オーバーフロー・アテンション 2
時間が凍る。
取れたドアノブを手に持って不機嫌そうに顔を歪めた臨也さんと、両側を白とピンクの人間に囲まれた僕。そして白とピンク代表のサイケさんとデリ雄さん。視線は三対一で、時折煙たくはない薄いピンク色の煙が空にあがる。
サイケさんと臨也さんの視線ががっちりあって離れない。お互いを観察しているような、警戒しているような視線の応酬。デリ雄さんは我関せずとばかりに僕の肩に顎をのっけて煙草を吹かしていた。僕はいっそ夢であったなら、と遠い目。どうしろというんだ。どうすればいいんだ。
「…ねえ」
臨也さんがサイケさんと視線を合わせたまま、多分僕に尋ねる。
心なしか口の端がひくりと引き攣っているようにも思えた。
「これ、なに?俺?あとなんでシズちゃん?なんで帝人くんにまとまり付いてんの?」
早口で並べられた疑問は全て僕が尋ねたい疑問でもある。
納得するより受け入れる方が早かったために、いまさら形状が臨也さんに似てようが静雄さんに似てようが最早どうでもいい。まとわりついているのもこの際だ。アンドロイドだとかそういうのは実証させられたからいい。
問題はそもそも臨也さんがどうして勝手に家に入ってきているのだとか、取れたドアノブだとか、いい加減二人は僕を離してくれないのかだとか、そもそもどうして僕を訪ねてきたのか。そこらへんが大事だ。
「ええと…」
「あのね、俺達は臨也くん達を元にした高機能電脳体?とかいうの?」
「は?」
ですよね。流石に臨也さんといえども最初の反応はそれですよね。
ぽかんと口を開けて呆然とした顔の臨也さんにどこか安心してしまった。
「なにそれ。アンドロイドとか?」
「そうそう!話早い!」
物わかり悪くて申しわけありませんでした。ちょっとむっときてしまって、少し頭を下げた。何を張り合っているのか分からないが、臨也さん同士が話を盛り上がらせているところを見ると卑屈な気持ちになった。なんでだろう。うざさ二割増しだからかな。でもサイケさんはよっぽど臨也さんよりはましに見えるけれど。
「帝人、ンな顔すんな。お前は充分に物わかりがいい」
「はい?」
頭を俯かせているとデリ雄さんが慰めるように頭を撫でてくれた。
心を読んだのか、とでも思わせるようにピンポイントな言葉。
思いがけないそれに少しだけ気持ちが上昇してしまう。なんだか恥ずかしい。
「……すみません」
「構わねぇよ」
くつり、と低めの声で笑うデリ雄さんはとんでもなく色男だった。
いやでも色男だろうがなんだろうが、男が男をこうやって恋人のように抱き締めるのはいかがと思ったけれど。
「うわ、ほんとだ。電子集積回路の密集群に、なにこれ。チップものすごい数で埋め込まれてるし。これ表面ナノ単位で肌に似せた…皮?…いや、……ネブ、ラ・・ああ」
細かくサイケさんの内部の電子回路群を見ていた臨也さんが、ふと納得したように頷いた。
「なるほどね。ということは新羅か」
分かったらしい。
臨也さんにしては珍しく少しだけ米神を押さえると、こちらに向かって座り、あぐらをかいた。その顔はやはり機嫌がいいとは窺えない。
「わかった。とりあえず一通りは理解できたけど、なんで帝人くんちにいるの?」
おいで、帝人くん。
手招きをする臨也さんの所へ行こうとするとデリ雄さんがぎゅうと腕の力を込めて行かせないようにしてくる。困った。どうしようと悩むとすぐさまサイケさんが飛び込んできて、僕はサイケさんとデリ雄さんにサンドされてしまった。臨也さんの口元がひきつる。
「帝人くんと波長があってー、俺達が帝人くんに会いたかったからかな!帝人くんかわいいもん!すき!」
「もんとか言わないでください…」
その顔で。
「ふうん、まあ曲がりなりにも俺の遺伝子が配合されているってわけか。シズちゃんのもって・・ということはなに?そっちのシズちゃん二号も帝人君に一目惚れしてんの」
眉を寄せて苛ついたように指でトントンと畳を叩く臨也さんに、デリ雄さんは一笑すると頷いて僕の肩に顔を埋めた。冷たい。
「そう、そっか。そっか。へえ、ああもう、なにそれ?」
笑顔のままで臨也さんはすっと立ち上がる。
そして僕達に近づくと、デリ雄さんにどこから出したのか鋭利なナイフを突きつけた。
なにをしているんだ、この人は。
「帝人君返して。それ俺のだから」
「臨也さんのものになった覚えがありません!!」
「だとよ。妄想も大概にするんだな?」
目を細くさせ、互いに浮かぶ笑み。怖い。非常に怖い。
肉食動物に囲まれてしまった。デリ雄さんがゆっくりと僕の体を離して、立ち上がる。僕を守るようにして臨也さんと対立するデリ雄さんはどこか余裕そうに見えた。
