オーバーフロー・アテンション 2
さっさーさー、と軽々と僕を抱きかかえたままでサイケさんはご機嫌よろしく走っていく。どこか遠くの方で小さな爆音が聞こえた気がするけれど、それはやっぱり気のせいでしかないのだろうと願っておいた。もはや抵抗を諦めたままで遠い目をしていると、サイケさんが笑顔で話しかけてくる。
西口公園まではもうすぐだ。
もう公園自体は見えている。
「帝人くん、ねえねえあれってさあもしかして…」
器用にも片手で僕を支えたまま、もう一方の手で何かを指さす。
その指の方向をそっと見てみれば、そこにいるのは怒髪天を衝く勢いで自動販売機を振りかぶる姿勢の自動喧嘩人形だった。ピッチャー交代してお願いだから。
「し、静雄さん!?」
「てンめェ臨也なにしてんだァァアアッ!!」
あなたが何をしているというんだろうか。
口元に笑みをたたえたまま、静雄さんはもはや自動販売機を投げる=平和島静雄という公式を見事に証明するが如くとてつもない重量のそれを簡単に、それはまるでストライクボールを投手が投げるように、あっさりとこちらへ飛ばす。やはり尋常ではない。命の危険を感じる中で静雄さんすごいという感想が場違いにも浮かんだ。
「俺臨也くんじゃないのになー」
「サイケさん、当たりますよ!し、しぬ!」
投げられているこちら側としてはもう逃げたいのに、サイケさんが離してくれないから逃げられない。ばたばたと抵抗しても、サイケさんはむすーっと口を尖らせてちぇーっとなにやら可愛らしく言った。やめてほしい。今鳥肌が立った。
「うん?当たらないよ?」
一歩二歩、三歩。けんけんぱ。
懐かしい遊びを彷彿とさせる足運びで、軽々と自動販売機を避けた。もちろん僕を抱えたままだ。そしてすぐ横、もうそれは十センチも離れてはいない場所に金属音が砕ける音が響いて自動販売機が地面に抉り込んだ。
「デリ雄のオリジナルだ!ねえねえ、俺臨也くんじゃないよ!よく見てよ!」
「あァァ!?」
ヤクザよりか怖い静雄さんの低い声に物怖じもせず、サイケさんは軽く静雄さんに近づいていく。僕はもう逃げ出したくてたまらないというか意識を失いたいくらいだ。
静雄さんは近づいてきた僕達を見て、まず鼻をヒクリと動かせた。野生動物か。さらに胡散臭げな目でサイケさんを見る。そのまま眉を寄せたままで僕を見た。オイ、と声をかける。誰にだ。サイケさんかな、と上を見れば、竜ヶ峰、と呼びかけられる声。僕にだった。
「はい」
「降りろ」
「…え、あ…はあ」
降りたいのは山々だが、サイケさんが。
懇願するようにサイケさんと呼びかければ、ええーっと不服そうに返ってくる。そう不服そうに言われても、そもそも僕の方が不服だ。というか不憫で恥ずかしい。
「サイケさん、降ろしてください」
「…えー…どうしても?」
「どうしても、です」
「んんんっ、まあ帝人くんの言うことならいいかな…うーん」
大変やる気なさげにサイケさんの腕から降ろされる。そうすると同時に、静雄さんに肩を抱かれて引き寄せられた。男くさい煙草の匂いがした。広い胸板だった。僕もこうなりたい。
以前、正臣に筋肉をつけたいと話したことがあるが、やめておけそのままの君でいてください俺はなよい帝人が大好きだ、と散々言われたことがあるので正直男として静雄さんのような体型は理想なのである。
ちなみに正臣はその後とりあえず、脇腹に一発飛び蹴りをお見舞いしておいた。
「静雄さん?」
「オイ、竜ヶ峰。なんだ、この変な臨也は。胸糞悪ィ匂いが薄まって、機械の油くせェ匂いが強くなってやがる。色だってそうだ。なんだ、いきなり白になって。どちらにしろ気持ち悪ぃ」
