二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

そのための場所

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
(1)

 5月のミラノは、暑い。
 天頂から刺すぴかぴかの日光を楽しむため、カフェは競うように屋外席を用意し、客はそこに陣取って美しい街並みを楽しむ。
 カプチーノ一杯で居座っても、文句を言う店員はいない。くつろぐその姿を見た者は誰しも、思わず居場所を求めてカフェに入りたくなるから。
(ジェラートは美味しいし、女の子は薄着になるし)
 微笑を浮かべた青年の口から、満足そうな声が漏れる。
「本当~に、いい季節だよね」
 スカラ座近くのカフェで、そう呟いたのはフェリシアーノ。目の前の通りを行き来する女性たちは、重いコートから解放された喜びに輝いている……ように、彼には見える。
 いつもなら、目が合った女の子に話しかけるところなのだが。現に今も、ひとり座す彼に関心を向ける視線を感じている。
(ごめんね~。君たちと遊びたいけど、今日の俺は先約があるんだ)
 視線の先にウインクを送りたくなるのをぐっとこらえ、フェリは顔を反対側に向けた。すると視界にパンツスーツ姿の女性が映る。街歩きを楽しむ人たちとは違い、その人は律動的な歩調で凛々しく直進してくる。
(女の人はこういう場所では、ふわふわよそ見しながら歩いてるものだけどさ。姉さんはいつも、まっすぐ目的に向かって歩くんだよね)
 アレはもう、持って生まれた性格だよね。そう思いながらフェリは手を振った。
「エリザ姉さん! こっちだよ~」
 それに気づいて、長い髪を背中になびかせた女性が微笑む。
 エリザベートが、彼の待ち人だった。


 カプチーノのお代わりを注文し、フェリは「仕事、終わったの?」とエリザに聞いた。
「私は、ね。でも、あの人はしばらく開放してもらえないと思うわ」
「しかたないよ~。ウイーンフィルの、スカラ座客演だもん。ローデさん、絶対張り切ってるでしょ」
 当たり。と答えて、エリザは楽しそうに笑った。
「いいの? 姉さんみたいな素敵な人を放置するなんて、信じられないな~。
 ローデさん、演奏会に夢中になってるんでしょ?」
 普通は怒るんじゃないかと、フェリは思う。彼の知るエリザは、かなり気が強い性格だし。
「夢中よ。すごく楽しそう。今夜もきっと、演奏内容の批評を聞かされるわね。
 私は彼ほど耳が肥えてないから、半分も理解できないんだけど」
 でも、いいの。とエリザは笑う。その笑顔には、あきらめも妥協も感じられない。本当に許している事がフェリにはよく判る。
「あの人、嬉しいとか楽しいとか、はっきり口にしないから。だから何となく雰囲気で感じ取るしかないんだけど。
 今回みたいに、夢中になってる自分を忘れるくらい集中してる所を見るのは、好きだわ」
 頬を染めたエリザが幸せそうで、フェリは眩しげに眼を細める。かつてひとつ屋根の下で暮らし、おミソ扱いだった彼をかばってくれたお姉さんのそんな姿は、素直に嬉しい。
「それに、今回は特別イベントもあるの」
「え?」
 フェリが問い返すと、彼女の微笑みが間近に迫る。
「あの人が、水着を買いにつきあってくれるの! 水着は今まで断固拒否だったのに! アナタのおかげよ、ありがとう!」
 エリザは身を乗り出して、彼の頬に感謝のキスを落とした。
「ええっ? 俺、何かしたっけ?」
「ほら、この前ウィーンに来た時。日本での夏季休暇の話をしたでしょ?」
「ああ! あれかぁ」


 それは、フェリがローデリヒ邸を訪れた時の事。
 ローデが「秋に、日本に行くんです」と話題を振って来たので、フェリは今まで遊びに行った時のことをあれこれ話して聞かせた。
 会話の中で、フェリは彼が日本の夏を知らない事に気付いた。そこで話題を去年の夏休みに絞り、なにがあったか面白おかしく語ったのだった。
「……と、言うわけなんだぁ。すっごく良かったよ日本のプール! 信じられる? 右を見ても左を見ても、日本人の女の子ばっかりなんだ!」
「日本なんだから、日本人だらけで当然だと思いますが。まあ、良かったんじゃないですか」
 意外と冷ややかな反応だったので、リキ入れて語っていたフェリは思わずローデの顔を見つめてしまう。
「あれ~? この話、あんまり興味ない? ウチの兄ちゃんとかフラン兄ちゃん、すごく喜んでくれたんだけど」
 たちまちしおれてしまったフェリを見て、ローデは(大人気なかった)と思いなおしたらしい。少し視線を宙にさまよわせて、小声で「……なくは、ないです」と答えてしまった。
「そっかぁ!よかった、ローデさんも水着の女の子、好きなんだね!」
 大声をたしなめるより早く、書斎の扉が開いてエリザが入って来たのはどんな偶然か。息をつめたローデを見て、エリザは極上の笑顔でこう呟いた。
「その答え、私もぜひ聞きたいわ」
 エリザが『微笑みながら怒る』などという腹芸ができない女性だと思っているフェリは、平然とふたりの会話を聞いている。
 その認識は間違っていない。だが、独身のフェリには判らない、微妙な機微というモノが夫婦にはある。ここで「はい」と答えても「いいえ」と答えても、後でろくなことにならない。
 瞬時にここまで考え、ローデは対策に頭をフル回転させた。
「水着は……そうですね。誰が着るか。それが一番大事でしょう」
 こほん、と咳払いして堂々と発言したローデ。(巧く逃げた)と、ふたりは同時に思った。
 しかし、賢いエリザは何も言わなかったし、フェリは(使えそうな言い訳だ)と心にメモするに留めたのだった。

作品名:そのための場所 作家名:玄水