「残念だが、俺も帝人を譲るつもりはねえ。結ばれちまえば後は幸せにするだけだからな」
僅かに白い歯を覗かせて、獰猛に笑むデリ雄さん。
煙草を携帯灰皿に直して、まるでそこに静雄さんがいるように構える。
正直に言おう。同性の僕から見ても本当に格好いい。
「そう?じゃあ壊れてね。そしたら後は俺が新羅の所に送ってあげるよ。優しいだろ」
いつものように、静雄さんと戦争をする時のように。
臨也さんが臨戦態勢に入る。
ここでちょっと待って欲しい。二人がバトルをしようがなんでもいい。だけどここは僕が借りている部屋だ。僕の家だ。
「ちょ、ちょっとまってください」
「心配すんなよ、すぐ終わるさ」
「そうだね。すぐに終わる」
「違うんです、ちが」
やめて僕の家が。
「じゃあ俺が帝人くんもらうね!やったー」
軽快な声が響いて、視界がぶれる。
気づいたらサイケさんが僕を抱いてさっさと玄関に出ていた。
「えっ?」
家の外に出た。唖然としたままこちらを見ているデリ雄さんと臨也さん。
サイケさんは鼻歌を歌いながら、軽々と僕を抱き上げて走っている。どこにいこうか、どこがいい?なんて明るい声で尋ねてくる。どういうことだかよく理解が。混乱する。
「サ、サイケさん」
「なあに帝人くん。どこがいい?俺はね、サンシャインシティとか良いなあ。デートしようよ、デート!」
うきうきと声を弾ませながら堂々と誘拐されていく。
やがて僕の家が見えなくなり、住宅街に入って少し入り組んだ道に迷い込んでいく。ばたばたと暴れてみるが、どうしたことだ。びくりともしないでサイケさんは楽しそうに走る。
「西口公園でもいいね!」
にひゃり、と砕けた笑いを顔一面に表してサイケさんはその足を西口公園へと向かわせる。分かっていたことだけど、朝の池袋といえども人がいないわけでもない。こちらを凝視したり写メったりする周囲の住民。恥ずかしすぎる。
「どしたの、帝人くん?帝人くーん」
走りながらも尋ねてくるサイケさんに何も応えない。
サイケさんは首を傾げたがやがて何も気にしないように、音楽をくちずさみながら走る。恥ずかしくてたまらなかったから、サイケさんのコートの肩部分に顔を埋めた。せめて顔だけは見られたくはない。というかこの現場を正臣や園原さんに見られたらどうしよう。
取れたドアノブを手に持って不機嫌そうに顔を歪めた臨也さんと、両側を白とピンクの人間に囲まれた僕。そして白とピンク代表のサイケさんとデリ雄さん。視線は三対一で、時折煙たくはない薄いピンク色の煙が空にあがる。
サイケさんと臨也さんの視線ががっちりあって離れない。お互いを観察しているような、警戒しているような視線の応酬。デリ雄さんは我関せずとばかりに僕の肩に顎をのっけて煙草を吹かしていた。僕はいっそ夢であったなら、と遠い目。どうしろというんだ。どうすればいいんだ。
「…ねえ」
臨也さんがサイケさんと視線を合わせたまま、多分僕に尋ねる。
心なしか口の端がひくりと引き攣っているようにも思えた。
「これ、なに?俺?あとなんでシズちゃん?なんで帝人くんにまとまり付いてんの?」
早口で並べられた疑問は全て僕が尋ねたい疑問でもある。
納得するより受け入れる方が早かったために、いまさら形状が臨也さんに似てようが静雄さんに似てようが最早どうでもいい。まとわりついているのもこの際だ。アンドロイドだとかそういうのは実証させられたからいい。
問題はそもそも臨也さんがどうして勝手に家に入ってきているのだとか、取れたドアノブだとか、いい加減二人は僕を離してくれないのかだとか、そもそもどうして僕を訪ねてきたのか。そこらへんが大事だ。
「ええと…」
「あのね、俺達は臨也くん達を元にした高機能電脳体?とかいうの?」
「は?」
ですよね。流石に臨也さんといえども最初の反応はそれですよね。
ぽかんと口を開けて呆然とした顔の臨也さんにどこか安心してしまった。
「なにそれ。アンドロイドとか?」
「そうそう!話早い!」
物わかり悪くて申しわけありませんでした。ちょっとむっときてしまって、少し頭を下げた。何を張り合っているのか分からないが、臨也さん同士が話を盛り上がらせているところを見ると卑屈な気持ちになった。なんでだろう。うざさ二割増しだからかな。でもサイケさんはよっぽど臨也さんよりはましに見えるけれど。
「帝人、ンな顔すんな。お前は充分に物わかりがいい」
「はい?」
頭を俯かせているとデリ雄さんが慰めるように頭を撫でてくれた。
心を読んだのか、とでも思わせるようにピンポイントな言葉。
思いがけないそれに少しだけ気持ちが上昇してしまう。なんだか恥ずかしい。
