砕けた海で描く
「モノクロに彩られた夢」「すり抜けた星のかけら」の帝人くん編。帝人くん視点で、捏造未来。杏里ちゃんは少しだけ出てますが、基本青帝メインです。とりあえず三人ともハッピーエンドに収まりました。
砕けた海で描く
0か1か。すべてを取り戻せないのならすべてを捨てようと決めていた。
失敗した僕は、なにもかもをなくすはずだったのに、君だけが、利用して利用されるだけだったつもりの君だけが、留まってしまった。
僕がどうなったって悲しみやしないと思ったのに。見えてしまった想いなんて、一瞬の気の迷いだと思っていたかったのに。
自分の牙に途方に暮れていた鮫が海に帰ることができたのか。それだけが気にかかっている。
生活指導室を出た途端、体を包んだ冷たい空気が、つんと鼻を刺激した。鞄にしまった手袋を探しながら、埃っぽい廊下を足早に進む。
志望大学の変更を勧められることもなく、素行を咎められるでもなかった。もっと社交性を持つようになどということは1年前の面談ならともかく、今の時期に言われることはない。
あとは、願書を埋めるだけ。これでいいのかと不意に迷いが浮かぶ。だけど、もう変えられない。変える気もない。
僕は池袋には戻らないと決めた。
下駄箱を出ると、赤く染まったグラウンドが目に入り、眩しさに目を細めた。赤は綺麗だと思う。眼鏡をかけた同級生の女の子を思い出すからだ。池袋は今日も平和だろうか。刀を奮う彼女が強いことは知っているが、ストーカーに襲われた時のこともあるので、彼女の秘密を知った今でも心配なことに変わりはない。
数秒間の躊躇いの末、帝人は真新しい携帯電話を手にとった。本体はあの時使い物にならなくなってしまったが、SIMカードだけはこっそり抜いておいたので、番号は変わっていない。
それでも、この端末が池袋の住人からの連絡を受けることはなかった。そこに寂しさを覚えないといったら嘘になる。だけど、優しかった彼らにとって帝人は傷に近いものだろうし、もう思い出したくないと思う人もいるはずだ。
彼女はそうではないと思ってはいるものの、メールを打つ指が少し遅くなったことは否めない。
遠く離れた場所にいても、この携帯電話がもたらす情報で少しばかりは池袋のことは知っていた。
たとえば、ダラーズがまだ生きていること。
それ自体には驚きはなかった。帝人は創っただけで、壊す権利なんてなかったから。誰にも管理されない無法地帯と化しても、それは誰をも受け入れる器ということ。池袋という街と同様に。
それがわかって、帝人はダラーズを手放した。
そして、さらに、もたらされたブルースクエアの情報。そのカキコミを見たとき、かつての後輩の顔が過ぎったことは否定できない。
契約リーダーでもなくなった今はもう、彼らとの繋がりはない。それでも、全てが離れていった中で、離れていくことも近づくこともできずに立ちすくむ後輩の姿を思い出す度、園原さんに向けるものとは違った感傷をかき立てられる。
彼はどうしたかったのだろう。それが今でもわからない。
「よしっと」
いつもの何倍もの時間をかけて制作したメールを彼女に送る。彼女にだけは知らせておかなくてはいけないと思っていた。いや、思いたかっただけかもしれない。帝人は全てを捨ててダラーズに理想を求め、捨てたものの中に彼女への想いもあった。
だけど、彼女があの頃に縛られないように。それだけは、帝人がしておかなくちゃいけないことだ。
赤から群青に変わり始めた空気の中を、泳ぐように歩を進める。白い息が、口元に巻いたマフラーを湿らせた。ここは平和で、常識からはずれたことはなにもない。池袋は今も、あの不思議な混沌を守っているのだろうか。
乾いた電子音がポケットから漏れる。少し胸を高鳴らせながら、開いたメールを見て、帝人は目を見張った。
