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星降る夜に

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 今宵は冬至ということで、夜行の夕食には南瓜が出て、風呂はゆず湯だった。
 普段から長風呂はあまり好まない閃だったが、今日ばかりは爽やかなゆずの香りを楽しんでいる間にけっこう長く入ってしまって、少しふらつきながら洗面所を出て、濡れた髪がまだ乾ききらないうちに外の空気を吸いに庭に出た。
「ったく、秀の奴、風邪ひくだの何だのってうるさいってーの」
 外はまったく雲が出ていないこともあって星が降りそうなほどで、空気が澄んでいて気温がひどく低い。雪は降らなくとも、明日の朝は霜が降りているだろう。
「秀が何したって?」
 唐突に庭の木の陰から問いかけられて、飛び上がらんほどに驚いた。
「……頭領……!」
「何飛びすさってんのさ?」
 クスクスと正守が姿を表しながら笑う。まったく気付かなかった。そして驚きの直後、閃は深く反省した。
 ――仮にも諜報班の一員なのに、正守の気配に気付かない、なんて。
 反省の後に軽い、恐怖に似た感情が生まれてくる。
「どうした、そんな顔して」
 正守の言わんとしている事はなんとなくわかる。きっと今、自分は後悔と自己嫌悪と見捨てられる恐怖でぐちゃぐちゃの顔をしているはずだ。
 これ以上心の中で糸が絡まってしまう前に、閃は想いを素直に口に出した。
「頭領の気配に気付きませんでした。すみません。これが戦いなら一発でアウトでした」
「夜行の人間が夜行の中でまで気を張ってる必要なんざないさ。お前は悪くない」
 だから、そんな顔をするな、と言いたいのだろう。
「でも……」
「そんな事より、秀がどうしたって?」
 強引に話を変えられる。これもこの人なりの気遣いかもしれない。先の話を続けていたら、正守と一緒にいる間じゅう自分はしょぼくれていただろうから。
「風呂上がりの髪、濡れたまま外に出たら風邪ひくって言われて。あいつも妖混じりのくせに妙に心配性なんだから」
「どれ」
 正守が近づいてきて、閃の髪に手をさしのべてくる。ゆっくりと頬の脇を抜けて耳の後ろに指を差し入れられて。唐突な触れあいに、閃の心臓は爆発寸前だが、何とか逃げ出さずに済んだ。
「ああ、たしかに冷えてきてるぞ。ドライヤーで乾かしたほうがいいんじゃないのか」
「めんどいじゃないですか。それに」
 それに先にも言ったとおり、閃だって体力は普通の人間よりもある。この程度で風邪などひくはずがない。
「俺だって、妖混じりっスから」
 だから心配するなと付け加える前に、正守が閃の頭を自分の胸に引き寄せた。
「な、なっ……」
「妖混じりであろうがなかろうが、閃は閃だ。俺だって心配する」
「あ、えーと……は、はい。き、気をつけます!」
 もう言ってることも考えていることもぐちゃぐちゃだ。心配させて悪かったという気持ちと、心配してもらえることへの嬉しさと、吐息がかかるほど近くに正守がいてあろうことか抱き寄せられているという気恥ずかしさと。
 何か話題を、と考えあぐねて咄嗟に口から出た言葉は。
「とっ、頭領はなんで、こんな場所にいたんです?」
「あー、離れから戻ってきたら閃が見えたから、ちょっと気配殺してみてた」
 道理で。
「結界も張ってたんスか?」
「ご名答。お前に声かける直前に解いたけど」
 だからいつにも増して正守の気配に気づけなかったのだ。
「そうだ、ついでに」
 正守が閃の胸を押すようにして密着していた体を僅かに離すと、右手で印を結んで厳かに唱える。
「結!」
「?」
