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【腐:東巻】名前サイクル

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 東堂の間抜けな声が漏れた。
 完全に空気の流れが戻った。

「巻ちゃ――」
「ホモ勘弁」
 東堂の声を遮り、冷たい言葉を押しつけて、顔を逸らす。

「巻ちゃん」
 呼ばれても反応しない。顔を見せない。
「巻ちゃん!」
 呼ぶ声が強まっても、その態度を崩さない。崩せない。
 そうしないと結局招き入れてしまう。後悔してしまう。悪循環を断ち切れない。

 東堂が俺の名前を呼ぶのをやめた。
 ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと歩き、扉のノブに手をかける。

「……巻ちゃんの……」
 消え入るような小さい声で呟いたと思ったら、
「わからずや!クソタマ虫!もうやらせてってお願いしてきてもしてやんねえからな!」
 と、捨て台詞を叫びながら部屋を飛び出した。
 そもそもここは俺の家なわけだが、自分の荷物も持たず一体どこへ行く気なのだろうか。

 そういえばと窓の方へ目をやる。さきほど感じたオレンジ色の光がさらに強く射しこんでいる。もうすぐ陽が落ちる時間だ。
 東堂はいつも十九時くらいまでにはこの家を出る。千葉から小田原の間は電車を使い、そこからは自転車に乗って自宅まで帰っているらしい。
 どうせそろそろ帰る時間なのだから、荷物さえ持って行けばこのまま普通にさよなら出来たというのに。馬鹿な男だ。つくづく空気を読まない。

 どうせ戻って来るだろうと思い、部屋の片隅に置いていた東堂の荷物を掴んだ。小さなウエストバッグだがそこそこの重みがある。

 一度、ここから東堂の家までの交通費を調べてみたことがあった。
 部活ばかりやって金のない高校生には安いとはいえない料金。時間だってかかる。明日だって朝早くから学校がある。毎日毎日練習で休みなんてほとんどない。それなのに何度もやって来る。
 そんな鬱陶しくてだらだらした時間が嫌いではない。

「……尽八ィ」

 茶化しのない東堂尽八をあの至近距離で目の当たりにしたのは初めてだった。
 お互いが自転車に乗っているときのような真剣さ。
 おかしい、もっと見たいと思ってしまっている自分がいる。

「…………やりてえ、かも」

 俺が羞恥心を捨てて小さくそう呟くと、部屋の扉がすぐさま威勢よく開いた。

 尽八は部屋の中とは思えない速さでこちらまで走って来て、
「巻ちゃん!」
 と、俺の首もとにおもいきり抱きつく。
「うおっ!?」
 拗ねて家の中でも徘徊しているのかと思ったが、どうやら扉にずっと張りついていたらしい。

「うん、俺もっ、俺もやりたいっ」
 ハートマークを飛ばしたような甘い声を俺の耳元で叫ぶ。
 うるせえとか、さっきと言ってることが違ぇよと反論したいものの、俺の顔はすっかり赤くなっているだろうからなにも言えない。

 お互い深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
「巻ちゃん!」
 尽八が照れつつも真剣な眼差しで俺の目を見つめてくる。
 強張りながら何度も自身の唇を舐めるので、その緊張がこちらにまで伝染してきた。
 まだキスすらしていないのに、この後どうするつもりなのだ。

「……巻ちゃん」
 尽八は少し唇をとがらせ、いっそう俺の首もとをぎゅっと抱き、近づき、顔をかたむけ、目を細めた。俺はたまらなくなって、目がつぶれるのではないかというくらい強く瞼を閉じる。心臓が鈍く速くという矛盾した速度で動く。

 しかしいつまでたっても尽八はやってこない。
 今更照れているのはどっちだ馬鹿野郎と、勇気を出して唇を突き出すと、やっと唇と唇の先が触れた。
 尽八の濡れた唇と俺の乾いた唇、どちらも同じくらいに柔らかくてガサついている。

「ま、きちゃん」
 尽八の声がどもり余裕が消えたと思ったら、今度は唇をおもいきり押しつけてきた。
 俺の唇にくっついては離れ、くっついては離れを繰り返し、吸いついてくる。

「まきひゃっ、まきひゃん……っ」
 だんだん俺の名前が形をなさなくなった。触れていた程度の二つの唇の境界線がじょじょに取り払われる。俺の乾いていた唇は尽八の舌と俺自身の唾液で濡らされる。びしょびしょになっていく。唇だけでは足りず、舌と舌をぶつけあように不器用に絡め合う。だらしなくたれる唾液を舌で拭い拭われる。
 それがどうしようもなく馬鹿みたいに感じたし、気持ちがよかったし、嬉しかった。
 
 呼吸を乱しながらも、はじめてのキスを終えた。
 気づけばキスだけで下半身が半勃ちしていることに気づき、どうしようもない恥ずかしさに襲われる。どうせこの後もっとお互いを重ね合わせるというのに、なんて無意味な羞恥だ。
 これから一体どんな顔でセックスをすればいいのだろうか見当もつかず、ただただ髪をかきあげるふりをして自分の右手で顔を隠した。

 そうやって戸惑う俺の前で、尽八はいきなりガッツポーズで叫んだ。
「よっしゃあ!俺のはじめて巻ちゃんにあげちゃったぜ!」
「はっ!?」
 思わずワントーンはずれた声を漏らす。

「ん、どうした巻ちゃん?」
 尽八の言葉に、まさかの考えが頭を過った。

「お前、はじめてって……」
「おお、はじめてのチュウな!どうだ俺の体は?唇ぷるぷるだろう!巻ちゃんも柔らかかったけどな!」

 若干、いや大幅に勘違いをしていたのは俺の方だったらしい。
 行き場のない気持ちと体が恥を増させる。

「なんだ?照れてるのか巻ちゃん!ウブだな!可愛いぜ!」
「もうお前帰れ」
「えっ巻ちゃん!? なんでだよ巻ちゃん!」

 荷物と一緒に東堂を部屋から追い出す間も、東堂は俺の名前を呼び続けた。
 巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃん。
 呼ばれる度につくづく思う。招き入れては後悔する、悪循環を断ち切れない。