『待ってます。今も』
求めたのか。拒んだのか。壊れたものは何だったのか。
答えはまだ見つからない。
砕けた海で描く
0か1か。すべてを取り戻せないのならすべてを捨てようと決めていた。
失敗した僕は、なにもかもをなくすはずだったのに、君だけが、利用して利用されるだけだったつもりの君だけが、留まってしまった。
僕がどうなったって悲しみやしないと思ったのに。見えてしまった想いなんて、一瞬の気の迷いだと思っていたかったのに。
自分の牙に途方に暮れていた鮫が海に帰ることができたのか。それだけが気にかかっている。
生活指導室を出た途端、体を包んだ冷たい空気が、つんと鼻を刺激した。鞄にしまった手袋を探しながら、埃っぽい廊下を足早に進む。
志望大学の変更を勧められることもなく、素行を咎められるでもなかった。もっと社交性を持つようになどということは1年前の面談ならともかく、今の時期に言われることはない。
あとは、願書を埋めるだけ。これでいいのかと不意に迷いが浮かぶ。だけど、もう変えられない。変える気もない。
僕は池袋には戻らないと決めた。
下駄箱を出ると、赤く染まったグラウンドが目に入り、眩しさに目を細めた。赤は綺麗だと思う。眼鏡をかけた同級生の女の子を思い出すからだ。池袋は今日も平和だろうか。刀を奮う彼女が強いことは知っているが、ストーカーに襲われた時のこともあるので、彼女の秘密を知った今でも心配なことに変わりはない。
数秒間の躊躇いの末、帝人は真新しい携帯電話を手にとった。本体はあの時使い物にならなくなってしまったが、SIMカードだけはこっそり抜いておいたので、番号は変わっていない。
それでも、この端末が池袋の住人からの連絡を受けることはなかった。そこに寂しさを覚えないといったら嘘になる。だけど、優しかった彼らにとって帝人は傷に近いものだろうし、もう思い出したくないと思う人もいるはずだ。
彼女はそうではないと思ってはいるものの、メールを打つ指が少し遅くなったことは否めない。
遠く離れた場所にいても、この携帯電話がもたらす情報で少しばかりは池袋のことは知っていた。
たとえば、ダラーズがまだ生きていること。
それ自体には驚きはなかった。帝人は創っただけで、壊す権利なんてなかったから。誰にも管理されない無法地帯と化しても、それは誰をも受け入れる器ということ。池袋という街と同様に。
それがわかって、帝人はダラーズを手放した。
そして、さらに、もたらされたブルースクエアの情報。そのカキコミを見たとき、かつての後輩の顔が過ぎったことは否定できない。
契約リーダーでもなくなった今はもう、彼らとの繋がりはない。それでも、全てが離れていった中で、離れていくことも近づくこともできずに立ちすくむ後輩の姿を思い出す度、園原さんに向けるものとは違った感傷をかき立てられる。
彼はどうしたかったのだろう。それが今でもわからない。
「よしっと」
いつもの何倍もの時間をかけて制作したメールを彼女に送る。彼女にだけは知らせておかなくてはいけないと思っていた。いや、思いたかっただけかもしれない。帝人は全てを捨ててダラーズに理想を求め、捨てたものの中に彼女への想いもあった。
だけど、彼女があの頃に縛られないように。それだけは、帝人がしておかなくちゃいけないことだ。
赤から群青に変わり始めた空気の中を、泳ぐように歩を進める。白い息が、口元に巻いたマフラーを湿らせた。ここは平和で、常識からはずれたことはなにもない。池袋は今も、あの不思議な混沌を守っているのだろうか。
乾いた電子音がポケットから漏れる。少し胸を高鳴らせながら、開いたメールを見て、帝人は目を見張った。
『待ってます。今も』
求めたのか。拒んだのか。壊れたものは何だったのか。
答えはまだ見つからない。