 どうやら二人の周りに結界を張ったらしいが、一体なんのつもりだろうか。きょとんとして正守の顔を振り仰ぐと、微笑を浮かべながら閃を松の木の幹に押しつけるようにした後、閃の顎を掴む。
「!?」
「人が来たら嫌だから。せっかく――なのに」
 後半はよく聞こえなかった。それに、人が来たら嫌だというのは一体――
「キスしていい?」
「え?」
「嫌だって言ってもするけど」
 そして答えを待たずに閃の唇に正守のそれが押し当てられた。
 湯冷めしかけの冷たい唇に、正守の暖かい唇が触れたかと思うと、正守の舌が口内に入り込んでくる。
「んっ……」
 歯列を割って熱い舌が閃の理性と性欲とを玩ぶ。木の幹に体重を預けてくちづけを甘受する。
 嫌だなんて、そんなはずがない。正守のすることなら、どんなことだって。
 受け入れられる――そう心の中で呟きながら薄目を開くと、正守の伏せられた短いまつげが微かに揺れているのが見えた。
「――ぁ、ん――っ」
 一気に身体に熱が走るのがわかる。その空だ軽く幹に預けているとはいえ、足が震え出してきて、このままくずおれてしまいそうになる。必死で正守の背に手を回してしがみつくと、正守もまた閃の身体を引き寄せた。
 長い口付けのあとに二人の唇と唇が離れると、閃の髪にまた手を差し入れて、片方の掌で後頭部を、もう片方の腕で細い腰を抱えるようにして正守が閃を抱く。
「やっぱり、ちょっと身体が冷えてきてるぞ」
「あ……ああ、じゃなくて、ハイ……」
 まだ足にうまく力が入らない。何か、何か話さないと。
「でも、俺、ドライヤー嫌いで……」
「……仕方ないな。じゃあせめて、暖かい所に行かないか」
 暖かいところ。どこだろう。この時間ならまだ居間なら人がいるだろうから暖かいだろうけど、秀にまたとやかく言われるのも嫌だし、何より正守と離れなければいけないのが嫌だ。抱き寄せられたこの距離を離すことなく、二人でいられたらいいのに。
 そんな閃のわがままな想いを知ってか、正守が閃の耳元に唇を寄せて嘯く。
「俺の部屋――なんて、どう?」
 正守の特徴的な低い声が閃の耳を擽る。
 断る理由は、閃にはなかった。どうせこのあと戻るにしたって閃に専用の部屋はないし勉強するわけでもないのだから、あとは秀や大たちと雑魚寝するだけだ。それよりなら。いや、たとえそうでなくても。
 閃が無言で頷くと、正守は身体を寄り添わせたままで歩き出す。正守をちらちらと仰ぎ見ると、背後の星々が輝いているのもがよく見える。まるで星が降ってきそうな夜だった。
 そういえば今日は冬至だった。一年で一番夜の長い日という事実が、これから二人で過ごす時間を後押ししてくれているような気がした。

 正守の部屋はそこそこ暖かかった。その頃には閃の足元も大分たしかになってきた。
「その、もう、歩けますから」
 少し体を離そうとするが、本意ではないのを見抜いてか正守は閃の身体を離そうとしない。
 聞こえなかったのだろうか、ともう一度言うべきか悩むが、自分から離れるという選択肢はない。離れたらなんとなく、何か大切なものが壊れそうな気がしていたから。いつもそんな、脆いなにかを崩さないように気を払うのが正守といる間の癖になっていた。
 でも今の二人の状況を他人に見つかるのは恥ずかしい――そんな閃に、正守からクス、と笑いが降ってきた。
「何ですか?」
「ゆずの匂いがするぞ」
「えっ」
 慌てて袖のあたりの匂いを嗅ぐが、自分の匂いと紛れてわからない。
「湯船にずいぶんと浮かべてたからな、ゆず。俺も自分がなんとなく匂う気がする」
「全然頭領からは匂いませんし、わかったとしても嫌いな匂いじゃあないんで」
「それは良かった」
作品名:星降る夜に 作家名:y_kamei