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砕けた海で描く

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久しぶりに訪れた池袋は変わらない人波と喧騒に満ちていた。当然だと帝人は思う。離れていたといっても一年にも満たない。どんなことがあろうと、誰を迎え入れようと、誰に去られようと、池袋は雑多な喧騒と人を包みこむ街だ。

「先輩」

駅の改札を出た途端、掠れた声に呼び止められる。若干以前より低くなったが、それを聞き違えることはありえない。

着く時間は告げていなかったが、彼ならばおかしいことではない。いつもいつも執拗なほどに帝人のことを調べつくしていた彼ならば。そして、乗っていた電車の中に、青いものを身につけたグループがいたことからも、彼の登場は帝人の予想の範疇ではあった。

「久しぶり、青葉くん」

声の方に体を向ければ、社交的な笑顔をごっそりそぎ落として、少し帝人より背が高くなったかつての後輩が立っていた。

「お久しぶりです」

「少し、二人で話そうか」

包帯を巻いた右手をぎゅっと握り締め、彼は無言で頷いた。





使われていないビルの屋上。帝人がまだブルースクエアにリーダーと呼ばれていた頃、よく使った場所だ。この場所を選んだのは青葉で、そこに隠された意図に気がつかないではなかったものの、帝人は意味ありげな視線をさらりと受け流した。

気付かれないようにそっと辺りを見回す。ブルースクエアの仲間の影は見えない。二人で、という言葉は機能しているようだ。このビル自体が取り囲まれている可能性はもちろん大いにあるが、会話を聞かれる心配はしなくてよさそうだ。

そこに安堵を覚えるとともに、帝人の言葉がまだ青葉の中でいくらかの強制力を持っていることに驚きを覚えた。

びゅうびゅうと吹きすさぶ風の中、故意か無意識か、青葉は帝人の風避けになる位置に立つ。以前はそれでもいくらかの風を感じたのだが、今ではすっぽりと影に覆われてしまい、帝人は少し複雑そうな表情を浮かべた。

「先輩」

見慣れた笑顔を取り戻した彼に、少しだけほっとした。だが、心中とは裏腹に、出てくる言葉は素っ気ない。なぜかは帝人自身にもわからない。

「僕はもう君の先輩じゃないけど」

「今更呼び方変えろって言うんですか?」

青葉がくすくすと口元だけで笑う。それでも、目が全く笑っていないことくらい鈍いと言われ続けた帝人でさえわかる。

「それはどっちでもいいけど」

「……、帝人先輩はいつもそうですね。杏里先輩と紀田先輩とダラーズ、それ以外はどうでもいいんだ」

見せつけるように目を伏せる仕草も相変わらずで、場にそぐわず帝人は笑いたい気分になった。ポケットの中で、手持ち無沙汰にいじっていた携帯電話から手を離す。

「ダラーズはもう僕のものじゃないよ。あの二人は今でも大切だけど。君のことをどうでもいいと思ってるわけじゃない」

むっとしたように顔を上げ、睨めつける視線をたじろぐこともなく受け止める。背が伸びようと、顔立ちが大人びようと、これは黒沼青葉だ。自分のしたことを受け止めきれずに呆然としていた、かわいい後輩だ。

「狡いなあ。それでごまかしたつもりですか」

「どうでもいいと思ってたら、今更君を呼び出したりしないよ」

拗ねるような言葉は、策略か真情か。どちらでも構わない。口元が僅かに緩むのを今度は止められなかった。

帝人の微笑に敏感に眉を上げた青葉は、声を鋭くする。その変化に、きっとこれは本心だと帝人は確信した。

「でも、あの時、何も言わなかったじゃないですか」

「それは、君もだよ」

真っ直ぐに目を見つめる。青葉の方がそれに怯んだ一瞬で、勝負はついた。いや、最初から青葉に帝人を囲い込む余裕などなかった。

だが今日は、彼を打ち負かしに来たわけではない。できるだけ真摯に聞こえるように、心を込めて、彼の名前を呼ぶ。

「青葉くん」

帝人の声に弾かれたように潤む瞳に、それを気付かれまいと眦をあげる仕草に、胸の中にくつくつと暖かい感情が満ちる。

「君はどうしたいの?」

「言ったらどうにかなりますか?」

帝人の心中とは反対に、青葉の声は硬い。追い詰めようとして追い詰められた。真っ向から牙をむく鮫を、哀れだと思う。青葉の生来の性質ではやり辛いだろう状況に追い込んでいることを、申し訳なく思った。

「どうにかはなるんじゃない?」

それでも出てきた言葉は、甘くはない。ここで飴を与え、巡らした網から解放してやれば、反撃の機会を与えるだけだ。

「やっぱり先輩は狡いなあ」

「知らないよ。言葉にもされないことなんて」

突き放すためのはずの言葉に、なぜか甘さが混ざった。

帝人は微かに眉間に眉を寄せ、青葉もすこし驚いたような顔をした。だが、それが青葉の背を押したようだ。ぐるぐると獲物の周りを旋回し、一向に喰らいつく気配のなかった鮫がようやく、意を決した表情で、帝人の目を見据える。

「好きです」

抑えきれず、帝人は破顔した。心臓があるはずの場所に綿菓子でも代わりに詰め込んだようだ。そこから関を切ったように溢れ出す熱が、顔を熱くする。きっと紅潮しているに違いない頬を見られたくなくて、マフラーに顔を埋める。

「うん、知ってたよ」

くぐもった声がやわらかいことに本人は気づいていなかったが、帝人の反応を食い入るように見つめていた青葉の耳はごまかせない。

「じゃあ、戻ってきてくれるんですね?」

「ううん。僕はもう池袋には戻らないよ」

期待に一歩近づいてきた青葉を突き放すように、照れの残った声が紡いだのは冷たい言葉だった。

「どうにかなるんじゃ、なかったんですか」

泣き出しそうな声だった。いったん期待させて突き落としたようなものだ。自分が極悪人にでもなったようで、居心地が悪い。

「そうだね。だから僕は戻らないけど、君が来るなら止めないよ」

「は?」

「青葉くんがブルースクエアを手放したら、今度は二人だけで契約しようか」

「それって」

もう一歩詰められた距離は、もう既に腕を伸ばせば簡単に帝人を拘束できる距離。まずいと気がついた時には遅かった。

「俺と結婚してくれるってことですか!?」

「は?」

きらきらした目の後輩が、帝人の両腕を掴んで顔を覗き込む。キスできそうな距離だと思った瞬間、帝人の顔は先ほどとは比べ物にならないほど真っ赤に染まった。

「俺に追いかけてきてほしいってことですよね」

「ち、ちがうっ。そうじゃなくて!僕はブルースクエアとじゃなくて青葉くんとならってことで」

「先輩も俺が好きってことですよね」

「だから、話聞いてよ!」

「違うんですか?」

きゅんと子犬のように首を傾げる仕草は、まだ青葉が少女のような顔をしていた頃の癖だろう。かわいさを強調する仕草は、成長した彼がしても可愛くはない。その仕草より、さらに詰められた距離に帝人はぎこちなく俯いた。

「……そこは、違わないけど」

「杏里先輩より俺を選んでくれたってことですよね?」

「え?園原さんとは、うーんと、ちょっと違うかな」

「……まあ、池袋から離れるなら杏里先輩はもう会うことないでしょうから、いいですけど」

「え、でも、志望大学同じだし」
作品名:砕けた海で描く 作家名:川野礼