「…わ、分かるんですか…」
嗅覚機能、発達しすぎだろう。サイケさんは、おー、と感心して静雄さんの言葉に頷いていた。
「よくわかるねえ!やっぱりデリ雄のオリジナルだけあるや。そうだよ、あのね、俺はねー臨也くんをモデルにした……」
とまあまた長い説明がはじまったので割愛させてもらうが、静雄さんは頭が混乱してきたらしく唸っていた。鋭い犬歯を見せ、腕を組んでいる。ちなみに場所移動して、西口公園の噴水の縁に今三人で座っている。何のバッファーゾーンになるのか、僕が真ん中で僕からみて右がサイケさん、左が静雄さんだ。
「あー…とりあえずよ、こいつは臨也じゃねぇけど、臨也が元っつうことなんだよな…クソノミ蟲ほど苛つきは確かにしねぇが…」
「えーと。まあ、そういうことです」
「んでまたそういうことになってんだ?」
もっともな疑問に僕はサイケさんを見る。
サイケさんは考え込んで、ぴこんと右手の人差し指を立てた。
「俺達を研究で作っちゃった人がね、こいつら性格アクが強すぎいらなーいって別の遺伝子提供者の研究者に渡して、俺達は帝人くんに会いたかったから逃げたんだよ」
「はあ?」
僕もまったく同意の声を静雄さんが出してくれる。
ようするに静雄さんと臨也さんの性格が良くも悪くも出てしまったサイケさんとデリ雄さんは多分新羅さんに預けられたんだろう。そして逃亡。
新羅さんに今すぐにでも引き取って貰いたい。
「俺はよ難しいことは分からねえ。だから、お前がノミ蟲じゃねえ、それだけ分かれば充分だ」
「いや充分じゃありませんよ。静雄さんに似たデリ雄さんっていうのもいるんですよ?」
「会ってみてからでいいだろ」
「……」
静雄さんとデリ雄さんはどことなく合わなそうだ。
雰囲気がまた異なっているのもあるし、デリ雄さんはなんだろう。なんて言うか色男なんだけど、ちょっと軽い雰囲気がある。
「それじゃ解決ってことで!帝人くん、他にどっか行く?」
「え?」
何も解決してない。だが、サイケさんはにこにこ笑うと立ち上がって僕の右手を引っ張る。すると座っていた静雄さんが僕の左手を掴んで待ったをかけた。
「ちょっと待て。俺も…あー、竜ヶ峰に用事があんだ。勝手に連れて行くな」
「えーだって早くしないと、来ちゃうもん」
「も、もしかして…」
「そそ。帝人くんたぶんあったりぃ」
そう言ってサイケさんは僕を立ったままぎゅっと抱き締める。
耳に聞こえるのは心臓音じゃなくて、モーター音。なのにこんなに表情豊かで、感情もあるように見えて。なんだか。思いがけないことで思いがけないことを考えてしまいそうになっている時、鋭い空気を裂く音がすぐ傍で、その後にバキリと破壊音が横で聞こえた。視界は塞がれているので、推測。恐らくこの推測は当たっていると思うけれど。
「…いィざぁやくんよォ…なーに危なっかしいモン投げてんだァ?コイツに当たったらどうすんだよ」
低い声が聞こえる。すぐ隣で。
「当てるつもりないし。今最高にシズちゃん関係これ以上見たくないのに、本人がいるとかマジ最悪。つか、帝人くん返せよ」
「オイ、サイケ。腕の中の帝人こっち連れてこいよ」
愉快そうに、痛快に、何だか苛ついている声が聞こえる。
少しだけ軽い雰囲気の、先程の低い声にとても似ている声が聞こえる。
どちらとも、少し遠くで。
サイケさんは、その言葉達にべーっと陽気にも舌を出して答えた。
「やだよー!帝人くんは、俺のだもん!」
作品名:オーバーフロー・アテンション 2 作家名:高良