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短編『てのひらの温度』

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ずきずきと痛む頭を押さえて、菊は深く息を吐いた。
 吐かれた息に常よりも熱さを感じる。数日前から感じていた不調は、今ではもう完全な体調不良へと変わってしまっていた。
 菊は常から己を爺と呼び、自身の老いを認識している。けれど、この体調の悪さはさすがに普通ではなかった。体は重く、動くことが億劫であり、普段よりずっと体温も上がっている。
 幸いなことに、これからしばらくの間は差し迫った仕事や会議の予定は入っていなかった。そしてこれも幸いなことに、この体調不良は国内の情勢などによるものではなく菊個人としての不調だった。数日しっかりと体を休むことができれば、じきに回復するだろう。そう判断し、それまで大人しく引きこもることを彼は選択する。
 古い日本家屋は、雨戸をきっちりと閉ざすと外界と家の中が遮断される。訪問者がいても、その様子に踵を返すだろう。
 愛犬に十分な水と餌を用意した後、彼は布団にその身を横たえた。
 外の光も音も遠い部屋の中に一人きり。それは孤独を感じさせる。つい先日には西の友人たちが訪れて賑やかにしていたことが、遠い過去のようで恋しくも思える。
 いつもは一人でも何も思わない。むしろそれを気楽だと感じているのに、今は寂しいと思ってしまう。
「……体調を崩すと気が弱くなってしまいますねえ」
 応える者もいない部屋の中で一人ごちると、菊は休息を得るために瞼を下ろした。
 先程飲んだ風邪薬のおかげだろう、彼の意識はすぐに穏やかな闇に包まれていった。


 眠りに落ちてからどれほど経っただろうか。
 目を覚ました菊は、誰も居ない筈の家の中に誰かの気配を感じた。
 どういうことだろうか。熱に浮かされた頭でぼんやりと考えていた彼の耳に届いたのは、こちらへと近付く足音と襖の開かれる音。そしてここにいる筈のない男の声だった。
「お……目、覚めてたのか」
「……ギルベルト君?」
 これは夢だろうか。眠りに落ちる前の人恋しさを思いだしながら彼は首を傾げる。
 菊の恋人であるギルベルトは、あの若い大国と同じくらいの頻度でこの国に遊びに来る。だから彼がここにいることはそれほど不思議ではない。しかし彼はつい先日こちらを訪れたばかりであり、あまりにも間隔が短いのではないかと思った。
 布団の中で身を起こして不思議そうな顔をした菊に、彼は柔らかく微笑んだ。優しく細められた蘇芳の瞳は菊を安心させるような色を宿している。
 その笑顔の暖かさに、菊は自然にこれが夢ではないと理解した。では何故彼がここに居るのか。そう改めて疑問を抱いたが、今更のことかと息を吐く。きっと、ふいに気が向いたとかその程度の理由なのだろう。
 ギルベルトが菊の元を事前の連絡もなく訪れることはよくあること。というより、連絡があることの方が稀だった。彼にはこの家の合鍵も渡しているので、こうして家の中にいることも別に不思議ではない。ここを訪れる間隔だって、しばらく顔を見せないこともあれば短い期間に何度もということもある。
 そう考えて菊は己を納得させた。
 そんな菊の様子を気にすることもなく、ギルベルトは布団の横に腰を下ろす。
「遊びに来たら鍵も雨戸も全部閉まっちまってるし、一瞬また俺様に内緒で旅行にでも行きやがったのか? とか思ったんだけどな。一応チャイムを鳴らしてみたら、奥からぽちが走って来て玄関のとこで俺様を呼ぶみたいに吠えてたんだ」
 それで、菊に何かあったのだろうかと不安に思って家に入ったのだと彼は言う。
