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ぶきようなぼくはそれでもきみをあいしたかったのです

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「ねぇ、君は何をしているんだ?」
「は、なにを言ってる……のかね」
 先程まで私と敵対していた男とは完全に違う声音であった。ナイフを投げたり投げ返したり、罵られたりといった言葉の応酬には程遠い発言だ。
「僕は家に居て、その後カドルスとトゥーシーに誘われたのは覚えてる。だけどこんな場所には居なかった。それに二人とも血まみれで倒れて、」
 いきなり彼は金縛りのように固まった後、口を押さえて地面に座り込む。時折呻き声をあげていて苦しそうで、肩も心なしか震えていた。
「軍人くん? どうしたのかね、軍人くん」
 彼はこちらの声が聞こえないといったように、反応がまるでない。果たしてこれは罠なのか、それとも本当に人格が入れ替わってパニック起こしているのだろうか。訳のわからないままに空中から眺めていたのだが、次第に声が大きくなったものだから地面に降りて、彼の横にしゃがんで顔を覗き込んだ。そうすれば目を見開いて、右手は口を押さえ、左腕は肩をかき抱いた姿で、こちらに見向きもしなかった。
「……で、」
「で?」
「なんで。これやったのは、僕じゃないのに。だって記憶にない。記憶にないから僕がやったのじゃないのに、いっつも目が覚めたら皆が死んでいるんだ? でも僕の所為じゃない、だって僕はこんなぐしゃぐしゃなんかに、あ、あ、あああぁ!」
 帽子を遠くへ投げ捨てれば頭をがしがしと乱暴に掻き毟り、焦点の合わない目をこちらに向けてくる。唾液と自分に言い聞かせるような譫言をただ漏れにした口は、見るに耐えない光景であった。
「軍人くん、軍人くん!」
 肩を乱雑に揺さぶってやれば虚ろな目でこちらを見てきてディド、呟いてからいきなり抱きつかれた。力が強いのは知っていた事だけれど、肩の骨が軋むほど力を加えられるとは思いもしなかった。
「この死体は、君のマントの裾が破れているのは、僕の所為なんかじゃ、ないよね?」
 目をうるうるとさせながら、彼は私を見上げてくる。下がった目尻からは涙の筋が出来ていていた。
「ねぇ、答えてよスプレンディド。ずっとここにいたんだろ!」
 最早悲鳴にも近い声であった。涙と唾液でどろどろな顔を私へと擦り付けてくる。濡れる、汚れる、など考えられない位である。どう対応していいかわからなくて、とりあえず大丈夫と言いながら背中に腕を回してやった。背中をさすると、小さな子のように嗚咽を漏らしてく
る。
「ぅ……く、」
「大丈夫だ軍人くん。もし君がカドルスとトゥーシーを殺したというならば私も死んでいる筈だ。そうだろう?」
 実際にはもう一人の君が殺したのだけど、なんて言えやしなかった。軍人くんが知らないのなら、教えてやる義理などないのだ。
「そうだ……そうだねスプレンディド」
「君が気にする事なんてないさ。もう過ぎた事だし、明日には二人とも元気になっているのだから」
 涙の筋を舌で舐めてやれば彼はぴく、と肩を揺らす。こんな時に不謹慎かもしれないが、可愛らしかった。
「でも……痛いのは残るんだろ?」
「……私もよくわからないのだよ」
 ほとんど、死んだ事がないのだ。と付け足せば、僕もそうだと曖昧に笑んでみせた。根が優しいのが彼だから、本人が人の恨みを買う事は皆無に等しいだろうし、いざ危ない時だってヒーローよろしく凶悪なあの男が(それはもう不必要な位の頻度で)顔を覗かせるから死ぬ事は皆無なのだろう。
「僕だけ助かって他の子たちが助からないのって、申し訳なくてならない」
「殺した奴が悪いだけで、君は悪くないのだよ」
「で、でも……」
 ばつが悪そうに逸らされた顔を両手で固定してやれば、彼は目線を左右上下へと動かしていた。
「軍人くん。君はなにも心配しなくていい、君に何かあったら私が全て守ってあげるから」
「でも怖いよ、スプレンディド! スネイキーもマウスも僕を助けるといって死んだ。二人共、僕の所為で跡形もなくボロボロになって……」
 私が知らない名前を口走れば、その死に際を思い出したのであろうはらはらとまた涙をこぼし始めた。元軍人とは思えない臆病具合である、あぁでも臆病の専売特許はフレイキーくんだったっけ。ようするに彼はお人好しなのであろう。何年も前に、この死の無い町へ来る前に、死んだ人たちを覚えている位。
「スネイキーくんも、マウスくんも、私は知らないけど、この町では死なんてないのだよ。だから例え私が何度殺されても、生き返って君を守ってあげる」
 零れた涙を舌で舐めてやれば、驚いたように目を見開いてきてた。
「でもスプレンディド、死ぬのは痛いんだろう? 僕の所為で君が痛むのなんて……嫌だ」
「なにを言っているのだね。私は英雄なのだよ? 皆を助けないヒーローなんているものか」
 そう言うと彼は私をじぃ、と見つめてきた。どうしてだろうと首を傾げれば、彼は私の頬を引っ張
ってくる。
「そうやって、スプレンディドは自己犠牲をするんだね!」
「そういう訳ではないよ? 私は皆が幸せになるのを見るのが幸せなのだ」
「でもヒーローは皆を幸せにする存在なんだろ? なら僕を悲しませないでよ!」
 彼の潤んだ瞳に歪んだ私が見えた。先程ナイフを振り回した男と同じフリッピーなのに、対応が大違いだ。
「でも、この町じゃあ死を覚悟しないと君を守れやしないじゃないか」
「そんな投げやりに、ならないでよスプレンディド」
「……わかったよ。私は君を守る、そして自分も守る。それでいいのかね?」
 軍人くんは満足したように頷くと、私の方へ寄りかかって寝息をたてはじめた。呼吸に合わせて揺れる髪を撫でながら、どうやって起こさないままに移動させようかと悩む羽目になる。
「……全く、軍人くんは」
 彼を自分のマントにくるんで、暴れられないようにしてから抱き上げる。寝ているからか平素よりずっしりと重い彼を起こさないように、低空飛行でゆっくりのんびり運ぶことにした。やがて見えてきた自分の家へ飛び込んで、ベッドに寝かしつやる。
 起きたら少しはマシなものを食べさせてやろうと「ここで待っているように」という置き手紙をしてから台所へ向かった。