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溺れる者たち

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三郎と初めて会ったのは、春だった。大学の連中で集まった、特に理由もない飲み会。二時間三千円の飲み放題コースを看板にした、学校の近くの、よくあるチェーン店。
 彼は向かいに座っていた。確か、竹谷の隣にいたと思う。飲めりゃいいって感じの同級生たちと同じ顔をして、俺は彼がほとんど食べ物に手をつけていないのに気づいた。そのくせ、誰にもそれを悟らせないくらい巧妙に、卒なく立ち回っていた。
 三郎はそっけなくもなく、なれなれしくもない絶妙の距離感で、俺に笑いかけた。

(あんた、竹谷の知り合いなんだって)
(鉢屋三郎です、はじめまして。……)

 俺のコップにビールを注ぐ指は、思ったより細かった。シンプルな指輪をいくつかはめていて、それが嫌味にならずに似合っていた。
 俺はなんて答えたのか、思い出せない。好印象を与えるような返事ではなかったはずだ。悪気がなくってももう少し愛想を考えろ、なんて、竹谷あたりによく言われてるから。三郎は気にしたそぶりも見せなかったけど、あとになって、こいつが不機嫌な顔を素直に見せるのは、ある程度気を許している証拠なのだとわかった。愛想のよさは表面だけで、他人と身内を明確に線引きする奴なのだ。
 軽薄で派手な三郎と、堅物の優等生で通ってた俺。俺たちは一見、反対だった。引き合わせた竹谷も、俺たちのそりが合うかどうかは、実は危ぶんでいたらしい。けれど俺たちはとくに衝突することもなく出会い、やがて自然につるむようになった。
 もっとも、俺と三郎の距離は急に縮まったわけじゃない。俺も彼も、本質的に人懐こいとは言いがたいタイプだったから。けれどそばにいると、他の人間とは違う、不思議な居心地の良さを感じることがあった。
 俺たちは、どこかで似ていた。表面上の態度ではない、もっと奥のところで。他人との距離のとり方。あまり騒がしい場所が好きじゃないこと。三郎はさりげない瞬間、誘いかけるように俺を見つめた。俺たちは、何気ない風を装って視線を合わせた。授業中や、サークルの間、皆でいる時も何度も。そのたびに、胸の中で何かがうずいていた。それは予感だった。
 ある時、俺たちは大学の喫煙室で二人きりになった。他の連中はたまたま別の用事が入っていて、そこにいなかった。俺たちは灰皿を間に挟んで隣同士に立ち、暫く黙って煙草をふかしていた。一本目の灰が全部落ちきりそうになった頃、また、三郎と目があった。今度は一瞬じゃなかった。いつも表情を作っている三郎が、ふと何かが剥がれ落ちたみたいな、素直な目で俺を見ていた。
 そのとき、俺の中でずっとくすぶっていた予感が、はっきりと形をとったのがわかった。目を閉じたのは、俺のほうだった。三郎が身を乗り出し、俺たちは、灰皿を間に挟んだままでキスをした。まるで、そうするのが自然みたいに。今まで、ずっとそうしたかったんだとわかった。互いの煙草の味が混ざり合ってひどく苦かったけれど、俺たちは顔を見合わせて笑いあった。
「なにコレ、まっずい」
「ほんとだな」
 俺たちは同時に吹きだし、煙草を灰皿に擦りつけて消した。どっか他のとこ行かない、と三郎が言い、俺が頷いた。移動する途中、自動販売機で紙コップのコーヒーを買った。ここのコーヒーって薄いよな、と俺が言い、三郎が同意した。それから、隠れてもう一度キスをした。

 三郎と付き合うことにした、と言った時の、友人たちの反応はさまざまだった。ひとしきり目を丸くしたあと、竹谷は俺と三郎の頭を交互にがしがしと撫で(三郎は毛を逆立てた猫みたいになって嫌がっていた)、雷蔵は面倒な子だけどよろしく頼むね、なんて兄みたいなコメントをし、勘右衛門はひとり、ふうん、と妙に考え深い様子で頷いた。
「勘ちゃん?」
「いや。おまえたちって、実は似たもの同士だよねって思ってたけど……」
 そう言って勘右衛門は、なぜかじっと俺を見つめていた。
「なに、どうしたの……」
 勘右衛門の大きな掌が、不意に俺の肩をぎゅっと抱いた。心配するみたいに。励ますみたいに。俺は驚いて、この付き合いの長い友人を見返した。勘右衛門は直感型で、たまに突発的な行動をとることがあるけど、それは一見脈絡がなく見えても、それには必ず、彼なりの理由があるのだ。しばらく彼の肩をぽんぽんと叩きながら待っていると、勘右衛門はこう言った。
「俺の杞憂なら、それでいいんだけどさ。気をつけなよ、兵助」
「何が?」
「似てることに、追い詰められないように。おまえたちって、あんまり自分を好きじゃなさそうだし」
 俺は、勘右衛門の言葉の意味がわからなかった。勘右衛門は手を離すと、変なこと言ってごめん、忘れて、と笑った。
 三郎との付き合いはとてもスムーズだった。俺たちは趣味が合ったし、彼と一緒にいることは、想像よりずっと楽しかったから、俺はそのうち、本当に勘右衛門の言ったことを忘れてしまった。
 友達としての付き合いに、キスとセックスが増えただけ。いわば気持ちいいこと、だけがさ。
 三郎はよくそう言った。ことさら大したことじゃないと言うように。
 俺も笑った。そういうことだと思ってた。
作品名:溺れる者たち 作家名:リカ