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月下部レイ
月下部レイ
novelistID. 19550
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プラトン的愛の構造 後編

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(後編)


「跡部」

病室のドアノブに手を掛けようとした瞬間に、ドアが内側から開かれる。

「ビックリしたじゃねぇか。なんで俺だとわかったんだ?」

「そやかて跡部、いつもドアの前で立ち止まってから、ネクタイ直してから入って来るやん」



忍足の前では、いつもかっこつけた跡部でいたい。

そんなちょっとしたことが大切だったから。



「俺、跡部のネクタイを直すキュキュていう音が好きなんや」



忍足は学校帰りに寄る跡部をいつも嬉しそうに待っていた。

忍足が意外に感受性が強いということも、今度のことで初めて知った。
忍足の最も近くにいたはずなのに、近くにいた分わからないこともあったのだと跡部は思う。

にこりと微笑んで手を引く忍足を愛しいと思う。愛していると思う。

その漆黒の髪の毛を撫でてやると、極上に笑顔で見つめ返す。
以前には見たことも無いような笑顔。
二人ともまだまだ子供だった。本当の愛というものがわかっていなかった分。
忍足を傷つけてしまったのだ。

今なら、忍足の全てを受け入れて愛することができると思う。







でも。



あの日から。



跡部景吾は跡部景吾であって跡部景吾では無い。







死神から忍足を取り戻した日、忍足が唯一失ったものがあった。



跡部のことも、慈郎のことも、氷帝に関することだけ、全てを忘れてしまった。

忍足を苦しめた記憶だけが閉ざされた。



忍足の主治医からはおそらく事故による一時的な記憶の喪失だろうと説明を受けた。

しかし、記憶が回復する時期は、何時になるかわからないという事だ。

一週間先なのかか、一ヶ月先なのか、それとも一年後なのか。それとも・・・



跡部も慈郎もその原因を容易に推測することが出来た。

忍足は自分自身で、心を守ったのだ。

あの日の感情を全て忘れることで。



少しも躊躇する事無く、海に呑み込まれて行こうとした心のうちの全てを忘れた。

忍足をを追い詰めた記憶の全てが封じ込められた。

そのことはたぶん忍足の精神を救ったのだ。

跡部と慈郎も、忍足が全てを受け入れられる時まで、二人の胸の内へしまって置くことに決めた。
苦しむのは自分達だけでいい。







元に戻った友達としての関係。





「すまんな、みんなのこと忘れてしもて」

申し訳なさそうに跡部と慈郎を見比べながら、忍足は呟いた。

「仕方ないだろ、あんな怖い目に遭ったんだもん」

「でも、俺そんなとこで何で溺れそうになったんやろ?」

「忍足は意外に子供みたいなところがあったから、海の中になんか見つけたんだろ」

「俺って、アホやな。海の中で足攣るなんて・・・」

忍足には皆で海に遊びに行って、不幸にも事故に遭ったという事にしていた。

あの時の暗い瞳の忍足に比べたら、今の方かどんなにか良いだろう。



氷帝に転校して来た頃のはにかんだ顔をして笑っている。
このまま、この幸せな時がずっと続けばいい?
ゲームのようにリセットされた関係。

ただ。

跡部も慈郎も・・・・



あの日から、時は止まったまま。



それぞれの関係について、思い続けていた。





二人とも忍足の事を好きだった。
忍足が大切だった。

形は違っても、忍足を愛していたのだ。

その愛が、忍足を壊してしまった。



きっとその罪の罰を今受けているのだと、跡部も慈郎も思っていた。



忍足が誰を本当に愛しているかを知っていたのに、抱いてしまった慈郎。



忍足が何を自分に求めていたか。知っていたのに。
逆に怖くて・・・

たいそうな理由で拒絶して置きながら、自分の気持ちにも決着が付けられなかった跡部。


忍足を挟んで楽しそうに笑っていても。
3人、それぞれが別の世界の中で生きていた。











「跡部、俺、転校生やったんやろ?」

「あぁ」

「どんな?」
「かっこ良くて、テニスが上手くて、聡明なヤツだというイメージだったぜ」
「跡部、それは誉め過ぎやろ」
そう言って笑う。

忍足はいろんな事を知りたがった。たぶんそれは当たり前のことで。

自分の記憶の中にぽっかりと空いた穴を必死で埋めようとしていたのに違いない。

「跡部と俺、仲が良かった?」

「あぁ」

「跡部って、あぁしか言わん人?」と言って笑った。

忍足は笑っていたが、跡部には、きつい質問だった。



跡部も忍足もただの友達の範疇からはみ出した感情を持っていた。

その感情を自然に受け止めようとした忍足と、先の無い関係ならきっちりと線引し究極の愛の形を追求しようとした跡部。







「跡部、外の空気吸いたいわ」

「明日、退院だろ」

「あぁ、でも、今跡部と一緒に青い空が見たいわ」

「じゃ、屋上に行くか?」

「おん」



屋上へと続くドアのノブを跡部が引いた。

『ギィー』という金属の擦れあう音を立てて重いドアが開く。



真っ先に飛び込んで来たのは、目も眩むような蒼。
空いっぱいの広がった蒼。



「わぁ!!真っ青やね」

「あぁ、そうだな」

綺麗だと思った。

空が青いということも、綺麗だということも長い間忘れていた気がする。

真っ青の空を見つめる翳りのない漆黒の瞳。



自分が何を欲していたのか、何が一番大切なのか。
跡部は今、はっきりと自覚していた。





「あのベンチに座ろうか」

そう言って、跡部の手を引いて嬉しそうににっこりと微笑む。
こんな顔もコイツはできるんだ。この笑顔を曇らせたのも自分だった。

「あぁ」

「また、あぁ、かぁ」

「前もこんな感じやった?俺がべらべら喋って、跡部は返事をするだけ?」

「まあ、そうだな」

「そうか、俺が突っ込みで跡部がぼけ」
関西人らしくおどけて言う。いつまでもこんな笑顔をさせてやりたいと跡部は思う。

「でも、きっと親友やったんやね。跡部も慈郎も毎日来てくれるし。なのに・・・ごめんな・・・忘れてしまうなんてな」

「いいって言ってるだろう。そのうち思い出すさ」





親友?

親友なんかじゃ無くて、恋人だったと言ったら。

他でもねぇ、忍足を傷つけて追い詰めたのは自分だと叫びたい衝動を、跡部は辛うじて我慢をした。

悪いのは全て自分だと、忍足に許しを乞えたら。
どんなに楽だろう?

でも、その行為はもっと忍足を苦しめることになる。都合がいい、自己満足の世界でしかない。



これ以上忍足を苦しめてはならないのだ。苦しまなければならないのは自分の方なのだ。
と跡部は思う。



「・・・なぁ、跡部。どうかしたん?」

「いや、なんでもねぇ、あんまり気持ちいいから、ぼっーとしてたみてぇだな」

「そうやね、空はめちゃめちゃ綺麗やし、空気は爽やかだし。隣に跡部がおるし」

忍足はそう微笑みながら言うと、空に向かって腕をいっぱいに伸ばし一つ深呼吸した。
本当に眩しいくらい、優しい笑顔。




「あっ!蝶ちょや」

忍足が指を差した先には、羽に青い筋の入ったアゲハ蝶がヒラヒラと舞っていた。
そのアゲハ蝶が少し先の手すりに止まった。



「わぁ、青い蝶や、綺麗やね!」