 傍若無人で俺様な振る舞いをするギルベルトだが、彼には彼の明確なルールがある。今回の場合は、菊が仕事や旅行で家を離れている場合は勝手に家に入らないといったものだ。恋人関係であり合い鍵を渡されていようとも、決してそれに甘えすぎることはない。それが彼のルール。それを破らせたのはぽちの行動と恋人を案じる気持ちだった。
「それで中に入ったら昼間なのにお前は寝てるし。病気か? ってことで触ってみたら熱が高くてすげえ汗かいてたから……とりあえず別の寝間着引っ張りだして着替えさせた。そういうことも、全然覚えてないみたいだな」
 着替えさせてる間はぼけーっとした感じでもにょもにょと聞き取れないことを呟いてたぜ。そう続けたギルベルトに、菊は赤面する。
 たしかに、今着ている寝巻きは布団に入ったときに着ていたものと違っていた。熱に浮かされてぼんやりとした記憶の中で、優しく菊に触れる温もりと心配する蘇芳を見たような気もする。
「ご迷惑をお掛けして、実にすみません」
 ああ、何て恥ずかしい。赤面しながらぺこりと頭を下げた彼の頭を、ギルベルトがそうっと撫でた。その優しい手つきに菊はうっとりと目を閉じ掛けた。己よりも冷たいその手が心地よい。しかし、頬へと手が移動したと思った次の瞬間に訪れた痛みに目を見開き声を上げる。
「っ……いるべりゅとくん! いひゃ、いひゃいれふっ」
「は? 何言ってるんだかわっかんねーなあ」
 むにむにと、結構な強さで頬を抓られて菊の目には涙が滲んだ。そんな菊に呆れたような声が向けられる。
「菊、お前いい加減に覚えろっつってんだろ。そこは『すみません』じゃなく『ありがとう』だ。いちいち謝ってんじゃねえぞこの馬鹿。いつ誰が迷惑だって言ったんだ? 本っ当に馬鹿だよな、お前って」
 二度も馬鹿って言いましたね! そうむっとして熱だけでなく赤くなった頬をさすりながらも、菊は今度は正しく言い直す。
「ありがとう、ございます」
 その言葉に満足そうに笑ったギルベルトを、菊はぼうっと見つめた。いつもの人の悪い笑みではなく、柔らかく温かい笑み。心臓がうるさく音を立て、視線を離すことができない。
「ん、何いきなり黙ってんだ? ああ、俺様が格好良すぎて見惚れたか」
 ええ、その余計な一言がなければ本当に格好良い方だと思えますのに。そんな風に思いながら菊は溜息を吐く。
 はあぁ……と疲れきったように吐かれたそれに、ギルベルトが頬をひきつらせるのが見えた。
「おいこら爺っ……まあいい、メシは食えそうか?」
「は、い」
 ギルベルトの問いかけに、菊は目覚めて初めて空腹を意識した。朝もわずかな食事ですませていたため、確かにお腹が空いている。一度意識してしまえば、それは無視できないものであった。
「お腹、空きました」
 ぽつりとこぼした菊に苦笑すると、待っていろと言い残して彼は部屋から出ていく。
 しばらくして戻った彼の手の中で、菊には見慣れた一人用の土鍋が温かそうな湯気を立てていた。
「ほら、体調悪くてもこれなら食べられるだろ」
 差し出されたそれを覗き込み、菊は意外なその正体に目をしばたかせる。
 目の前にあるのは、白く濁った水分に浸かった、柔らかく煮込まれた米。菊には物凄く馴染みのある病人食であるーーしかし。
「これ、ギルベルト君が作ったんですか?」
「俺以外に誰が作るっていうんだよ」
 あれか、もしかしてぽちが作ったなんてメルヘンなことでも考えたのか。二次元好きの爺ならあり得そうだな。
 ふざけるように続けられた言葉に菊は苦笑する。
「ギルベルト君、お粥の作り方なんてよく知ってましたね」
 そこに驚いたのだと告げた菊にギルベルトはああ、と頷いた。