「……すみません」
「構わねぇよ」
くつり、と低めの声で笑うデリ雄さんはとんでもなく色男だった。
いやでも色男だろうがなんだろうが、男が男をこうやって恋人のように抱き締めるのはいかがと思ったけれど。
「うわ、ほんとだ。電子集積回路の密集群に、なにこれ。チップものすごい数で埋め込まれてるし。これ表面ナノ単位で肌に似せた…皮?…いや、……ネブ、ラ・・ああ」
細かくサイケさんの内部の電子回路群を見ていた臨也さんが、ふと納得したように頷いた。
「なるほどね。ということは新羅か」
分かったらしい。
臨也さんにしては珍しく少しだけ米神を押さえると、こちらに向かって座り、あぐらをかいた。その顔はやはり機嫌がいいとは窺えない。
「わかった。とりあえず一通りは理解できたけど、なんで帝人くんちにいるの?」
おいで、帝人くん。
手招きをする臨也さんの所へ行こうとするとデリ雄さんがぎゅうと腕の力を込めて行かせないようにしてくる。困った。どうしようと悩むとすぐさまサイケさんが飛び込んできて、僕はサイケさんとデリ雄さんにサンドされてしまった。臨也さんの口元がひきつる。
「帝人くんと波長があってー、俺達が帝人くんに会いたかったからかな!帝人くんかわいいもん!すき!」
「もんとか言わないでください…」
その顔で。
「ふうん、まあ曲がりなりにも俺の遺伝子が配合されているってわけか。シズちゃんのもって・・ということはなに?そっちのシズちゃん二号も帝人君に一目惚れしてんの」
眉を寄せて苛ついたように指でトントンと畳を叩く臨也さんに、デリ雄さんは一笑すると頷いて僕の肩に顔を埋めた。冷たい。
「そう、そっか。そっか。へえ、ああもう、なにそれ?」
笑顔のままで臨也さんはすっと立ち上がる。
そして僕達に近づくと、デリ雄さんにどこから出したのか鋭利なナイフを突きつけた。
なにをしているんだ、この人は。
「帝人君返して。それ俺のだから」
「臨也さんのものになった覚えがありません!!」
「だとよ。妄想も大概にするんだな?」
目を細くさせ、互いに浮かぶ笑み。怖い。非常に怖い。
肉食動物に囲まれてしまった。デリ雄さんがゆっくりと僕の体を離して、立ち上がる。僕を守るようにして臨也さんと対立するデリ雄さんはどこか余裕そうに見えた。
「残念だが、俺も帝人を譲るつもりはねえ。結ばれちまえば後は幸せにするだけだからな」
僅かに白い歯を覗かせて、獰猛に笑むデリ雄さん。
煙草を携帯灰皿に直して、まるでそこに静雄さんがいるように構える。
正直に言おう。同性の僕から見ても本当に格好いい。
「そう?じゃあ壊れてね。そしたら後は俺が新羅の所に送ってあげるよ。優しいだろ」
いつものように、静雄さんと戦争をする時のように。
臨也さんが臨戦態勢に入る。
ここでちょっと待って欲しい。二人がバトルをしようがなんでもいい。だけどここは僕が借りている部屋だ。僕の家だ。
「ちょ、ちょっとまってください」
「心配すんなよ、すぐ終わるさ」
「そうだね。すぐに終わる」
「違うんです、ちが」
やめて僕の家が。
「じゃあ俺が帝人くんもらうね!やったー」
軽快な声が響いて、視界がぶれる。
気づいたらサイケさんが僕を抱いてさっさと玄関に出ていた。
「えっ?」
家の外に出た。唖然としたままこちらを見ているデリ雄さんと臨也さん。
サイケさんは鼻歌を歌いながら、軽々と僕を抱き上げて走っている。どこにいこうか、どこがいい?なんて明るい声で尋ねてくる。どういうことだかよく理解が。混乱する。
「サ、サイケさん」
「なあに帝人くん。どこがいい?俺はね、サンシャインシティとか良いなあ。デートしようよ、デート!」
うきうきと声を弾ませながら堂々と誘拐されていく。
やがて僕の家が見えなくなり、住宅街に入って少し入り組んだ道に迷い込んでいく。ばたばたと暴れてみるが、どうしたことだ。びくりともしないでサイケさんは楽しそうに走る。
「西口公園でもいいね!」
にひゃり、と砕けた笑いを顔一面に表してサイケさんはその足を西口公園へと向かわせる。分かっていたことだけど、朝の池袋といえども人がいないわけでもない。こちらを凝視したり写メったりする周囲の住民。恥ずかしすぎる。
「どしたの、帝人くん?帝人くーん」
走りながらも尋ねてくるサイケさんに何も応えない。
サイケさんは首を傾げたがやがて何も気にしないように、音楽をくちずさみながら走る。恥ずかしくてたまらなかったから、サイケさんのコートの肩部分に顔を埋めた。せめて顔だけは見られたくはない。というかこの現場を正臣や園原さんに見られたらどうしよう。
作品名:オーバーフロー・アテンション 2 作家名:高良