星降る夜に
何が良かったのだろう、と聞こうとすると、正守が半纏を脱ぐ。
「お前より先に上がったとはいえ、俺もゆずの匂いが染みついてるはずだからな。――結」
おそらくは中に人が入れないように外に結界を張ったのだろう。そうしていて閃を布団の上に横たえた正守は、シャツの裾から手を入れてきた。
「とっ、頭領っ」
「嫌か?」
ぶんぶんと頭を横に振る。結界を張られた時点でこうなるのだろうと分かっていたし、嫌どころか淡い期待すらしていたのだが、ただ唐突だったので少し驚いただけだ。
それに、ずっと考えていたこともあった。疑問、だ。
「その……なんで、俺なんかとこういうことするんです?」
「俺なんか、って……」
「だって頭領の周りは俺と違って女の人がいない訳じゃないし、かといって檜葉さんや行正さんたちともこういう事してたっていう感じでもないし」
考えれば考えるほど逆に詮索しているみたいで正守に対して何というか申し訳ないような気持ちになってくる。だから今まで聞けずにいたのだが、ここに戻るまで降るような星空の下を寄り添いあいながら歩いている間に、今日こそは聞かないといけない気がしていたのだった。
「それは、な」
ごほん、とわざとらしく咳払いをすると正守が言い放つ。
「お前が、その、最初だからだ――閃」
「…え?」
「修行に次ぐ修行で生きて来たからな。そんな暇も余裕もなかった。まぁ今でも、余裕があるのかと言われるとそんな事はないが」
確かに今までの正守の生きてきた道筋を知るにつけ、それが一番正しい答えのような気がした。
閃も正守も『異能舎』だ。およそ『普通』とは違う生き方をしている。夜行の存在そのものが異能者の集団によるものなのだから。
「じゃあ、何で、俺だったんです?」
「そうだなあ……」
部屋の中で布団に膝を立てた正守が腕組みをして、閃が布団から身を乗り出しながら会話が続く。二人にしか聞こえない世界の中で。
「昔はともかく今は、お前が知ってるからだな。俺のことだけじゃない、良守やら墨村の家やら、烏森のことを、誰よりも詳しく」
誰よりも、と言われると少し胸が痛む。実のところ、閃よりもよく知っている者は他にも居た、かつては。――志々尾限。彼はもういない。どこにも。空一面のあの降るような星々のひとつになってしまった一人の戦士。
「それに、閃、お前がいつもまっすぐ俺を見てたから」
「まっすぐ……俺が?」
「何だ、気付いてなかったのか?」
言われてみればたしかに、ふと気付くと正守のことを目で追っていることは多いが、それは正守が己が所属する組織のリーダー、夜行の頭領だからだと自分的には納得していた。
「痛いほどだったぞ。はじめは嫌われてるものだとばかり思っていた」
クスクスと笑いながら言われて、閃の頬が熱くなる。たしかに自分が目つきが悪い自信はあるが、やはり正守にもそう思われていたのだ。これはいつか直さないといけないのかもしれないとは思うが、今のところ直す気はない。一番わかっていてほしい人は今目の前にいて互いの心の内を打ち明けあっているのだから。
「男だとか女だとか、異能者だからとか、関係なかったんだよ、閃。――これでいいか?」
優しい声で問われて、こくりと頷く。正守の手がシャツの裾から内側へと入ってくる。素肌を愛撫するその手は逞しく、熱い。
「あ、っ……」
閃にのしかかる正守の体重が心地良い重みとなって、身体が期待に震えるのがわかる。
「閃……」
そして閃の耳でなければ聞こえないような小さな声で名を呼ぶと、再びキスが閃を待っていた。
その時正守の襟元、二人の服が擦れ合った場所から今度はたしかにゆずの香りがした。
<終>