしれない。
「君は軍人くん、フリッピーくんと親戚なのかい? そっくりなようだけど……」
「っははは! 親戚というよりはフリッピーは俺だ。もちろんアンタの知ってる『軍人くん』もフリッピーだ」
 おかしいだろう? と低く地を這うような声で言った後に不釣り合いな位に可愛らしく首を傾げていた。
「君が軍人くんならどうして私を知らないのかい?」
「あー……アンタ、馬鹿じゃねぇの? つまり、『俺』もアンタが親しくしている『軍人くん』も、『器』が同じなんだよ」
 貶された言葉に思わず腹が立ったものの、黙っていれば奇妙な事を言われた。同じだ、と。器というのは身体であろう、それが目の前の男と軍人くんを同一だと定
義する。それはいわゆる、

「俺は、僕は、フリッピーは。二人が一つの身体に生活する多重人格者だ」

 俺がベースじゃねぇけどな、と、どうでもいい一言を付け足した彼はナイフを逆手握り直して、こちらに歩み寄ってきた。
「君は彼の身代わりかい?」
「あぁ、だからフリッピーを守るのは俺だけでいい。アンタなんていなくて構わない」
 心臓から刃までの距離なんて一メートルもない、彼が腕を突き出しただけで私の身体に大きな穴が出来るののが容易に想像できた。あくまで目標は監禁なだけで、殺しやしないのではなかったのか。どちらにしろ大怪我は免れないだろう。
「私は善人には寛大だ、なんたってヒーローなのだからね。けれど悪人手加減などいらない、悉く蹂躙するのみ、なのだよ」
 足に力を込めて空へと飛び上がり、血のようにくすんだ赤色の瞳を爛々と輝かせた姿を見下せば、フリッピーは大きく舌打ちをついていた。
「まずは空を飛べねぇようにそのマントをむしり取ってやろうじゃねぇか」
「は、は。残念だったね、私は別にマントのお陰で飛んでいる訳ではないのだよ!」
 長く垂らされたマントの裾や目隠しを引っ張ろうとする彼を、あざ笑うように彼の手が届かないぎりぎりを低空飛行してやった。
 本当は問い詰めなくてはならないカドルスやトゥーシーの死骸など、まるで無視して私は飛び続ける。なによりも、この男を絶望へ追い詰めてやりたかった。
「っち、早く拘束させろ!」
「私を捕まえようとするかね、悪人のくせに!」
 ひゅん、と槍のように彼のナイフが私を目掛けて飛んできた。その軌道からまず自分を避け、遙か彼方スピードが落ちた地点まで空を飛んで両の手で受け止めてやる。そうして、きちんと元の場所まで戻っていってナイフを投げ返してやった。
 彼は紛れもない大量殺人者、悪人だ。悪人はヒーローたる私が征伐しなくてはならないから、こんなにもハイになってるのだろう。いつもの人助けは加害者が近くにいない時が多いし、加害者がいても最近は小物ばっかであったし。
「あぁ、悪人で悪いかよ、英雄が!」
 投げつけた刃物の柄を器用にキャッチしたと同時に彼は、意識を喪ったようにフラリとして演技なのか否か見極めかねていれば、顔をあげて不思議そうにこちらを見てきた。