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終壊

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年中、家で過ごしていた俺にとってクーラーの無い夏という有り得ない環境に何度かバテてしまった。
そもそも何で学校には職員室や会議室といった教員が出入りする場所じゃないと冷房が無いんだ。金のある私立、または公立でも進学校だと教室や体育館にも完備されているらしいが、冗談じゃない。今まで適温の中で不自由無く暮らしてきた身体が悲鳴をあげている。

「うー……うー……」

教室で突っ伏し死に掛けた俺を見かね、クラスメイトの女子達が髪のゴムをくれた。縛った事が無いので首を傾げると、興奮しながら彼女たちは俺の前髪を上げる。風が額を通って中々に涼しかったので家に帰るまでそのままだった。
帰宅して臨也の不思議そうな顔でようやく容姿が何時もと違うと気付き、鏡で見た若干女々しい姿に顔に赤みが差した。クラスメイトが俺を見てくすくす笑っていた理由が判った。

「拗ねないでよ、似合ってるよ?」
「違げーよ、暑いだけだ……」

クーラーの効いたリビングで、教室と同じように机に突っ伏した俺。臨也がよく冷えた牛乳を持ってきてくれたけど、じわりと肌に纏わり付く汗は不快以外の何者でもない。
俺が牛乳を喉に通しているとデスク上の電話が鳴り響き臨也が応対しているのを眼の端で眺めていた。電話に出ると誰でもワントーン声が上がるものだけど、臨也の声は本当に吃驚するぐらい爽やかだ。

「いえ、使い方は貴方に一任致しますよ。その件に関しては、私は一切干渉致しませんので、ええ。確実にバレない、という保障は出来かねますが首が繋がると良いですね。良い報告をお待ちしておりますよ」

首、という単語でなんとなくセルティが浮かんだ。今朝方、登校中に遠くでセルティのバイクっぽい馬の嘶きが聞こえたけど、セルティって睡眠が必要なのだろうか? 余りそういった話はしないから判らないが、もし人並みに睡眠が必要ならこんな朝早くから仕事なんてセルティは真面目だな。
受話器を置いた臨也はにこりと微笑みながら近付いて来た。最近は臨也も忙しくて、毎日会ってはいるけど会話出来るのは1時間も満たないなんてよくあった。その理由の一端には夏バテした俺が動けないというものがある。汗をかくと体力を消費する。身体の熱気とクーラーの冷気に挟まれ、上気した頬を腕に乗せて眠りそうになる。

「そのまま寝ちゃ駄目だよ、風邪引くから」
「えー……」

そう言いながら臨也は俺の後ろに周り、汗ばむ金髪を撫でる。くすぐったいのか気持ち良いのか判らない感触に眼を閉じそうになるが、軽く身体を振ってもがいた。

「どうしたの?」
「汗臭いから駄目だ……」

割と潔癖な臨也だから、触れさせたくない。面倒ながらシャワーを浴びようと椅子を引く。向き合った臨也は片手に書類のようなものを持っている。やはり忙しいんだなと眉を落とし、甘えたい衝動を堪えた。切なげな表情を浮かべると臨也がそっと顔を近づけてくる。一瞬だけ息を呑む音を出して眼を閉じる。触れるだけ、でも柔らかく長い口付け。疲れも倦怠も無視して蕩けそうになる意志はぼやりと霞み、手持ち無沙汰な両手を後ろに投げ出す。

「ん……臨也……」

泣きそうなくらいに震えた声。何でも良い、臨也と触れ合っていられるなら。無意識に欲しい、とでも言うように頭をこてんと傾ける。臨也は微笑んで唇を重ねる。せり上がる安心感と、じわじわと昇る熱。もしこの世から臨也が消えたら俺は生きられないんだろうなと何気無く感じ、少しずつ与えられる幸福を身に宿す。臨也が俺にくれる全幅の感情だけで俺はこんなにも満たされるんだ。

「明日、ちょっと出掛けようか」
「ん……?」
「何か美味しいものでも食べに行こうよ」
「仕事は?」
「キリが付きそうだから」

哀しげな俺を見て気遣ってくれたのだろうか。だとしたらこんな嬉しい事は他に無い。頷いた俺に向かって臨也は笑って頬を撫でた。さっきより元気になった俺は「風呂入ってくる」と告げてぱたぱたと風呂場に向かった。
俺は甘えるばっかりだけど、臨也は優しいなあ。昔、俺も何か役に立ちたいと言った時には、俺が居れば良いと笑ってくれたけど。俺も臨也が居れば良い。口元を吊り上げながら俺は指先で唇をなぞる。臨也の感触。忘れられない。

作品名:終壊 作家名:青永秋